バイデン大統領一般教書演説の見どころ

  
外務省参与・元駐グアテマラ大使 川原 英一

 米大統領による一般教書演説は連邦議会から招かれる形で毎年行われており、今年は3月7日夜9時(東部時間)から行われました。議員内閣制の日本とは異なり、大統領が議会で発言するのはこの機会だけであり、日頃、大統領が議会から呼ばれて出席することはありません。

 今年11月5日には米大統領選挙も控えており、大統領の4年任期の中で最後の一般教書演説です。最近の世論調査結果をみると、現職大統領の仕事への評価は高いとは言えません。共和党大統領候補のトランプ前大統領に対して、現大統領の方が劣勢との評価もあり、こうした評価を払拭する機会として、バイデン大統領チームは周到な準備を行い、この演説に臨んだのだと思います。今年のバイデン大統領による一般教書演説をみて感じた印象や個人的に注目したい点を以下申します。御参考になれば幸いです。

世論調査にみるバイデン政権運営への評価

 一般教書演説の内容に入る前に、今年に入って行われた世論調査の例(ギャラップ調査)をみてみます。バイデン大統領チームはこうした世論調査結果も見ながら、演説内容を作成していたと思われ、最近の世論調査結果を先に見ておくのは、同演説を読み解く上から有意義と思います。 

 ギャラップ調査結果では、バイデン大統領の仕事への評価は38%(逆に、評価しないは59%)であり、また、6項目中、評価が最も低いのは移民の28%です。
 トランプ前大統領はメキシコ国境の壁を築き、不法移民の強制送還など取締強化をしたのに対して、バイデン大統領は、移民を悪者扱いせずに、人道的取り扱いをしたため、米国内に流入する不法移民数が急増し、国内治安面などでマイナスのイメージが強いことが背景にあります。

 同調査で支持率が40%のウクライナについては、2022年2月に始まったウクライナへのロシア軍の侵攻後、バイデン政権のウクライナへの武器支援は戦線拡大を恐れて慎重に対応をしたこと、昨年夏のウクライナによる反撃作戦の成果が期待されたほどに芳しいものではなく、ロシアのウクライナ侵攻後2年を経過して膠着状態にあります。ゼレンスキー大統領が戦時下のウクライナから米国を秘密裡に初訪問し、議会演説をした当時は、ウクライナ支援への支持率ははるかに高かったように思いますが、今は、なぜ多額の予算を米国内のためにではなく、国外に振り向け続けるのか疑問の声が増えて、支援疲れともいわれる状況にあると思います。

 イスラエルとパレスチナ問題への対応については、30%が支持する一方、不支持は62%と2倍以上もあります。この背景には、米国内ではイスラエル建国までの苦難の歴史を知らない若い世代が増えていることや10月6日の休日にイスラエル民間人への無差別テロ攻撃と人質作戦を行ったハマス等急進派勢力を殲滅しようとするイスラエル軍の連日攻撃により、ガザ地区で多数の民間人死傷者がでて、約200万人のガザ住民の食糧・水・医薬品などが欠乏した悲惨な状況が報じられています。米国内でパレスチナ支援を求める声が高まり、早期停戦交渉の成果がないことへの不満がみられます。

(@:https://news.gallup.com/poll/610988/biden-job-approval-edges-down.aspx?utm_source=gallup_brand&utm_medium=email&utm_campaign=front_page_1_march_03052024&utm_term=information&utm_content=go_deeper_here_textlink_1)

 項目別に民主党系と共和党系の満足度評価を対比してみて、満足度の差が大きいものから順に並べると、経済運営については、56対15で、その差は41ポイントと一番大きく、その次に差が大きい順に、連邦政府のサイズ、テロへの安全保障、銃規制、治安、世界での米国の地位、エネルギー政策、中絶などと続きます。共和党は、経済規制の緩和・減税、小さな政府などを支持し、銃規制の強化やエネルギー政策に消極的です。民主党との政策上の争点が、これら評価にも反映されています。

今年の一般教書演説の注目点

 さて、67分間にも及ぶ一般教書演説を行ったバイデン大統領は、両院議員のみならず生映像(**)を通じて、米国民に対してバイデンン政権の諸政策の成果を力強くアピールし、前任者のトランプ前大統領の発言の過ちを強い口調で非難し、政策上の違いを強調した他、ヤジには上手に対応し、自信に満ちた話ぶりで議場を圧倒していたように感じます。演説中、バイデン大統領が前大統領を名前ではなく、「私の前任者」と10数回呼んでいたことも印象的でした。

(** https://www.whitehouse.gov/state-of-the-union-2024/

筆者が注目したのは以下の諸点です。

民主主義の危機

 演説冒頭で、今、自由と民主主義が国内外で同時に攻撃されており、平時ではないと国民に語っています。
 ロシアのプーチンはウクライナを侵略し、欧州を混乱のタネを撒いており、ウクライナだけで終わらない。ウクライナに自国防衛に必要な武器を提供すれば、ロシアによる侵略を止めることができる。しかし、私(バイデン大統領)の「前任者(predecessor)」である共和党のトランプ前大統領が、プーチン大統領に「やりたいことは何でもやれ(Do whatever the hell you want)」との発言をして、ウクライナ支援を停止させようとしていることを強く非難しています。
 プーチンによる侵略はウクライナにとどまらず、ウクライナへの支援を停止すれば、ウクライナを危機にさらすだけでなく、欧州の危機、自由世界を危機にさらすことになるとして、プーチン大統領に断固たる米国の姿勢を示せるよう、米下院にウクライナ支援に関連する安全保障法案の早期承認を求めています

 上院を通過した同法案には共和党が優先する国境対策予算も抱き合わせとなっています。共和党のジョンソン下院議長の今後の議会での手腕が問われますが、3月7日夜の時点では同法案の下院通過の見通しは立っていません。

 また、大統領選挙結果を嘘(lies)だと主張し、平和的な権力の移行を覆そうとした21年1月6日の米議会襲撃事件の真実を隠そうとする「前任者」の行為は、南北戦争以来、米国にとり最も深刻な民主主義への脅威と指摘して、自由で公正な選挙を尊重し、政府機関を信頼してほしい、この国に政治的暴力の居場所はなく、民主主義への危機に対して米国民の団結を強く呼びかけた点です。

米国経済は羨望の的

 大統領は、米国経済が力強く成長しており、今や世界の羨望の的である、過去3年間で1,500万人の新規雇用が創出されたのは記録的であり、失業率も50年ぶりの低水準にあり、賃金は上がり、インフレ率は9%から3%に低下して、世界で最も低い水準にあると経済運営の成果を強調しています。
 ギャラップ世論調査でもバイデン政権の経済運営の評価が高くないことから、大統領は、羨望の的、記録的水準となったとの言葉や数字を用いて、この機会に評価を高めたいとの狙いがあったと思います。

中産階級重視、税負担の公平化

 米国の繁栄は、ニューヨーク金融街によるものではなく、米国の労働者・中産階級が築いてきたものであり、今後も中産階級のために立ち上がるとバイデン大統領が力説して、批判の矛先を1千人の超富裕層の所得税率が8%余りの負担であること、これは中産階級労働者の税率負担より少なく、不公平であり、超富裕層の所得税を25%に引き上げるだけで、10年で5千億ドルもの税収増となる、大企業も公平に税を納めるべきとの考えを力説しています。また、大手製薬会社・石油会社の巨額の役員報酬などへの税優遇措置を今すぐ終わらせろ、と強い口調で語っていました。さらに、製薬会社と処方薬の価格引下げ交渉の結果2千億ドルの税負担軽減となったこと、今後、いかなる高額な治療薬であれ、全ての人が年間に2千ドルの上限負担で済むようにしたいと発言し、中産階級を重視した姿勢を明確にし、不公平な税率負担の是正を強く訴えています。

移民問題

 世論調査で28%とバイデン政権の評価が低い移民についても語っています。メキシコ国境に壁を建設して不法移民の強制送還を主張した「前任者」が「移民が我が国の血を毒している」と発言したのを引用し、対照的に、バイデン大統領は、移民を悪者扱いせず、大統領就任初日に、移民制度を修正して家族を引き離さない、ドリーマー(理想を追い求める人)には市民権への道を提供するなど、包括的計画を導入したと述べています。異なる対応の理由は「前任者」と違い、米国人は自分たちが何者であるかを知っていると語り、移民が米国の繁栄を築いてきたことに思いを寄せています。「私たちは古いものと新しいものとを取り入れた心と魂を持つ世界で唯一の国だ」との同大統領の信念を力強く語っていました。

イスラエルとパレスチナ

 ガザ地区にいる200万人以上のパレスチナ民間人に対して、米国が主導する緊急人道支援を行うため桟橋(浮きドック)を海岸に建設することを軍に指示したとのバイデン大統領発言も注目されます。他方で人道支援を二次的な検討事項や交渉切り札にせず、無辜の命を守り、救うことを最優先すべきだと述べて、イスラエルの同意を促しています。他方、イスラエルの生涯にわたる支持者として、また、戦時下のイスラエルを訪問した唯一の米国大統領であり、将来に目を向ければ、唯一の真の解決策は2国家解決だと語っています。「イスラエルの安全と民主主義を保障する道、又、パレスチナ人が平和と尊厳をもって暮らせることを保証する道は他にない。イスラエルとサウジアラビアを含むすべてのアラブ近隣諸国との間の平和を保証する道は他にない。中東に安定をもたらすことは、イランの脅威を封じ込めることでもある」とも語っています。 米国内で高まるパレスチナ支援を求める声に応え、また、中東での紛争が拡大しないよう抑制したいバイデン政権の目標を明確にしています。

バイデン外交と日本・インド太平洋

 バイデン政権の日本とインド太平洋地域に関連した外交成果として、すぐに思い浮かぶのは、2022年5月に訪日した同大統領が、日、米、インド、豪、東南アジアなど14か国からなるインド太平洋経済枠組み(IPEF)の立ち上げを表明したことや23年8月、日米韓3か国首脳の初会談を米大統領がキャンプデービッドで実現させたことです。他方、22年8月にペロシ米下院議長(当時)が台湾を訪問した直後から、中国側が台湾への軍事的威圧行為を急速にエスカレートさせて、米・中両国間の緊張が長く続きました。昨年にはバイデン政権が両国間の緊張を緩和するための水面下の働きかけなどを続けて、23年11月にサンフランシスコでの米中首脳会談が実現し、両国の軍同士の対話再開や閣僚級協議が開始したことなどは大いに注目されましたが、一般教書演説では触れていません。これら外交成果の重要性は別にして、太平洋地域の同盟関係を再活性化したことに一言触れた以外は、米国民へ訴える優先度が高い対中関係と既に述べたウクライナとパレスチナ支援を取り上げています。

対中関係

 バイデン大統領は、対中貿易赤字は過去10年間で最低水準にまで縮小したこと、中国の不公正な経済慣行に立ち向かい、台湾海峡の平和と安定のために立ち上がる(standing up)こと、太平洋地域におけるパートナーシップと同盟関係を再活性化(revitalized)させ、米国の最先端技術が中国の軍事兵器に使われないよう取引規制をしていると語り、さらに我々は中国との競争を望んでおり、紛争は望んでいない、中国との競争で米国は有利な地位にあると語っています。

 注意すべきなのは、バイデン政権は、「前任者」が実施した中国からの輸入品への高率の関税措置を基本的に継続していることです。又、米国の製造業者や労働者の雇用を保護するため、米国製品の購入(バイ・アメリカン)にも言及しています。民主党の伝統ともいえる保護主義的貿易政策を肯定しています。

 この背景には、バイデン大統領の「前任者」が米国第一主義(アメリカ・ファースト)を標榜して、民主党の元々の支持基盤であった労働者層を重視した発言を繰り返していることを念頭に置き、自分(バイデン大統領)こそ、外交・内政の区別なく労働者を中心において進めているとのバイデン政権発足当初の姿勢をあらためて強調し、労働者層の支持基盤を強化したい意図があったと感じます。

パンチの効いた演説

 バイデン大統領の演説は自信に満ち、議場の雰囲気を圧倒する力強い演説であり、議員からのヤジにも上手に対応して、時折、ジョークも交えたものでした。今回の同大統領による一般教書演説は、とてもパンチの効いたものとの印象を受けました。

 演説の締めくくりに、自らの年齢について語っています。81歳のバイデン大統領が次期大統領の職に就くには年を取りすぎているという見方を払拭させたいとの強い思いが感じられます。同大統領は、ジョーク混じりに「私の年齢になれば、あることがこれまで以上に明確にみえるようになる」と語り、「私たちの国が直面している問題は、私たちが何歳かではなく、私たちの考えがどれだけ古いかということです。憎しみ、怒り、復讐、報復は、最も古い考えの一つであり、こうした古い考えでは米国を導くことはできない、可能性の国である米国を導くには、米国がどうあるべきかという未来へのビジョンが必要だ」と力強く語っていました。

 年齢ではなく、憎しみや怒りなどを超えて米国の未来ビジョンを語れるかどうかを問うべき、との大統領が伝えたメッセージに、米国民がどの程度共感したのかについては、今後の世論調査結果を見てみたいと思います。

 (令和6年3月12日 記)