ウクライナ情勢:ロシアの全面的侵略開始から2年


駐ウクライナ大使 松田邦紀

はじめに
 22年2月24日未明、筆者は、首都キーウにある大使公邸の二階の窓からロシア軍の最初のミサイルが飛翔するのを凝視していた。
あれから二年、在留邦人の国外避難支援、大使館の一時閉鎖、モルドバへの脱出、ポーランドでの臨時業務、そして、大使館の再開…あっという間に時間が過ぎ去った気がするが、この間、ウクライナ国家は生き残り、人々は侵略に対する最終的な勝利を信じて、戦場で、職場で、学校で、日夜戦っている。
この間、日本とウクライナとの間では、岸田総理大臣のキーウ電撃訪問(23年3月)、ゼレンスキー大統領のG7広島サミット出席(同5月)、林外務大臣(当時)のキーウ訪問(23年9月)、ステファンチュク最高会議議長の訪日・G7下院議長会合出席(23年9月)、上川外務大臣のキーウ訪問(今年1月)、シュミハリ首相の訪日と日・ウクライナ経済復興推進会議開催(今年2月)等、戦時下においても数々の重要外交が実現し、両国は「特別なグローバル・パートナーシップ」を実現しつつある。

戦況
 二年間にわたる防衛戦争の結果、ウクライナ国家の崩壊というロシアの戦略的目標は事実上失敗した。

 陸上においては、侵略開始後にロシアが占領した領土のうち、キーウ近郊、第二の都市ハルキウ周辺、ヘルソン州ドニプロ川西岸を含む約54%が23年9月までにウクライナ側によって解放された(図参照)。

 23年6月、更なる占領地の解放を目指して、ウクライナは、東部及び南部戦線において反転攻勢に出たが、航空支援及び火力で劣るウクライナ軍は、南部戦線のヘルソン州でドニプロ川渡河及び東岸の橋頭堡構築、ザポリッジャ州では第一次防衛ライン突破という戦果を上げたものの、東部戦線においてはバフムート付近で消耗戦となり、秋には反転攻勢が失速した。
 逆にロシア軍は、秋以降、東部戦線で攻勢に出ており、ドネツク州の要衝アウディーイウカから今年2月17日にウクライナ軍は撤退した。東部戦線では今も激戦が続いており、両軍に大きな被害が出ている。
 2014年にロシアが違法に併合したクリミア半島においては、ウクライナ軍による攻撃が活発になっている。例えば、クリミア半島とロシア本土を結ぶ極めて重要な輸送ルートであるケルチ大橋は、二度(22年10月と23年7月)にわたって攻撃された。また、ロシア黒海艦隊の主要艦船は、母港セヴァストーポリから黒海東部のロシア領ノヴォロシースクに移動している。
各種報道によれば、今年、ウクライナ、ロシア双方が新たな攻勢を準備していると目されており、東部、南部及びクリミア各戦線での今年の戦況は、今後の戦争の帰趨全体を見る上で目が離せない。

 黒海においては、ウクライナ軍が戦略的に重要な成果を上げている。
 侵略開始直後の4月14日、ロシア黒海艦隊旗艦モスクワがウクライナ軍の対艦ミサイル攻撃で沈没したのを皮切りに、6月30日には黒海西岸の重要航路上に位置するスネーク島を解放した。その後もウクライナ軍は、ドローンとミサイル攻撃を組み合わせて、黒海艦隊に大きな損害を与えている。
 その結果、国連とトルコが仲介した「黒海穀物イニシャティブ」がロシアの一方的脱退(23年7月)で停止した後も、ウクライナは、オデーサ港等から自力で穀物を輸出し続けることが出来ている。これは、農業国ウクライナの経済、ひいては継戦能力の維持にとって極めて重要である。

 空においては、ロシアは、22年10月以降に本格化したウクライナ全土、特にエネルギー等の重要インフラや民間施設に対するミサイルとドローンの攻撃を続けている。しかしながら、現在、首都キーウの防空体制は格段に強化されており、また、22年~23年の冬に比べて、23年~24年の冬は、欧米の支援を受けたウクライナ側の防空体制の強化、欧米や日本の支援によるインフラの補強及び発電機等の備蓄の結果、ブラックアウトや停電は殆ど発生していない。ウクライナ政府関係者は、この冬を乗り切ったと高揚感に包まれている。
 逆に、公表はされていないが、ウクライナ側によるロシア領内に対する攻撃が増えていると言われている。

 兵器や弾薬不足に悩むウクライナは、欧米からの軍事支援の先細りに備えて、砲弾、車両、ドローン等の生産拡大のために政府(国防省、経済省、戦略産業省、デジタル省他)が民間企業や大学等と協力して、軍需産業の基盤強化・拡大に急速に力を入れている。

外交
 ウクライナは、防衛戦争と並んで、ゼレンスキー大統領を先頭に活発な外交を展開し、各種支援の取り付けに加えて、対露制裁の強化、特別法廷設置、凍結ロシア資産の活用等を訴えている。

停戦交渉
 侵略開始直後の2月28日には、ベラルーシにおいて、ロシアとウクライナの第一回停戦交渉が開催され、3月29日のイスタンブールにおける第6回まで実施された結果、いわゆるイスタンブール合意案が作成された。しかしながら、ウクライナの中立化、クリミアとセヴァストーポリの地位は15年以内に改めて交渉する等の内容を含む合意案は、ウクライナの内外から批判を集めた。ロシア軍によるキーウ包囲が軍事的に失敗に終わったことやブッチャ等で多数の民間人虐殺が明るみに出たこともあって、この合意案は結局成立しなかった。
 ウクライナ政府の現在の方針は、ロシアが軍事行動を停止して、国外に全兵力を引き上げない限り停戦交渉に応じないというものであり、国民の大多数もこれを支持している(円グラフ参照)。
 今年に入ってから、ウクライナに停戦を求める国際世論が増えてきているが、我が国を含むG7は、ウクライナが懸命に祖国を守る努力を続ける中、あり得べき停戦交渉のあり方や中身は、ウクライナ国民の意思によるべきである、という立場である。

平和フォーミュラ
 22年夏以降、国際世論の一部において、ロシアは和平を望んでいるのにウクライナが戦争を欲しているというプロパガンダが出てきた。これに対して、侵略されているウクライナこそが公正、永続的且つ包括的な和平を望んでいることを国際社会に明確に示すために、22年11月インドネシアにおけるG20サミットにオンライン参加したゼレンスキー大統領は、10項目からなる平和フォーミュラを発表した。
 10項目には、ロシア軍の撤退と停戦、ウクライナの領土一体性や戦争終結に加えて、放射線・原子力の安全、食料安全保障、エネルギー安全、環境保全といった、この戦争で悪化したグローバルな課題も含まれている。
 23年夏以降、キーウにおいて、G7を含む主要国・関係国の大使及び専門家とウクライナ側関係者が集まって、作業部会及び大使級会合を頻繁に開催して平和フォーミュラの各項目について議論するとともに、各国の安全保障補佐官レベルの会合も既に4回開催された(23年6月コペンハーゲン、同8月ジェッダ、同10月マルタ、今年1月ダボス)。現在、平和フォーミュラに関する第一回サミットを今年スイスで開催すべく調整が続いている。

ウクライナのNATO加盟問題
 ウクライナは、23年7月のビリニュスNATO首脳会合において、NATO加盟招待に向けて前向きのメッセージが出ることを強く求めていたが、結局NATO・ウクライナ理事会の設置合意にとどまった。ウクライナは、今年7月のワシントンNATO首脳会合に向けて、改めて外交的働きかけを強化している。
 他方で、ビリニュスにおいてG7首脳は、「ウクライナへの支援のための共同宣言」を発出して、ウクライナを支援し続けるコミットメントを再確認するとともに、同宣言の参加国がウクライナとの間で二国間文書の形で支援の中身を具体化することになった。現在までに英、仏、独、デンマーク、伊、加及び蘭の7カ国が署名し、また日米等6カ国とEUが交渉を行っている。
 一連の二国間文書は、ウクライナがNATOに加盟するまでの間、ウクライナの安全を保証するための枠組みを提供することになる。

EU加盟
 ゼレンスキー大統領は、全面的侵略開始4日後の2月28日にEU加盟申請書に署名し、EUもウクライナ支援の一環として、4ヶ月後の6月23日にはウクライナにEU加盟交渉候補国のステータスを与えるとともに、二つの司法改革、汚職対策、マネーロンダリング対策、ロビー法、メディア改革及び少数民族問題に関する7つの改革勧告を行った。
 ウクライナは、G7等の協力を得て必要な立法・行政上の措置を取った結果、23年12月15日、EUは加盟交渉開始を決定し、今年中に交渉が開始される見込みである。

対米関係
 米国は、軍事及び経済の両面でウクライナの最大の支援国であり、米国の動向は、ウクライナにとっても最大の関心事項である。特に、今年の米大統領選挙において現職の民主党バイデン大統領と共和党トランプ前大統領の一騎打ちの様相が強くなっている現在、ウクライナ政府は、一方で更なる支援取り付けのためにバイデン政権との連絡調整を強めるとともに、共和党の有力議員、シンクタンク、更には前トランプ政権時代の要人への接触と働きかけも強化していると見られる。

ウクライナ社会のムード
 侵略開始から2年、ウクライナ社会にある種の疲れが出てきたことは確かであるが、全般的に見て安定していると言える。

 侵略開始後、戦火を避けるために多くの国内及び国外避難民が発生した。前者は、一時期800万人まで達したが、23年末現在で367万人にまで減った。後者も一時期800万人を越えたが、23年末現在で644万人にまで減少した。現状を踏まえて、明らかに人々が徐々に戻りつつあると言える。因みに日本の避難民の受け入れは、24年2月末現在の総計で2596人である。
 避難民の帰還を受けて、例えば、侵略前に390万人だったキーウの人口は、直後に190万人にまで落ち込んだが、現在ほぼ元の水準に戻っている。

 侵略開始から2年、国家の存続を守った結果、ある種の安定感と正常感が戻り、国民の志気と団結は引き続き高い水準にある。最新の世論調査(23年末現在)によれば、74%が「戦争が長引いたとしてもウクライナは領土譲歩すべきではない」と回答している(円グラフ参照)。

 国を防衛している軍に対する支持は極めて高く、9割を遙かに超えている。また、戦争を指導しているゼレンスキー大統領に対する支持も引き続き6割を超えている。
 ウクライナ軍の最高司令官の交代を巡って、政府と軍あるいは軍内部の対立がメディアに喧伝されたが、実際には軍の中に動揺は見られていない。
 なお、動員逃れのためのウクライナ男性の出国数は2万人であり、数十万人と言われているロシアより圧倒的に少ない。

ウクライナが今後必要とするものと日本の協力
 侵略開始以来、欧米や日本からの財政、防衛、人道等の各種支援に依存して防衛戦争を戦い、国家の存続を守ってきたウクライナ政府は、現在、中・長期的な国作りを目指して、支援依存から、強靱で持続可能な自前の復興と経済発展へと舵を切りつつある。
 具体的には、投資誘致と貿易振興、国内生産の回復、帰還避難民や除隊兵の社会復帰とそのための雇用創出を通じて、経済、財政・社会の安定を目指している。特に、自前の安全保障と続戦能力の強化のため、産業の育成・強化(特に、軍需生産、ドローンの開発・生産、サイバーセキュリティ、IT等)に力を入れている。

 このウクライナ側の動きは、我が国との関係では、長期にわたるウクライナの復興に向けて、日本の持つ経験や技術、民間投資に対する強い期待となって現れている。
 先般2月19日に東京で開催された「日・ウクライナ経済復興推進会議」において、両国の官民は、共同コミュニケ、日・ウクライナ租税条約の改正を始め、農業、物作り、デジタル・IT、電力・交通インフラを含む7分野で56件もの協力文書を署名した。
 また、両国は、投資保護協定の見直しのための交渉開始、JETROキーウ事務所の開設、NEXIのクレジットライン新設、JBICと黒海貿易開発銀行とのツーステップローン等、今後の両国の経済関係の発展を促す合意も達成した。これらの成果に対して、シュミハリ首相は、「ギネス記録」であると言って手放しで喜んでいる。
 官民が連携して、ウクライナに投資し、ウクライナの経済発展に協力することは、日本を含む国際社会全体の未来への投資でもあり、周り回って我が国にも利益をもたらすものであると筆者は信ずる。

おわりに
 ロシアによるウクライナ侵略戦争の本質は、国連安保理常任理事国にして核保有国であるロシアがその大きな国際的責任を顧みずに国連憲章を始め国際法を踏みにじって、国連加盟国のウクライナに一方的に侵略し、現在も国際法及び国際人道法違反を続けていることである。
 欧州の安全保障とアジア太平洋の安全保障は不可分であり、ロシアの侵略は決して容認されてはならない。