台湾総統選挙と今後の見通し


日本台湾交流協会前台北代表 泉裕泰

総統選挙の評価
 国際的に影響のある選挙年の冒頭に行われた台湾総統選挙結果にとりあえずは安堵した。選挙過程で中国はありとあらゆる露骨な干渉を行ったが、台湾の選挙民の選択に大きな影響はなく、中国の影響力の減退を露呈した。
 選挙民は、外交・安保にかかる総統選挙では民進党を選び、同時に行われた立法院選挙では、民進党の得票数が頼清徳の得票数を大幅に下回ったように、民進党の国内政策(物価高騰、就職難等)に厳しい評価を下した。絶妙なバランス感覚であり、70%を超える投票率とともに、民主主義がよく機能した結果と言える。
 同時に、頼清徳は得票率は4割だったが、民衆党は中国を拒否する青年たちの票を集めたとも言えるので、民進党の頼清徳と民衆党の柯文哲の得票数を合わせれば900万票あり、前回の総統選で蔡英文が得た800万票に更に100万票の反中国票が上乗せされたとも言える。
 中国はこの選挙結果に対し、色々非難するであろうし、既にナウルの対台湾断交に見られたような外交的嫌がらせに加えて、多数の軍用機や艦船を台湾近郊に派遣したりする軍事的威嚇、さらにはECFA*1の終了を匂わせる経済的嫌がらせは行うものの、当面は頼清徳が蔡英文の引いたライン(中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない)を踏襲するか否か様子見をして、現実的対応をとることとなろう。
 頼清徳にとって、政権発足後の最重要課題はやはり両岸問題であり、当面、対話を模索するに違いない。中国はもとより拒否するだろうが、頼清徳の方からその姿勢を示しつづけることが重要となる。

(写真)蔡英文総督公邸での内輪の送別会(ノーネクタイ)(筆者提供) 

立法院選挙結果
 他方、同時に行われた立法院選挙において、民進党は議席を大幅に減らし、少数与党に転落した。その結果、頼清徳政権は、陳水扁時代に見られたような厳しい政治運営を余儀なくされることとなった。例えば、米国からの武器供与や軍事訓練がオファーされてもそのための予算が立法院を通らないとか、今後、色々あり得る。
 国民党は総統選挙では3期連続で下野となり、党勢の一層の後退は免れ難いとされるが、立法院での議席は増加し、第一党となった。その結果、韓国瑜が立法院長、江啓臣が副院長に選出された。
 また、民衆党がキャスティングボートを握ることとなった。柯文哲の影響力が大きくなり、次の総統選への切符を手にしたともいわれる。過去の経緯を考えると民進党新潮流派との相性は悪く、また、国民党とも難しいので、案件ごとに国民党と連携したり民進党に協力したりして、自らの存在感を高めようとするものと見られる。
 中国はこの立法院選挙の結果に民進党を牽制するものとして一定程度満足したのではないか。

中台関係の今後の見通し
 中国は、今回の選挙は「戦争と平和の選択」と宣伝していたが、頼清徳が蔡英文の現状維持のラインを守る限り、今回の選挙結果によって直ちに「台湾有事」のリスクが高まったり、減ったりすることはないと考える。ただ、頼清徳総統の任期は2028年までであることを考えると、今後、2027年(習近平4期目を決める党大会、人民解放軍100周年)が近づくにつれ、中国側に焦りが生じる可能性はある。頼清徳総統との間で平和的統一が不可能と考えると、残る選択肢は武力による「強制的統一」しかないことになる。
 中国が台湾統一に向けて武力行使をやるかやらないかは、中国側の戦争準備と習近平の意思によって決まる。前者は、中国側は着々と進めてきた。台湾侵攻を決める場合反対しそうな国内勢力は排除してきたし、莫大な軍事費を投入して巨大な軍隊を建設し、更にアメリカのペロシ下院議長の台湾訪問以来台湾包囲の軍事演習をエスカレートさせるなど数年前と比べて着実にリスクのギアは上がってきている。習近平が行なっている軍内の腐敗の摘発なども注目される。
 なお、中台関係は経済的には後退してきており、中国大陸で活動する台湾商人の数は2013年に43万人いたのが、2022年には17万人に減少しており、台湾の台中直接投資も2010年に146億ドルあったのが、2023年(1-11月)には29億ドルにまで減少しており、この趨勢は今後も続くと見られる。

台湾を巡る周辺環境
 今回の選挙結果について、アメリカは安堵しているものと思われる。実はアメリカも中国も似たようなところがあって、それはサプライズを嫌うということであり、その意味で予測可能性の高かった蔡英文政権には米中共に一定の評価をしてきたものと思われる。頼清徳総統は駐米代表として評判の高かった蕭美琴副総統を選び、これはアメリカを大いに安心させる材料となった。
 バイデン政権は、過去、台湾の安全へのコミットメントを強めてきた。過去最多にわたる武器売却に加え、台湾海峡危機に際してのアメリカの軍事的介入についてかつての曖昧戦略からより明言する方向に舵をきってきたし、ウクライナ情勢からの反省を踏まえ有事に際しての備蓄を進めてきた。また、G7をはじめ、AUKUS*2やQUAD*3、日米韓首脳会談などを通じて台湾海峡の平和と安全への関心表明を国際的な幅を広げつつ行ってきた。
 今後の懸念材料は、アメリカ大統領選挙と思われる。トランプ候補は、「もし中国が台湾に軍事侵攻したら、米国は立ち上がるのか」との昨年のFOXニュースのインタビューに対し、「言いたくない。交渉で不利になる。言っておくが、台湾は我々の半導体事業を奪ったんだ」と言いはなっており、台湾が米中間のディールの対象とされるのではないかとの懸念がある。
 現下の国際情勢下において、東シナ海、南シナ海、太平洋のチョークポイントにある親日的な台湾の「現状維持」はアメリカのみならず日本にとっても南西諸島防衛やシーレーンの安全確保の観点から極めて重要であり、我が国としても引き続き目が離せない。 台湾が今後現状維持していくに当たり重要なのは、①台湾自身が自らのアイデンティティを高め、自信を持って台湾をしっかり防衛していくことであり、②アメリカが台湾防衛に当たって揺るぎない態度を維持すること、そして③日米同盟がしっかり機能していくことの3点である。今回の総統選挙で台湾の内部分裂は避けられたものの、次に来る台湾にとっての本当の正念場は11月のアメリカ大統領選挙であり、中国もその結果を凝視しているものと思われる。
これからの日本の役割は、まずは往々にして国際的孤独感を強める台湾をエンカレッジし、自信を持たせることであり、台湾のTSMCとタッグを組んで将来の半導体開発をしていくことも、台湾をCPTPP*4に入れるよう努力することもその一つである。また、同時に、今後、アメリカの大統領が誰になろうとも、アメリカに対し、台湾の重要性を説き、アメリカの関心を台湾を含む東アジアに引きつけていくことも日本の役割であると考える。「唇滅びて歯寒し」という古典の教訓(春秋左伝)をよく噛み締めながら、台湾と我が国の将来を考えていくことが今後ますます大切となろう。
(文中敬称略)

(写真)頼清徳副総統への離任挨拶(日本酒をプレゼント)(筆者提供)

(脚注)
*1ECFA(Economic Cooperation Framework Agreement)
*2AUKUS:2021年結成された豪・米・英間の安全保障パートナーシップ。
*3QUAD:基本的価値を共有し法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の強化にコミットし、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて協力を進めている日米豪印の4か国を指す。
*4CPTPP(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)

(参考資料)
総統選挙結果(2024年1月13日)
頼清徳・蕭美琴558万票
(民進党51議席)
侯友誼・趙少康467万票
(国民党52(+2)議席)
柯文哲・吳欣盈369万票
(民衆党8議席)
投票率: 71.86%

蔡英文「四つの堅持」(2021年)
①自由民主の憲政体制を堅持
②中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない
③主権への侵犯と併呑を許さない
④中華民国台湾の前途は全ての台湾人民の意志に従う