G20サミットからみえる今後の世界(英米メディアの視点)

  
外務省参与 和歌山大学客員教授 川原 英一  

 インドで開かれた第18回G20サミットについて多くのメディアが報じています。サミット議長国インドの外交力が注目された会議であり、習近平国家主席が初めてサミットを欠席したことが話題となり、サミットでの合意の最大の障害であるウクライナの戦争について、米欧諸国とロシア・中国との対立する2グループがある中、インドが合意形成に外交力をみせたこと、また、途上国の声の反映に強い思いのあるモディ首相が、サミットにどのような合意をもたらしたのか、さらには、サミットを巡る動きから、世界秩序に変化がみえるとの報道・論調があります。サミットから見える今後の世界について、注目される報道・論調を以下御紹介します。

 G20サミット開幕前日9月8日、現地ニューデリーから以下内容が報じられています(注1)。

―初めてインドで開催されるサミットを、モディ首相は、先進国とグローバル・サウスと呼ばれる途上国との間での軸(pivot)となって、世界的出来事を形成(shape world events)するインドの能力を示す機会として活かそうとしている、

―首相を2期近く務め、3期目を目指すモディ首相は、過去10年間G20の舞台に立ち続けた数少ない世界の指導者であり、2024年前半に総選挙を控えて、同サミットがインドを外交・経済面で台頭する国として、また、自らを有能なグローバルな政治家としてアピールする好機と見ている、

―インドは、すでに急成長する主要国であり、直近の4-6月期の成長率は7.8%で、現在の世界第5位の経済国家から、近いうちに第3位となり、世界の成長エンジンの役割を果たすことに自信を示すモディ首相にサミットが追い風(A boost for Modi)となろう。

 (注1:https://asia.nikkei.com/Spotlight/G-20-summit-2/India-G20-summit-faces-Ukraine-climate-tests-5-things-to-know?utm_campaign=GL_one_time&utm_medium=email&utm_source=NA_newsletter&utm_content=article_link&del_type=3&pub_date=20230909010000&seq_num=15&si=18106917

 なお、G20は、G7諸国と1地域(仏、米、英、独、日、伊、カナダ、EU)に加えて、アルゼンチン、豪、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコで構成されています。これ以外に招待国や国際機関などが参加します。
 リーマン・ショック後の経済・金融危機への対応を協議するため、2008年11月にG20サミット(首脳会議)初会合が米国で開催されてから、今回サミットは18回目です。G20は、世界のGDPの8割以上を占める20カ国・地域による国際経済協力のための主要フォーラムです。

 また、モディ首相は、ご承知のように日本を度々訪問され、故安倍総理と親交が深かったことでつとに知られています。今年のG7(先進国首脳会議)サミット議長の岸田総理は、今年3月、ウクライナを電撃訪問する前にインドを訪問し、モディ首相と会談を行い、G7広島サミットに招待するなど緊密な関係にあります。

中国がサミットを欠席した理由

 今回のサミットを中国とロシアの元首が欠席しましたが、習近平国家主席が欠席した理由については公表されていません。2008年のG20サミット第1回から国家主席が毎回出席してきたサミットを欠席したのは初めてで、従来の対応と異なるのが注目されました。

 米主要紙WSJ(ウォールストリートジャーナル)紙9月10日記事(注2)は、習主席が国内にとどまったいくつかの理由として、米国との緊張関係に加え、中国が貿易・人権・ウクライナ戦争をめぐって欧州諸国と対立しており、また、領土問題をめぐり中国と近隣諸国とで対立があることを挙げ、中国国内では、極めて高い若者の失業率、輸出減少、不振の不動産業など中国経済の苦境を指摘しています。

 さらに、同紙は、米国を中心とした国際秩序に中国やロシアの不満があり、最近、年次サミットが開かれたブリックス(BRICS)のように中国が影響力を行使しやすいグループを今後はより重視しそうであり、そうなれば、G20サミットの重要性が変わると読み解きます。
 (注2:https://www.wsj.com/world/india/g-20-softens-language-on-ukraine-war-in-declaration-bbe76845?mod=world_lead_story

 BBCニュース(9月11日付)(注3)は、西側諸国がインドによる首脳宣言の合意形成に協力する理由を報じる中で、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5カ国で形成するBRICSが、今年8月に南アで開催された年次サミットで6カ国の新規加盟を決定したことに注目して、「新メンバーのアルゼンチン、エチオピア、エジプト、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦は中国と密接な関係にある」、「西側諸国がここ数年、途上国での中国の影響力が増していることを警戒し」、「特に米国は、中国が事実上、反欧米的な国際秩序に代替しようとしていることを意識(is conscious)しており」、中国の途上国への影響力増大に対して「西側諸国がインドを中国への対抗軸と見ていた」と指摘しています。
 ※(注3:https://www.bbc.com/news/world-asia-india-66768145

グローバル・サウスの声を重視するモディ首相

 モディ首相は、G20議長を引き継いだ直後の今年1月、「グローバル・サウスの声(Voice of Global South)」サミットをオンラインで開催し、125カ国が参加しました。モディ首相が記者会見を行うことは少なく、また、同会見中に記者質問を受けることはあまりないとの事情の中で、6月、国賓として米国訪問する前にWSJ紙との単独インタビューに応じた記事(注4)があり、その中で、国際政治上の役割から世界経済への貢献まで、インドの時代がやって来たとの首相発言が報じられています。

 この中で、同首相は、グローバル・サウスのリーダーとして、長く放置されてきた途上国の声を届けることができる国としてインドを位置づけています。また、多極化する世界秩序に適応するため、国連その他国際機関の変革(changes)を求め、気候変動への対応から途上国の債務削減に至るまで、世界の豊かでない途上国を代弁するとの発言もありました。
 (注4:https://www.wsj.com/articles/indias-modi-sees-unprecedented-trust-with-u-s-touts-new-delhis-leadership-role-35e151b4?mod=lead_feature_below_a_pos1

異例の展開だった首脳宣言への合意

 G20サミットは、9月9日(初日)午後セッションで首脳宣言に合意しました。国際会議の通例として宣言採択は会議最終日なのですが、サミット議長のモディ首相は、笑顔で、予想より早く合意に達したと述べ、早い段階で合意する異例の展開でした。ウクライナでの戦争が、G20首脳宣言の合意を阻む最大の障害とみなされていました。サミットに参加しなかったウクライナは宣言に不満を表明したものの、米、英、ロシア、中国を含む主要国はこの合意を称賛したとBBC(注3)は報じています。

昨年G20首脳宣言との相違

 文言にいくつか変更がみられます。今回の宣言には、ロシアによる侵略とウクライナからの撤退を求めた国連決議に言及する文言は削除され、ほとんどの加盟国が戦争を非難したとも書かれていません。WSJ紙(注2)は、今回の宣言には、戦争が食糧安全保障、サプライチェーン、インフレに与える影響を強調し、食糧とエネルギーの供給に影響を与えるインフラへの攻撃をやめるよう求めたこと、また、「今日の時代は戦争の時代であってはならない(Today’s era must not be of war)」との一文も追加されたが、この一文は昨年にインドとロシアの首脳会談でモディ首相がプーチン大統領に述べた言葉の繰り返しだと指摘しています。

 同紙は、プーチン大統領の代理でサミットに出席したラブロフ外相が、今回の宣言は世界の南の意見と西側の意見のバランスをとったものであり、G20メンバーが昨年宣言から文言を変更することに同意したのには驚いていると述べたことや、事前に調整作業をしたインドのG20シェルパであるカント氏が「非常に厳しく、非常に冷酷な」交渉の末、G20全メンバーが今回の宣言を「100%受け入れ」ており、インドの外交的勝利であるとの発言も報じています。

インドと中東・欧州を結ぶ大規模な鉄道と海運インフラ・プロジェクト

 WSJ紙(注2)は、米国と同盟国による欧州、中東、アジアを結ぶ3千マイルを超える輸送回廊(transit corridor)の建設計画をもう一つの重大発表と報じています。バイデン大統領は、この計画が雇用を創出し、貿易を促進し、「複数の国にまたがる人々に通商と食糧安全保障を強化する基礎を築く(laying foundations that will strengthen commerce and food security for people across multiple countries)」と述べたこと、また、この計画は、バイデン大統領とモディ首相が提唱し、モディ首相は議長国としてインドの世界的地位を高めようとしていると報じています。

 香港・サウスチャイナ・モーニングポスト(SCMP)紙は、AP電として、G20サミットでバイデン米大統領とモディ・インド首相そして同盟国が、インドと中東、最終的には欧州を結ぶ鉄道と海運の回廊計画をサミットで発表し、この計画が世界の貿易を変える可能性(a possible game changer for global trade)があると報じています(注5)。
 同計画は、米国、インド、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、欧州連合(EU)、そしてG20の他の国々が参加し、エネルギー製品を含む各国間の貿易拡大を可能にし、また、中国の「一帯一路構想」に対する、野心的な対抗策となる可能性がある、プロジェクトの透明性が高く、高水準のインフラは、関係国ばかりでなく、世界的にも魅力があると報じています。又、エネルギーとデジタル通信の流れを増大させ、関係国の繁栄と低所得国の成長に必要なインフラ不足の解消に役立つとの米国安全保障担当副顧問ファイナー氏の発言も報じています。
 (注5:https://www.scmp.com/news/asia/south-asia/article/3233982/rail-and-shipping-project-linking-india-middle-east-and-europe-be-announced-g20-could-counter-china?utm_medium=email&utm_source=cm&utm_campaign=enlz-today_hk&utm_content=20230910&tpcc=enlz-today_hk&UUID=2e4db360-ca08-4c90-9626-0e720b1a8787&next_article_id=3233987&article_id_list=3233949,3233976,3233986,3233975,3233991,3233990,3233369,3233968&tc=26&CMCampaignID=31b457ede5f43e8d5c527a4ebb6e64dc

 タイム誌9月10日記事(注6)も、米国、インド、EU、サウジアラビア、イスラエル、その他の中東諸国による、野心的な鉄道・海上ネットワークの合意をG20サミットで発表したことを取り上げ、「地域を一変させる投資(game-changing regional investment)」と称えたバイデン大統領の発言、及び同プロジェクトの時間軸や資金額は曖昧だが、人権問題よりは、中東諸国の利害関係者にアピールする可能性が高いこと、及び米国が、湾岸地域で影響力を強める中国に対抗するものではないと否定したことなどを報じています。
 (注6:https://time.com/6312531/india-g20-xi-us-global-south/

アフリカ連合(AU)のG20加盟

 インドネシアからG20議長国を引き継いだモディ首相は、途上国の声を国際舞台に反映させることに野心的であり、AUのG20加盟に向けて早くから合意形成に動き、今回のサミットでAU加盟に合意しました。
 WSJ紙(注2)は、「サミットは、9月9日初日にAUをメンバーとして歓迎した、バイデン大統領とモディ首相が提唱した動きであり、G20議長国の立場を利用してモディ首相はインドの世界的地位を高めようとしている」、又、「中国の影響力が懸念される中、インドと米国の首脳がサミットを利用して、両国が関係を深めていることをアピールしている」と報じています。

 55か国・地域が加盟するアフリカ連合が、G20に加盟することによりG20のフォーラムの重要性が高まり、長年にわたりアフリカ開発に取り組んできた日本にとっても歓迎すべき合意であろうかと思います。

G20サミットからみえる世界秩序の変化

 BBCニュース(注7)は、サミット結果について以下見方を報じた上で、今後、G20は富裕国と途上国をひとつにするのか、それとも、世界がふたつの陣営に分かれるのか、見ていく必要がある、との見方を呈示しています。

―ウクライナでの戦争についての西側諸国とロシア・中国との間での対立が続くこと予想され、また、どちらの側にも組みしたくない途上国がいる中で、首脳宣言は、ロシアを非難することを控えたものの、この戦争による人的被害と世界の食糧・エネルギー安全保障への悪影響に言及しており、良い宣言になったと米・英・仏とロシアが同意している様子であった。

―サミット開催前から意見が収束していた議題は、アフリカ連合(AU)をG20に加えることであり、グローバル・サウス(南半球の途上国)に、より大きな発言権を与えようとするインドを後押しする結果となった。

 (注7:https://www.bbc.com/news/world-asia-india-66768145

 9月11日付WSJ紙は、「台頭するインド、G20が明らかにする世界秩序の変化:苛立つ中国とロシア、欧州が縮小し、逡巡する米国」との見出しで、同紙コラムニストで政治学者であるウォルター・ミード氏署名記事(注8)を掲載し、今後の世界の秩序における継続的におきる変化として、以下のような示唆に富む見方を述べています。

―米国にとり、これからの世界の変化の中で最も有益となるのは、インドが世界の主要国の1つとなり、米国の緊密なパートナーとして台頭してきたことであり、中露の両首脳が欠席する中、月面探査機を着陸させたインドのモディ首相が、それから間もなく開催されたサミット舞台の中央を独占した。

―中露及びそのパートナー国の一部は、第二次世界大戦以来の米国主導の世界秩序への反発を強めており、彼らの目標は、グローバル・サウス(途上国)に非自由主義的な反米有志連合(illiberal anti-American coalition)を構築することにあり、「ブリックス(BRICS)+」として成長する国々と共に、G20やG7に代替することを望んでいる。

―インドのアプローチは異なる。世界の現状に対するインドの批判は、中露の見解と共通する部分もあるが、最終的にインドが望むのは、世界システムの解体ではなく、改革にある。ロシアが中国に接近し、中国に対するインドの懸念が高まるにつれて、中国とその同盟国、インドとその支持者たちとの間での競争が激化するだろう。

―欧州の影響力が加速的に低下しよう。欧州の経済成長の鈍化、人口減少、軍事的弱さ、世界政治への非現実的アプローチは、世界における欧州の役割を制約しよう。今の国際機関で欧州が偏重される体制(overrepresentation)は、国際システムの欠陥であり、世界のパワーと影響力を欧州から台頭するアジア・その他の新興国へ再配分することが、直面する「グローバル・ガバナンス(世界的な統治)」の重要課題であり、他方、米国を最も支持してくれる欧州の地位が縮小するのは、米国にとり悩ましい課題であろう。

(注8:https://www.wsj.com/articles/the-g-20-reveals-a-shifting-world-order-india-asia-china-geopolitics-democracy-europe-russia-6604be20?mod=panda_wsj_author_alert

 今回のサミットでは、宣言を発出しないという選択肢はない、との立場の議長国インドによる関係各国との調整の結果、ロシアによる侵略とウクライナからの撤退を求めた国連決議への言及はありませんが、第8項、第二文のように「国連憲章に沿って、全ての国は、いかなる国の領土一体性及び主権又は政治的独立に対しても、領土取得を追求するための武力による威嚇又は武力の行使は慎まなければならない」との大原則に沿った表現でまとめられて良かったと感じます。ウクライナでの戦争と同じことは東アジアでも起きる可能性があることも忘れるべきではないと感じます。

 同項、第三文の「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との追加表現は、核兵器による威嚇、いかなる使用も認めないとの今年5月の「ウクライナに関するG7首脳宣言」の趣旨が生かされて良かったと感じます。
 途上国のニーズを満たすため「食料及びエネルギー安全保障を維持することの重要性を強調し、我々は、関連のインフラに対する軍事的破壊又はその他の攻撃の停止を求める」(第12項 第一文)との追加表現も考慮すると、合意形成が直前まで疑問視されていた中で、全体として、バランスのとれた内容として評価されるべきに思います。
 (御参考「首脳宣言(外務省仮訳)」:https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100550653.pdf

(令和5年9月17日 記)