「財政改革」の中のODA予算
ー日本の安全保障と開発協力ー


元駐タイ大使 小島誠二

はじめに
 昨年6月に開発協力大綱が改定された。そこでは、旧大綱の「対国民総所得(GNI)比でODAの量を0.7%とする国際的目標を念頭に置く」という文言が残され、新たに「様々な形でODAを拡充」するという文言が追加された。大綱改定後最初の一般会計当初予算案である令和6年度政府予算案では、政府全体のODA予算を5650億円、うち外務省のODA予算を4383億円としており、それぞれ60億円及び46億円の減額となった。特に外務省予算のうち無償資金協力予算とJICA運営費交付金等がそれぞれ72億円及び37億円減額されていることが注目される。この結果、政府全体では2016年度以降の増加傾向(2022年度を除く)が減額に転じたことになる(注)。外務省の場合には、2011年度以降続いていた増額傾向が2022年度に減額に転じ、その傾向が続くことになった。2024年度の政府全体の減額は、外務省の寄与分が大きいことから、外務省ODA予算の減額理由・背景が何であったのかを考え、一般会計ODA当初予算を増額させることの重要性とそのための方策を考えて見た。まず、令和6年度外務省予算案におけるODA予算の位置付けから始めることとしたい。
(注)2016年度以降、外務省以外の府省の予算は微増と微減を繰り返している。

令和6年度外務省予算案の柱
 外務省当初予算は、令和3年度7097億円(デジタル関係予算を除く)、令和4年度6904億円(デジタル庁分を除く)、令和5年度7560億円(デジタル庁分を含む)、令和6年度7417億円(デジタル庁分を含む)となっている(いずれの額も当該年度の「予算(案)の概要」(外務省作成)に基づく)。外務省が作成した「令和6年度政府予算案の概要」には令和6年度予算案の柱として次の5つが掲げられている。

  1. 法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化、「人間の尊厳」の確保 
  2. 情報力の抜本的強化 
  3. 国際経済秩序の維持・強化、日本の経済成長の促進 
  4. 人間の安全保障の推進、地球規模課題への取組の強化 
  5. 外交・領事実施体制の抜本的強化 

 上記①、③及び④は、大規模なODA予算を要することは明らかである。上記②及び⑤には、ODA予算を要したとしても、その額は限られていると考えられる。令和6年度予算案に関する限り、外務省予算が伸びない中で(注)、外務省はこの5つの項目に優先順位を付すことを迫られたようである。
(注)令和5年度予算については、令和5年度予算の概要では、7560億円とされているのに対し、令和6年度予算案の概要では7389億円とされている。いずれも、デジタル庁分を含むが、後者では、「特殊要因」を除くとされている。どちらの数字を使うかによって、令和6年度外務省予算案は、対前年度比28億円増又は143億円減ということになる。他方、令和5年12月22日の閣議決定文書に含まれる「令和6年度一般会計歳入歳出概算」を見ると、令和6年度概算額は7257憶円で、令和5年度予算額から177億円(2.4%)の減額となっている。

令和6年度ODA当初予算が減額された理由・背景
 筆者は、上記「令和6年度政府予算案の概要」、外務・経済協力等担当主計官の作成文書、新聞報道、ODA実績の推移などから、いくつかの理由又は背景となり得るものを考えて見た。
(外務省内の優先順位)ODA予算は、政府全体の関心事項であることは言うまでもないが、ODAに特別枠が設けられない限り、予算配分の優先順位の問題となる。上記⑤を見ると、「領事体制の強化」、「人的体制を含む外交実施体制の強化」及び「在外公館の強靭化」が含まれている。外務省内には、これらを整備しないと円滑な外交活動に支障をきたいすという切実な切迫感があったようである。外務省は、上記⑤、そしておそらく上記②に予算を重点的に振り向けることとした結果、ODA予算を減額せざるを得なかった。外務省にとって、「苦渋の決断」であったと想像される。
(補正予算の急増)次に考えられるのは、近年の補正予算の急増である。近年の補正予算額は、令和元年度1316億円、令和2年度2827億円、令和3年度1601億円、令和4年度3414億円及び令和5年度3284億円となっている。実際、小野主計官作成の「外交関係予算のポイント」には、「最も重要な外交ツールの一つであるODAについては、令和5年度補正予算と一体的に活用し、十分な事業量を確保」と書かれている。もっとも、「当初+前年度補正」で見ると、令和6年度8934億円となっており、令和5年度に比し、190億円減となっている。
(ODA実績の確保)ODA予算は、ピーク時である1997年度の1兆1687億円から2022年度の5612憶円と、半減している。ODA実績を比較のため支出純額で見ると、1997年の1兆1417億円に対し、2022年には2兆2014億円(暫定値)になっている(贈与相当額ベース2兆2968億円(暫定値))。ただし、次に問われなければならないのは、サブ・サハラ諸国を含めて幅広い地域・途上国に供与できているか、いわゆる社会開発分野への協力が十分であるかどうかである。さらに、忘れてはならないことは、主要ドナーが近年急速に実績を伸ばしていることであり、日本はGNI比でDAC加盟諸国31ヵ国中16位にとどまっていることである。
(OSA予算の増額)外務省に関して言えば、政府安全保障能力強化支援(OSA)予算が20億円から50億円に増額されたことが考えられる。外務省は、ODA予算を削減してOSA予算を増額したと説明していないと思うが、今後OSA予算を拡大する過程において、ODA予算とOSA予算とが競合する状況が生じるかもしれない。
(JICAにおける「滞留資金」の存在)2023年12月の予算閣議後、2024年1月11日付の日本経済新聞は「未使用ODA予算、国庫返納110億円 事業計画頓挫で」と題する記事を掲載し、外務省が「無償資金協力」資金のうち計110億円を2021~22年度に国庫に返納したことが分かったと書いている。また、計画の遅れなどの理由でJICAに残る「滞留資金」は22年度末で1650億円であり、23年度末にもなお一定水準の滞留資金が残るとも書く。同記事は、遅れの主な理由として、クーデターなど相手国の政変、国際社会の経済制裁、相手国の治安悪化、新型コロナウィルスの感染拡大、入札不調及び相手国政府の手続きの遅延を挙げる。この記事は、2024年度のODA予算、特に無償資金協力予算の減額の理由の一つがこの「滞留資金」の存在にあるような印象を与える。

一般会計当初予算の重要性の再確認とその増額のための方策
 ここまで、一般会計ODA当初予算の減額を招いたと考えられる理由・背景を取り上げた。これらの理由・背景は、一言で言えば、一般会計当初予算の減額の中で、ODA実績を確保する方策と考えられるものであった。以下では、そのような方策に伴う問題点を指摘し、一般会計予算の重要性を再確認する。最後に、一般会計ODA当初予算増額の方策を探っていく。

一般会計当初予算と補正予算
 一般会計当初予算の重要性は、強調しても強調しすぎることはない。開発協力は、その相手国が中長期にわたり実施する開発計画に対してできる限り予測可能性の高い資金を提供することによって実施するものである。もちろん、日本の制度においては、中長期にわたり資金などの提供を約束することはできないが、実際には、相手国は予算年度を越えて日本との開発協力が実施されることを期待している。したがって、一般会計当初予算が着実に増加されることは、相手国が自国の中長期の開発計画を作成することを可能にするという観点及び日本の開発協力への信頼性を高めるという観点からも重要である。もちろん、このことは補正予算の意味を軽視するものではない。ロシアのウクライナ侵略などの予想されない事態が発生し、突然生じた援助需要に適切に応えることは、日本にとっても大切なことである。しかしながら、当初予算と補正予算のいずれも実績の積み上げに貢献するとは言え、いずれか一方が他方を代替する関係にはない。

ODA事業予算とODA実績確保の見通し
 2018年から2022年までの日本のODA実績は、それぞれ、1兆5641.88億円、1兆6997.71億円、1兆7359.83億円、1兆9356.17億円及び2兆2968億円(暫定値)となっている(いずれも贈与相当額ベース)。これに対して、この間のグロスの事業予算(当初予算、いずれも会計年度)は、2兆1650億円、2兆2062億円、2兆2700億円、2兆4124億円及び2兆2890億円となっている。事業予算と実績を比較するに当たっては、会計年度(予算)と暦年(実績)の違い、円借款の予算額と実行額の乖離、出資国債の払い込みの時期、円借款の贈与相当額換算などの要素があり、単純に比較することは出来ないが、大まかに見れば、事業予算は実績の指標となっている。令和6年度の事業予算はグロスで3兆1439億円となっており、2025年の実績は少なくとも円ベースでは十分大きなものとなると予想される。ただし、令和6年度の事業予算ベースで72.6%を、2021年の実績ベース(贈与相当額ベース)で45.6%をそれぞれ占める円借款に大きく依存することの是非、今後とも安定的に借入国を確保できるかという問題も考えていく必要があろう。

JICAに残る「滞留資金」の存在
(問題の発生)
まず、この問題は、2008年10月に無償資金協力の業務の一部をJICAに移管することによって生じた問題である。それまではJICAは無償資金協力の実施促進業務のみを担当していた。外務省は、業務の一部を移管することによって、予算単年度制度の制約を受けることがなくなった。なお、単年度制度の下でも、事業実施には24ヵ月が認められており、「残留資金」にはこの分も含まれている模様である。
(外務省・JICAの実施能力)1997年の無償資金協力及び技術協力の実績は、それぞれ、2441.75億円及び3655・45億円であった。無償資金協力には国際機関経由ものが含まれており、技術協力のうちJICAが実施したもの半分程度と考えられる。他方、2021年の実績を見るとそれぞれ3575.28億円(国際機関経由の2300.35億円を含む)及び2659.75億円(JICA実施分は半分程度)となっている。1997年度以降のODA実施体制の拡充(人員増、在外公館・在外事務所増など)を勘案すると、現在の体制が不十分で「滞留資金」が生じているようには考えられない。JICAには「滞留資金」を処理しながら新規案件を処理する能力はあるということである。
(「滞留資金」の性格)筆者は、どのような手続きで「無償資金協力」資金が外務省からJICAに移されるかを承知しない。おそらく、交換公文(E/N)及び贈与契約(G/A)締結後に案件ごとに、あるいはいくつかの案件をまとめて移転されると想像される。個別のプロジェクトを見た場合、丸ごと資金が移転されているかもしれないし、実行額に応じて移転されているかかもしれない。ここから分かることは、「残留資金」には、案件ごとに紐がついており、JICAが通常の業務の中で処理できるものはJICAに任せればよいし、プロジェクトの中止、変更などが必要なものは政府が相手国政府と個別に協議すればよいであろう。筆者には、「滞留資金問題」と新規のODA予算とは無関係の事柄のように思われる。関係付けてしまうと、極端に言えば、外務省は、新規案件のコミットができなくなってしまう。開発協力(ODA)を外交のツールと考えると、適宜・適切に新規案件を取り上げていくことが極めて重要である。筆者の経験から言うと、特定国の特定分野を見ると継続案件が圧倒的に多く、新規案件の占める割合は極めて小さく、援助協議などにおいて相手国の実施官庁の期待に十分応えられないことが多かった。開発協力では、長い目で見て、その成果が上がることが重要で、現在の政府の歓心を買うことではないことは言うまでもないが、新規案件を着実に積み上げていくことも大切である。

無償資金協力と技術協力の重要性
 現在の経済・債務状況を見ると、日本から借款を供与することが出来る国は限られている。2019年度から2023年度までの円借款のコミットメント対象国は毎年10か国から30か国程度に留まっている。特に、サブ・サハラ諸国の数は少ない。こうした国々でも、大型のインフラの整備が求められ、無償資金協力が必要になる。また、教育、人材育成、保健、医療、上下水道、防災など無償資金協力が相応しい開発分野も少なくない。技術協力が人材育成、制度構築、能力構築、開発調査、ガヴァナンス強化などを通じて途上国の国造りと人造りに貢献してきたことはよく知られている通りである。

日本の安全保障に貢献する開発協力
 1997年度の政府全体のODA予算は防衛関係費の23.66%に相当していた。令和6年度予算案では、7.14%に留まっている。防衛予算の場合、2023年度から5年間の予算総額が定められているのに対し、ODA予算については見通しを得られていない。日本を取り巻く安全保障環境の激変によって防衛予算の拡大が優先されることになった。しかしながら、日本の安全保障は、防衛力の抜本的強化だけで確保されるわけではない。日本の開発協力によって、日本の周辺諸国が経済発展を遂げ、国民的統合を進め、強靭化すれば、日本の安全保障環境は改善されようし、日本を支持してくれる国を増やすことにもつながる。昨年6月の開発協力大綱も、開発協力の目的として「平和で安定し、繁栄した国際社会の形成」への貢献と「我が国と国民の平和と安全を確保し、経済成長を通じて更なる繁栄を実現するといった我が国の国益の実現」への貢献を挙げている。このような観点からODAを見つめ直し、予算上も特別の配慮をすることを訴えていってはどうであろうか。このように、日本の安全保障のための開発協力の重要性を強調することは、開発協力による貧困削減、SDGsの実現、気候変動・環境などへの貢献を軽んずるものではないことは言うまでもない。この点も同時に強調していく必要があろう。同志国の安全保障上の能力・抑止力の向上を目的とするOSAについては、防衛予算に準じて、そのための予算に特別の配慮がなされてもよいように考える。そのことによって、外務省はODA予算を拡大する余地を獲得することになる。

おわりに
 筆者が心配していることは、令和6年度ODA予算が減額されたという事実もさることながら、これに留意し、これに対する懸念を明らかにする意見がほとんど見られないことである。このことは、ODA予算が1998年度以降辿った道を令和7年度以降も辿ることにならないかという心配にもつながる。令和6年度の外務省ODA予算の減額が特殊事情によるものであったとしても、一般歳出が伸びない中で、ODA予算を大幅に増額することには限界があり、ODA予算に特別な配慮がなされることが是非必要である。そのためには、幅広い国民の理解を得ていくしか他に方法はない。「国際協力70周年」に当たり開催される様々な周年イヴェントがそのための機会を与えてくれることを期待したい。

2024年2月6日記