AUKUSに思う:原子力潜水艦の調達を中心に
元広島市立大学広島平和研究所準教授 福井康人
最近の国際情勢の動きで筆者の興味を引いたのが、豪州が米国・英国の協力を得て、通常兵器装備の原子力潜水艦を調達することを一つの柱とするAUKUS(米英豪の安全保障枠組み)の動きである。原子力潜水艦の話はかなり前からも動いており、既に8月の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議でも議論されi、国際原子力機関(IAEA)の9月理事会ではグロッシー事務局長からのIAEAから理事会への報告が行われていたがii、透明性確保の観点から配布制限解除の決定が行われて事務局長報告書もネット上に公開されたので、AUKUSを巡る大まかな方向性が明らかとなった。
NPTとの関係
まず、NPTとの関係では通常兵器搭載とは言え、原子力潜水艦の例は核兵器国が所有する例がほとんどなので、どうしても議論になりやすい。というのは、原子力潜水艦の推進力の舶用炉として使用する限りにおいては核兵器とみなせず、NPTと抵触しないと理解されている。何故ならば、この舶用炉では核爆発は起きないし、この舶用炉は通常の軽水炉の場合が多く、違うのは、潜水艦の運用期間が長いために、核燃料装填を軽減するために高濃縮ウランが使用される点であり、最新の原子力空母では就航から廃船まで燃料交換が実施されないところまで実現していることを、ヒストリー・チャンネルも報じていた。
しかしながら、NPTには抵触しないにもかかわらず、高濃縮ウランが核燃料として使用されることが確実であるものの、現時点ではウランの濃縮度・炉の形態等の詳細までは明らかにされていないので精緻な議論は困難である。尤も、それは固定した研究炉で使用する場合でも、放射性廃棄物にはプルトニウムが含まれるので、転用されないように再処理は原則認めない等、IAEAの包括的保障措置のみならず、供給国との原子力協定が適用される。このため、日本でも一部の大学で研究炉に使用されていた高濃縮ウランを完全に返還、又は低濃縮ウランに希釈して継続使用する等の事例がある。
IAEA保障措置との関係
この報告書「AUKUSとの関係でのIAEA保障措置」は、AUKUSに関連するIAEA保障措置の背景、技術的な協議及び約束と言った点を中心に説明されている。この構想については、8月のNPT運用検討会議でも作業文書が提出されていたが、IAEAはそれに先立ち2021年9月15日に関係国からこの3か国イニシアティブにつき協議に預かっていたようである。また、「最良の手段を特定することにより、豪州の通常兵器搭載の原子力潜水艦を豪州軍隊のために取得することを支援する」協議を行い、3国間協力を深化させるために議論してきた由である。更に、核不拡散体制及び豪州の模範的な不拡散上の信頼を維持・強化する目的のために、今後数カ月に亘りIAEAの協力を進めるために正式に協議を申し入れた由である。これを受けて、9月16日にIAEA理事会に対して、特にIAEA保障措置の適用を念頭に置いて正式に申入れを行った。同報告書には豪州がIAEAと締結する包括的保諸措置協定iiiとの関係についても言及してあり、同協定14条には同条の下でも保障措置が適用除外になる場合が規定してあり、それに合致すれば適用除外とすることも不可能ではない。しかしながら、不拡散上の抜け穴とならないように非核兵器国として受諾している保障措置の適用除外の方法を探るよりも、追加的に保障措置を掛けるという選択肢を選んでいる。その結果として、具体的には、豪州・IAEA保障措置協定及び追加議定書、米国・IAEA間及び英国・IAEA間の自発的協定等の改定が必要かといった法的のみならず技術的な点についても協議を実施し詰めていく方針のようである。
このため、軍事用潜水艦ではあるものの核不拡散上の懸念に応えるために、推進力として原子力を使用する場合の舶用炉は平和的利用の場合と変わらないという実態もあり、AUKUSに対してはIAEA保障措置が適用される予定である。過去に豪州ではウランが産出されるので、英国により核実験が同国内の核実験場で実施された他、東方に位置する仏領ムルロア環礁での核実験の放射性降下物が南半球なので偏東風で飛来する等もあり、豪州は国際司法裁判所(ICJ)に核実験停止を提訴したりしているiv。その後も、軍縮会議で包括的核実験禁止条約(CTBT)の採択にインドが交渉から離脱してコンセンサスが成立しなかったため条約採択に失敗し、重要事項は2/3加重多数決による表決が可能な国連総会に持ち込んで最終的に採択した外交努力を始め、豪州は核軍縮・核不拡散にも非常に熱心である。かといって、非同盟諸国や一部の西側諸国の様に過激な主張をしないので、日本等も協力しやすいところがある。
尤も、今後もまだ関係国とIAEAとの間で協議の事務局内のAUKUSチームが担当し、全ては明らかになっていないが、これまでに行われた交渉の概略が明らかになっている。IAEAからは追加の書簡により、関係各国に対しIAEAが協力するにあたり、必要な情報の提供を要請している。それに応える形で、先ず、豪州からは包括的保障措置協定の補助取極改定コード3.1に従い、豪州は新たな施設に係る設計情報を速やかに提供することが確認されているが、これは通常の包括的保障措置の場合と同様である。その他にも追加議定書に基づき、今後10年の新たな核燃料サイクルについても情報が提出されること等が要請されている。これに対しては、豪州側からは未決定な部分もあるが、協定上の義務とコミットメントを満たす用意がある旨回答している。
一般論として、保障措置関係情報は機微情報として扱われることが多く、IAEA内でも関係者しかアクセスできない情報として扱われるので、全ての情報が開示されるわけではない。しかしながら、理事会の決定を経て事務局長報告書が開示されることから、豪州等関係国もIAEAも透明性の確保に努めるとの姿勢が窺われる。他方で、米国からは米国が締結する自主協定及び追加議定書の義務に従って、情報及び申告が行われる決定が18カ月の協議期間中に行われる意図表明がなされ、適切な形で透明性が確保されることになると結んでいる。更に、英国からの回答でも類似のことが言及され、全世界的な核不拡散体制の維持強化に完全にコミットすることが約束されている。
今後の動向
尤も、AUKUSでは非核兵器国への核兵器の移譲を禁止するNPT第3条とも抵触せず、また、IAEA保障措置が技術的困難を伴いつつも、新たな形で舶用炉にも検認がかかり、不拡散上の懸念が実際には生じないにも拘らず、8月のNPT運用検討会議では政争の具にされたきらいがある。インドネシアは非同盟諸国(NAM)の雄として不拡散上の懸念を表明し、ロシア、中国も自国の安全保障の懸念から否定的な意見表明をしている。もっとも、実際にはIAEAの保障措置が適用され、オーストラリアは自国で核燃料を製造せずに英米から燃料供給を受け、再処理も行わない旨を明確にしており、原子力協定に基づいて条件が課された上で核燃料が提供されるので転用は現実には不可能になる。
しかしながら、AUKUS原潜の潜航可能距離が長くなるため、中国等の原潜は「海の忍者」として活動が困難になりかねず、自国の軍事活動が事実上制約を受けるので反対する。また軍備管理専門誌Arms Control Today 9月号にNPT運用検討会議の評価記事が出ていたので、AUKUSについて詳しく議論を展開している論者は名前からスラブ系研究者であり、他方で米国元政府高官の記事では問題にもされておらず、さもありなんと思った次第であるv。
そのような次第もあり、筆者はこの一連の動きを国際安全保障の観点から興味深く見ている。今後、比較的移動が可能な小型モジュール炉の開発、北極圏航路開発に伴った更なる舶用炉の利用が広がる可能性もあり、こうした新たな原子力の平和的利用のための保障措置の開発にも資するものである。また、9月21日、岸田総理の豪州訪問時に両国首脳が改めて合意した「自由で開かれたインド太平洋」の実現のためにもAUKUSは有益でありvi、日本は署名された共同声明でAUKUS支持を表明しており(パラ21)、AUKUSの今後の発展に注目したい。
(注)
ⅰ) NPT Doc. NPT/CONF.2020/WP.66, 22 July 2022, “Cooperation under the AUKUS partnership*,” pp.1-4. 豪州・米国・英国でAUKUS構想の概要について説明した作業文書。
ⅱ)IAEA Doc. GOV/INF/2022/20, 9 September 2022,” IAEA safeguards in relation to AUKUS,” pp.1-5.
ⅲ)IAEA Doc. INFCIRC/217, 13 December 1974, pp.1-27; INFCIRC/217/Add.1, 9 February 1998, pp. 1-32. なお、前者が豪州IAEA保障措置協定であり、後者が同国とIAEAの追加議定書であるが、米国及び英国の自主協定もIAEAのサイトから検索できる。
ⅳ)Nuclear Tests (Australia v. France), Judgment, I.C.J. Reports 1974, p. 253.
ⅴ)Sergey Batsanov et al. 10th NPT Review Conference: The Nonproliferation and Peaceful Uses of Nuclear Energy Pillars, “Arms Control Today, September,” URL: https://www.armscontrol.org/act/2022-10/features/10th-npt-review-conference-nonproliferation-peaceful-uses-nuclear-energy
例えば、Arms control 9号掲載の同記事にはAUKUSを巡る議論には詳しく解説されているが、クリントン政権及びオバマ政権で国務省幹部として活躍し、現在はブルックリン研究所のシニア・フェローを務めるアインホーン氏は一切触れていない。
ⅵ)外務省、日豪首脳会談、10月22日、URL: https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/ocn/au/page6_000768.html なお、首脳共同声明も掲載されている。