G7議長国イタリアから見た国際情勢と日伊関係


駐イタリア大使 鈴木哲

 本年2月5日、訪日したメローニ首相と岸田総理との間で日伊首脳会談が行われ、G7サミット、二国間関係、地域情勢及び国際社会の諸課題への対応につき率直な意見交換が行われた。筆者も会談に同席したが、両首脳間の議論はよく噛み合い、日本からイタリアへのG7議長国の円滑な引き継ぎや、深化を続ける両国関係を反映する良い会談になったと感じている。
 本稿では、イタリアがG7議長として焦点を当てようとしている主要課題などを取り上げ、日伊関係の最近の動きにも触れながら、今後の日伊関係についてご紹介したい。

G7議長年におけるイタリアの主要課題
 本年1月26日、メローニ首相は、イタリアG7議長年の開始にあたりビデオメッセージを自身のXアカウントから投稿した。その中で、国際社会におけるG7の果たす役割の重要性を強調しながら、ロシアによるウクライナへの侵略戦争、中東ガザ情勢やその他の課題に加え、特にアフリカに注目した発展途上国や新興経済国(いわゆるグローバル・サウス)との関係、並びに移民問題、気候とエネルギーのネクサス、食料安全保障、人工知能(AI)といった地球規模のテーマに焦点を当てることを明らかにしている。これらの課題の多くは日本がG7議長年において重視し取り組んできた課題であり、日本からイタリアへのG7議長国引継ぎが適切に行われている証左であるとともに、イタリアがこうした課題への対処を更に発展させ、真摯に取り組もうとしている意欲の表れであると感じている。
 イタリアが特に議長として掲げるイシューの特色として2つ挙げたい。一つは移民問題である。イタリアはアフリカ・中東等から欧州への移民の最初の上陸地点の一つであり、移民問題を国際社会の「構造上の問題」と深刻に受け止め、単に欧州内の受け入れ国の公平な割り振りや上陸した難民の福利厚生のコストの問題などではなく、その根本にある問題、すなわち移民発生の根本原因に対処すべく取組みを強化している。その一つが、メローニ首相が就任以来強調している「アフリカのためのマッテイ計画」である。これは、イタリアとアフリカ諸国との協力関係を強化し、持続可能で永続的な経済・社会発展を促進することにより、移民問題の根本原因に対処することを目標としている。「略奪的なアプローチを否定して」「すべての人に利益を提供できる平等な協力モデル」を構築するというビジョンを強調し、マッテイ計画の5つの柱として、教育・訓練、農業、保健、エネルギー、水を掲げている。イタリアはこうした具体的な行動を伴うことこそがいわゆるグローバル・サウス(イタリアはこの表現はあまり使わず、「発展途上国や新興経済国」と表現しており、これも配慮の一端といえる)への求心力の維持・強化のために必要と考えており、日本が対アフリカ外交において長年に亘りTICADを開催し、対等な立場から積極的な協力・支援を行っている姿勢とも軌を一にするものである。
 もう一つは、AIへの対応である。メローニ首相はこのビデオメッセージの中で個別分野として特にAIに時間を割いている。同首相は、「AIは大きな機会を生み出す可能性がある一方で、大きなリスクも孕んでおり、世界の均衡に影響を与える可能性があるため、人工知能が『人間中心』であり、『人間が管理』できるよう、ガバナンス・メカニズムの開発に取り組んでいる」旨述べ、その重要性を強調している。特に、イタリアはAIが労働市場に与える影響について関心が高いようである。日本が昨年のサミット議長年の際に「広島AIプロセス」をとりまとめた流れを更に強化しようとしているものであり、議論の進展に期待したい。
 なお、余談だが、日本とイタリアはG7内でも閣僚会合を数多く開催する傾向があるとの共通点がある。日本が10以上の閣僚会合を実施すると、イタリアがそれを「引き継いで」更に多くの閣僚会合を行い(2024年は延べ20の閣僚会合がイタリア各地で予定されている)、次期議長国であるカナダが数を抑える、という流れが定着しつつある。

地中海とイタリア外交、メローニ首相の特色
 イタリアはEU、NATOの原加盟国であり、また発足当時からサミットに参加している国であることに強い誇りをもっている。メローニ首相は上記ビデオメッセージの中で、地中海を「イタリアが歴史的にも文化的にも中心的な位置を占め、大西洋とインド太平洋という世界の2大海洋地域を結ぶ『中間の海』」と定義づけている。この背景には、「欧州とインド太平洋の結節点にこそイタリアはいる」との自負が隠れているのかもしれない。また、メローニ首相がドラギ前首相から理念を継承し発展させ続けている「イタリアを欧州、ひいては国際社会の主人公にする」とのビジョンが現れていると見ることもできるであろう。
 事実、地中海周辺には南欧、西バルカン、アフリカ、中東といった諸地域があり、イタリアは多様な周辺諸国との関係維持・強化に腐心してきた長い歴史があり、それがイタリア外交に厚みやバランス感覚を持たせているという側面はある。昨今西側諸国の課題とも言われる、いわゆる「グローバル・サウス」との関係強化(中国やロシアによる影響力増大に対する巻き返し)においても、イタリア外交の相手国の立場をできる限り尊重・理解するとの姿勢は好意を持って受け止められているようである。イタリアのこうした上から目線で話をするのではなく、相手国・地域のニーズを捉えながら、同じ目線に立ってウィンウィンの関係を築こうとする外交姿勢には日本に通ずるものがあり、例えば第三国における日伊の協力など、今後更に協力分野が発展する基礎になりえるものではないかとも考える。
 もちろん、強いリーダーシップなしにはビジョンは実現しえない。その意味で、欧州においてメローニ首相はイタリア外交の特色を体現するリーダーとして頭角を現してきている。メローニ首相誕生当初はその出身政党や過去の言動から「強硬右派」「極右」とレッテルを貼られ、当初はメディアを中心にイタリア外交に対する悲観的な見方が煽られたが、実際に一昨年10月に政権についてからの同首相の外交姿勢は極めて「現実主義的」であった。ドラギ前政権時代のEU内におけるイタリアの立場・プレゼンスの強化という方針(戦略)を踏襲し、独仏との関係強化を通じてEU内での発言力、影響力の増強を図り、EU内においてイタリアを無視できない存在に押し上げ、欧州における「信頼に足りうる大国」としての地位を徐々に築き上げていく様は、メローニ首相の時折のぞかせるカリスマ、柔軟ではあるがタフな交渉姿勢なしにはなしえない部分であったと思われる。また、中国との一帯一路覚書(2019年にG7で唯一署名)を「イタリアにとって利益がない」として昨年末に終了を決定し日本を含む西側諸国を安堵させる一方で、中国からの「嫌がらせ」を避けるべく中国の関心事項への配慮も忘れないバランス感覚や、EUによる対ウクライナ支援に拒否権をちらつかせる等、EUの「問題児」と見なされているハンガリーのオルバーン首相の「話せる相手」として重要な仲介役を担うタフな側面も、イタリア外交が築き上げてきた地位とメローニ首相自身の力強さを背景になしえる一例と言えるだろう。

日伊関係の進展
 こうした力強いメローニ政権下で、過去1年半の間に日伊関係は大きく進展した。背景としてメローニ首相が大の日本好きであることも一因としてあるが、二国間関係の進展にとって大きなきっかけは昨年1月に合意された日伊関係の「戦略的パートナーシップ」への格上げである。これは、日伊関係の幅の広がりにとって後押しとなった。その後の1年の歩みにおいては、例えば日伊映画共同製作協定の署名(6月)、日伊英による次世代戦闘機の共同開発(GCAP)のための政府間機関設立に関する条約(GIGO)の署名(12月)等、安全保障から文化まで幅広い分野での関係進展があった。それぞれの分野について少し踏み込んで説明したい。
 安全保障面での特筆すべきプロジェクトであるGCAPは、日英伊が有する技術を持ち寄り2035年までに第6世代の戦闘機をゼロから共同で開発・製造するプロジェクトであり、日本にとっては悪化する安全保障環境に的確に対応できる戦闘機を開発するための極めて重要なプロジェクトである。そこになぜイタリアが、と思われる向きもあるかもしれない。あまり知られていないことではあるが、イタリアは欧州においてはユーロファイター参画など高い技術力を有する欧州有数の武器輸出大国である。日本も既に自衛艦の艦砲、海保等におけるヘリコプターなどの装備品を購入している。
 また、安全保障分野における日伊関係の進展として、メローニ首相のインド太平洋への強いコミットメントを背景とした伊艦船等の日本への派遣が挙げられる。昨年は伊フリゲート艦やF35が初めて日本に派遣され共同演習などが実施されたが、本年は伊空母打撃群や練習帆船アメリゴ・ヴェスプッチ(世界一美しい帆船と言われている)の日本寄港が予定されている。これらは、仏、英、独に次いでイタリアのインド太平洋への関与を象徴する事例といえる。
 経済面においては、30年以上に亘り活動をしている日伊ビジネスグループ(IJBG)が再活性化している(11月)。昨年12月にはウルソ企業・メイドインイタリー大臣が訪日した際に西村経産大臣(当時)との間で共同声明が発出され、経済安全保障面も含めて経済・産業分野における対話を更に促進させることとなった。その他、エネルギー分野、IT、宇宙、新素材等、両国の優先関心事項に合わせた協力分野の模索及び貿易・投資の一層の推進の機運が立ち上がっている。
 文化面では、署名された日伊映画共同製作協定の意義を裏付けるように、例えば「タイガーマスク」実写版映画の日伊共同製作プロジェクトが進行している(タイガーマスクは我々の世代には懐かしいアニメであるが、イタリアではテレビでの再放送を通じて多くのファンがいる)。また、日本の様々な年代、ジャンルの漫画や小説がイタリア語に翻訳され、多くの書店に、場所によっては一区画を独占するような形で設置される等、その人気ぶりはますます高まるばかりである。また、2025年大阪・関西万博に向けイタリアが真っ先に参加を表明の上、昨年12月にパビリオンの鍬入れ式を実施して、日本にくすぶる万博懐疑論を払拭するような協力を見せたのも特記すべき点である。

終わりに
 日本とイタリアはG7の一員であるだけでなく、議長年を引き継ぐという「構造上」も強固な連携を求められる関係にある。両国の緊密な連携なくして国際社会に対するG7のリーダーシップを十分果たせない。イタリアがメローニ首相の下でその存在感を増しつつある中、FOIPやCPTPPを通じて国際社会におけるリーダーシップを発揮してきた日本が、その力強さを増しつつあるイタリアと共同歩調を取ることは、日伊関係の更なる発展のみならず、国際社会の平和と安定に対して両国がより効果的に貢献しうることにもつながると考える。