TPPをめぐるこれまでの経緯とこれからの課題


内閣官房TPP等政府対策本部 企画・推進審議官 宇山智哉

(以下は筆者個人の責任において執筆したものであり、筆者が属する組織の見解を示したものではない。)

1.はじめに
 昨年秋くらいからTPPに関する報道が色々な形で出てきており、国内でも関心が高まっている。本年2月1日には英国がTPPの加入要請を提出したが、これ以前でも多くのエコノミーが加入への関心を表明している。こうした関心の高まりにともない、そもそもTPPの現状はどうなっているのか、これからの課題は何か、といったご質問を受けることも多くなっている。
 TPPについては、長年にわたって日本の交渉参加を含め様々な経緯がある。私自身、内閣官房に発令になってほんの1年にすぎないが、今後の課題を検討していくために、これまでたどってきた道のりを振り返ることも意味があると考え、ここに拙文を著すこととした。ご笑覧いただくとともに、誤りのご指摘やご批判を賜れば幸甚である。
 TPPの経緯は様々に論じられると思うが、ここでは、3つに分けてご説明したい。第1期はオリジナルのTPPすなわち、TPP12が交渉され、署名に至るまでの期間、第2期は米国が離脱し、米国抜きのTPP11(CPTPP)が交渉され、署名・発効に至った時期、第3期はTPP11の発効後これが実際に運用され、また、拡大を展望する時期である。

2.第1期
 TPPの淵源は、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国による貿易協定(いわゆるP4協定)にあると言われている。このP4協定をもとに米国がTPP交渉開始の意図を表明したのが、2008年である。2010年にはP4の4カ国に加え、米国、豪州、ペルー、ベトナムが加わり、8カ国で交渉が開始された。同年マレーシアが加わり、さらに、2012年にはカナダとメキシコも加わり、交渉参加国は11カ国となった。
 こうした中、日本もTPP交渉参加への関心を示すようになっていった。2010年10月、当時の菅(かん)総理は国会の所信表明演説で「環太平洋パートナーシップ協定交渉等への参加を検討し、アジア太平洋自由貿易圏の構築を目指します」と発言。2011年11月に当時の野田総理は記者会見で「交渉参加に向けた関係各国との協議を開始する」旨を表明した。
 しかし、実際にTPP交渉に日本が参加したのは、安倍政権になってからであった。2013年2月の日米首脳会談後に、「TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する」旨の日米共同声明を発出。同年3月に、安倍総理は日本がTPP交渉へ参加する意思を正式に表明し、その後、各国の了解を取り付ける交渉が進められた。11カ国の国内手続きが終了し、日本が正式に交渉参加できるようになったのは、2013年7月にマレーシアのコタキナバルで開催された第18回交渉会合からである。
 その後、日本を含めた12カ国でTPP交渉が進められる。閣僚レベル、事務レベル等様々な形で交渉がなされ、2年後の2015年10月に12カ国は大筋合意に達し、翌2016年2月にニュージーランドのオークランドでTPP協定の署名式が執り行われるに至った。ここで署名された協定を便宜上「TPP12」と呼んでいる。
 TPP12は、自由化やルールのレベルにおいて、これまでのEPAを凌駕する高いレベルの協定である。TPP12各国の関税撤廃率は95%から100%に近いものになっている。協定の特恵税率を適用する範囲を定める原産地規則においても、域内の部品・素材を使ったものは特恵の対象とする、いわゆる域内累積を基本としており、自由化の範囲が広く、域内で発展しているサプライチェーンをさらに深化させるような内容になっている。また、ルール面においても、様々な面で新たな内容が見られ、例えば、電子商取引においては、電子的送信の関税不賦課、デジタルプロダクツの無差別待遇、越境データ・フローを妨げる不当な措置(移転の制限)の禁止、越境サービスを提供する際のサーバーを国内に設置する要求(データ・ローカライゼーション要求)の禁止、コンピュータ・プログラムの元となるソースコードの強制開示の禁止などの内容が盛り込まれた。これらは、デジタル経済がますます重要になっていく中で、今後のグローバルなルールづくりの指針ともなり得る内容である。
 日本では、その後、TPP12発効に必要な国会での承認などの憲法に定められた国内手続きが行われた。署名の翌月である2016年3月に通常国会に提出されたTPP12は、同国会会期中に承認を得るまでに至らず継続審議となり、同年秋の臨時国会で引き続き審議が行われた。膨大な時間をかけて審議された後、同年12月に関連法案とともに国会を通過、TPP12について正式に国会承認がなされた。翌年2017年1月20日に日本はTPP12の国内手続きが完了した旨を協定の寄託者であるニュージーランドに通報した。ニュージーランド自身も同年5月に国内手続きを終えている。
 こうした高いレベルの自由化協定の交渉に当たって、日本国内では困難な交渉を推進するためには政府内に強力な体制が必要であるとの認識に至り、2013年4月に「TPP(環太平洋パートナーシップ)に関する主要閣僚会議等の設置について」という閣議決定がなされた。これにより、内閣に「TPPに関する主要閣僚会議」が設置され、これに係る事務を処理し、また、TPP協定交渉等に関する方針等の企画立案並びに総合調整を行うため、内閣官房に、TPP政府対策本部(現・TPP等政府対策本部、以下「TPP本部」)が設置された。本部長は経済再生担当大臣とし、補佐するために首席交渉官等のスタッフを置くことになった。
現在は、駐エジプト大使を務めた香川氏が首席交渉官を務め、本部長たる西村経済再生担当大臣を支えており、その下で、外務省、経済産業省、農林水産省、財務省等関係省庁の出向者で本部を構成している。
 また、TPPの実施に向けた国内対策の策定等のため、2015年10月に内閣総理大臣を本部長とする「TPP(環太平洋パートナーシップ)等総合対策本部」が閣議決定により設置された。ここでは主にTPP等の貿易協定関連の国内対策が議論され、その結果が「大綱」として取りまとめられている。この取りまとめ作業も、TPP本部の大きな仕事の一つである。

3.第2期
 日本がTPP協定の国会承認を経て、国内手続完了を寄託者であるニュージーランドに通報した2017年1月20日は、米国においては、TPP協定交渉を主導したオバマ大統領からトランプ新大統領への政権移行が行われた日であった。大統領選挙のキャンペーン中からトランプ候補は「TPPは最悪の協定である。自分が当選したらTPPから脱退する」と何度も宣言していた。そして、大統領に当選したトランプ氏は、就任早々の2017年1月23日に、TPPからの離脱を表明する大統領覚書を正式に発出、米国がTPP12に加わることが見込めない状況になった。
 もともとTPP12は、その発効規定により、少なくとも12カ国中6カ国が国内手続きを完了することが要件になっており、しかも、その6か国のGDPの合計が12カ国全体の85%以上を占めることが必要とされていた(第30・5条)。したがって、米国が加わらないとなると、TPP12そのものの発効が見込めないことになる。当時の関係者は、トランプ大統領の姿を見て、「TPPは死んだ」と思ったようだ。
 しかし、日本を含めた残りの11カ国は3月のチリでの閣僚会合、5月のベトナムでの閣僚会合などで、様々な議論を重ねていくにつれ、TPPの戦略的・経済的意義の大きさを再確認するに至り、最終的には米国を除く11カ国で発効させることが重要であること、米国の将来の復帰を促進する方策も含めた様々なアイデアを議論することで一致した。数多くの作業を経て、11月のベトナムのダナンでの11カ国による閣僚会合でTPPを米国抜きで発効させるための新たな協定(「TPP11」と呼ぶ)を作ること、その中身は基本的にTPP12を継承するが、知的財産権などの約20項目についてはこれを凍結することなどについて、大筋合意に達した。その後の作業を経て、翌2018年3月8日にチリのサンチャゴでTPP11の署名式が行なわれた。最終段階で協定の名称も変更になり「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」、この英文の頭文字をとって「CPTPP」とも呼ばれることになった。発効要件は緩和され、11カ国中6カ国の国内手続き完了をもって発効することになった。
 まず、メキシコ、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、豪州の6カ国が国内手続き完了を経てTPP11は2018年12月30日に発効。翌年1月14日にはベトナムも加わり、現在7カ国が締約国となっている。

4.第3期
 2019年からは、いよいよ発効したTPP11の実施・運用の段階に入る。
 同年1月19日には、TPP11の最高意思決定機関であるTPP委員会(TPP Commission)が日本で開催された。これはTPP協定第27.1条で設置された機関であり、閣僚または高級事務レベルで実施できることになっている。東京で開催された第1回委員会は閣僚レベルで開催され、茂木経済再生担当大臣(当時)が議長を務めた。また、冒頭安倍総理(当時)も出席した。委員会では協定の運用や新規加入に関する手続きなどの文書を採択した。

日本主催第1回TPP委員会(2019年1月)

 同年10月には、ニュージーランドのオークランドで高級事務レベルによる第2回TPP委員会が開催された。ここでは、TPP11の運営に関するさらなる規則文書の採択がなされたほか、委員会の直前に開かれた12の小委員会等の会合の結果が報告された。
 2020年8月には、議長国メキシコのもと、第3回目のTPP委員会が開催された。同年初めから新型コロナウィルスの世界的な感染拡大が見られたため、TPP委員会としては、初めてオンラインでの開催となったが、感染拡大により、ややもすると保護主義的な風潮が見られる中、委員会は、TPP11の参加国が一致して自由貿易を推進することを宣言する場となった。特に、感染拡大により、影響を受けやすいサプライチェーンの強靭化、また、感染対策の中で注目を集めるデジタル技術の実装についてさらなる協力を進めることで一致を見た。

オンラインで開催されたメキシコ主催第3回TPP委員会(2020年8月)

5.今後の展望
 さて、本年2021年は日本がTPP委員会の議長国である。この2021年のTPP11の運営上の課題は次の3点があげられるだろう。TPP11にとって重要な年になりそうである。
 第1に未締結国の国内手続きの支援である。TPP11に署名した11カ国のうち、チリ、ペルー、ブルネイ、マレーシアの4カ国は未だ国内手続きが終わらず、締約国になっていない。これらの国々が1日も早く国内手続きを終え、締約国としてTPP11による高いレベルの貿易自由化の利益を得ることが望まれる。TPP11発足時からの慣例で、これまでのところ、TPP委員会や下部機関の会合にこれら4か国も事実上のオブザーバー参加をしているが、これもこれらの国々が早期に締約国になってスムーズに協力関係に入れることを期待しての措置である。昨年末より、チリの上院での採決に向けた動きも見られるところ、こうした各国の動きを注視するとともに、議長国日本がリーダーシップを発揮して締約国が一丸となって必要な支援を実施していきたいと考えている。
 第2に、日本は議長国として、これまでの実績を引継ぎ、委員会や多くの小委員会等を開催するなど活発なTPP11の運営に努めていく考えである。特に昨年の第3回委員会で議論になったコロナ禍での自由貿易の推進、とりわけ、デジタル技術の実装とサプライチェーンの強靭化、さらには昨今関心が高まる環境問題への取り組みなどにおいて、協力を進めて行く考えである。デジタルの分野では、官民の関係者が参加するオンライン上のセミナー(ウェビナー)の開催を予定しているほか、電子商取引章をカバーする下部機関の設置についてもこれを提案している。
 第3に、TPP11の拡大に取り組む考えである。これについては、とりわけ、EUからの離脱を果たした英国がTPP11への加入に向けて真剣に準備をしてきたが、この2月1日に正式な加入要請を行ったところである。TPP委員会で合意した加入に関するガイドラインによれば、関心国(この場合英国)が寄託者であるニュージーランドに加入要請書を提出した後、加入プロセスが開始されるためには、締約国(現在7カ国)のコンセンサスを得て、その旨TPP委員会で決定する必要がある。交渉開始が決まると、TPP委員会の下に設置される加入作業部会で実際の交渉が行われることになる。日本としては、日本の国益を損なわぬようしっかりした交渉をすることが重要であるが、それに加えて、今年は議長国として、初めてのTPP11への加入に向けた議論を適切に進めて行くことが求められる。日本国内においても、内閣官房が中心となって関係省庁と良く調整して取り組んで参りたい。英国の参加は、今後加入に関心を持っているエコノミーにとって、いわば「前例」になるものであり、各国ともそうした問題意識を持って臨んでくると思われる。

来日したトラス英国貿易相と会談する西村大臣(2020年10月)

6.終わりに
 2021年は米国の政権交代があり、1月20日には、TPP脱退を主張したトランプ前大統領に代わり、バイデン新大統領が就任した。こうした情勢を受けて、米国のTPP11復帰の可能性や様々な他のエコノミーの加入の可能性が取りざたされている。日本は従来から米国のTPP復帰を強く希望しており、今もその考えに変わりはないが、米国の政治情勢は複雑であり、その貿易政策が明確になるには時間がかかるとの見方も出ている。さらに、様々な関心エコノミーに関しては、TPP11のハイレベルのスタンダードを受け入れることができるかどうか、慎重に見極めることが求められる。
 TPP11は、高いレベルのルールと自由貿易を維持し、多角的貿易体制を支持する国の集まりであり、貿易によるグローバル・バリュー・チェーンの深化が域内の経済活動を活発化させ、お互いに利益を生むとの認識をもっている。特に、この度の新型コロナ感染拡大による経済への影響が続く中、自由貿易をさらに推進していくため、TPP11の協力体制を強化することがますます重要になっていると思われる。日本としては、今年の課題である未締結国の国内手続きの推進、協定の実施等による域内協力の推進、そして、TPP11の拡大、とりわけ英国の加入要請を受けたプロセスの展開に、議長国としてしっかり取り組むことが重要であり、関係諸兄のさらなるご指導、ご支援を賜れば幸甚である。