余談雑談(第163回)エイプリル・フールと嘘

元駐タイ大使 恩田 宗

 4月1日は英語でエイプル・フールズ・デイと称され欧米では嘘をついて人をからかっても良い日とされている。古くからの習俗で民俗学は春の到来を共同体全員で祝う行事の一種と分類している。この日に何故嘘をつくのが許されるのか起源は分っていないらしいが人を傷つけるなど実害を与える嘘は言ってはならず皆を笑わせ楽しませるものに限るという不文律があるという。

 報道機関は「ミロのヴィーナスの片腕をギリシャで発見」などと報じる。BBCはビッグベンがデジタル化され針は希望者に提供されると放送したらしいが問い合わせへの対応に苦労しただろうと思う。平成11年朝日新聞も「首相、閣僚に外国人登用―政界の人材難に危機感」との見出しでゴルバチョフ、サッチャー、リー・クァンユーなどが候補者として挙げられ内閣「ビッグバン法案」の提出も準備中だが首相が彼等を「使いこなせるかが問題」と論評する記事を載せた。嘘が丸見えでユーモアに欠け読者は驚きも笑いもしなかったのではないか。翌年の朝日は「四月馬鹿」遊びをしなかったが世間を驚かせ無害でユーモアのある嘘を言うのは難しい。

 嘘にも有用な嘘がある。真実だけで押し通してもこの世は回らず「方便」としてよく使われる。高樹のぶ子の小説「エイプリルフール」でも嘘が上手に使われた。4月1日、死が近いと知っている老女を小学5年の孫娘が見舞いに来るが床に座ってスマホゲームの「人魚姫バトル」に夢中である。老女は最期の思い出に愛する孫と散歩をしようとそのバトルに勝てる人魚玉を浜辺で見たと誘い出す。二人で探したが見つからず老女は、確かに見たので必ずある、おばあちゃんを信じ死後も代わりに探すと約束して欲しい、と言って数週間後に亡くなる。少女はゲームの中で使う道具が現実世界に在るのか疑わしく思うこともあったが約束は約束だと探し続け遂に見つけてポケットにいれる。しかし魔法の人魚玉は「疑ったとたんただの小石になってしまう」ことを想い出し元の浜辺に戻す。少女はこの玉探しの経験から人の心は弱く堅く信じていても思いは揺らぎともすれば疑念を抱くものであることを学んだからである。

 2016年新華社通信がエイプリルフールは中国の核心的価値に反する、嘘をついたり広げたりすべきでないと報じたらしい。それに対し中国人民は67年間も嘘をつかれ続けてきた、欧米では4月1日だけだが中国では1年中エイプリルフールだ、との呟きがSNSに飛び交ったという。人民は警棒で叩き伏せれば大人しくはなるがフールにはならない。

(本稿は一般社団法人霞関会会報令和6年4月号に掲載されたものです。)