今日のヨルダン


駐ヨルダン特命全権大使 柳 秀直

 ヨルダンに着任して二年を超えたところ、最近のヨルダンについてご紹介します。もとより、中東に詳しい方も多い中で,中東在勤は初めてで二年強しかいない私の印象は浅薄なものとは思いますが、最近の状況としてお読み頂ければ幸いです。

1.相対的地位の上昇

 ヨルダンは、後述するように経済的には非常に厳しい状況にありますが、ずっと穏健な外交政策を掲げ、安定を維持しています。一方で、シリア、リビア、イエメンは内戦状況、イラクもレバノンも、2018年5月の選挙から半年以上立って、ようやく安定的な政権ができたと思ったら、一年も持たずに、2019年10月以降民衆のデモに見舞われて再び先の見えない状況に陥りつつある中で、中東におけるヨルダンの地位は、周辺国が不安定になった分だけ、相対的に上昇しているようです。

 アンマンには70弱の国が大使館を置いていますが、私が来てからもパナマ、アイルランドが新たに開館し、また、中小国の中には、当地からイラクをはじめ複数の国を兼轄している館も少なくありません。更に,援助機関は、スイスのSDCや赤十字国際委員会(ICRC)など、アンマンを中東域内の拠点とする組織も増えてきています。また、国連のイエメン事務総長特使は、サウジがイエメン問題で中立的ではないという判断もあってか、事務所をアンマンに構えています。そのため,独,EU等イエメン大使をアンマンに常駐させている国・機関もあります。加えて、エジプトが一時不安定化したことや、シーシ政権になってからの締め付け強化のためか、いくつかの国際機関や独の政党系財団、カナダの研究機関等も中東北アフリカの拠点をカイロからアンマンに移しています。

 フライトも、サウジやア首連がカタールと断交する中で、アンマンはドーハ、テルアビブとも直行便があるので、中東ではテヘランとの間で直行便がないだけで、ドバイ、ドーハには及ばないとしても、域内のハブ空港になりつつあります。イエメンにも国連機が飛んでいるので,援助機関や国際機関が地域事務所をアンマンに移す背景には、中東地域内への移動が便利ということもあるようです。

 また、大使館の規模も、中東に関与を深めている国は大きくなっており、在ヨルダン米大は米大としてはイラクに次いで中東域内で二番目に大きく、500名以上の外交官がいるようです。米国以外でも、英、独、仏、加等はかなりな規模で、出向者も含めた外交官の数では当館(約20名)の倍以上の規模の館が少なくありません(ただし,加,豪などは移民担当が多いようです)。

2.経済的苦境とロンドン会議

 ヨルダンは,アブドッラー国王が1999年に即位して以降,2003年から2008年頃までは7%前後の高い成長率を達成してきたのですが、リーマンショック以降、低成長率となり、それに拍車をかけて2011年からのシリア内戦により特に2013年以降難民の流入が増大し、また、シリア国境を通過するレバノン、トルコ、欧州への陸路の貿易路が絶たれ,更にはISILの闊歩もあってイラク国境も閉鎖されるなど、難民受け入れ負担の増大と貿易の縮小により、経済的には非常に苦しい状況に陥りました。加えて、油価の下落によると思われますが,湾岸諸国からの大規模な無償支援が2016年以降途絶えています(2011年~15年の5年間でサウジ、ア首連、クウェート、カタールは計50億ドルをコミットしていました。これらの国は,今も別の形で種々の援助は行っています)。

 こうした中で米国は最大のドナーとしてヨルダンを支えていますが(2019年には約12.5億ドル。そのうち開発援助が約7.5億ドル)、我が国も西側ドナーの二国間援助では米独に次ぎ,年約1.5億ドル前後と第3位の地位を占めており(国際機関も含めればEUが米に次ぐドナーです)、無償、技術協力に加えて、ヨルダン政府の強い要望を踏まえて、財政支援となる開発政策借款を、2013年以降4回に分けて約10億ドル供与しています。

 2019年2月にはロンドンで、英とヨルダンの共催で、ヨルダン経済に関する会議が開催されました。同会議では、我が国からも佐藤外務副大臣が出席し、ニューマネー4.3億ドルを含む総額7.3億ドルのコミットを行い、高い評価を得ました。ロンドン会議が成功裡に終了し、IMFの第二次レビューも5月に理事会の承認を得たので、ヨルダン経済は危機的と言われながら、同年春から夏頃にかけては一時小康状態となりました。しかし、煙草の密輸による歳入減等により、同年後半から再び財政状況が厳しくなり、既存のプログラムの第三次レヴューの代わりにIMFと新たなプログラムを交渉することとなり,3月にまとまりました。

3.ドナーは安保面での支援も強化

 中東域内おいてヨルダンの安定を維持することは、欧米等にとり極めて重要となっているため、西側各国と湾岸諸国は開発援助だけでなく、安保防衛分野でもヨルダンを重点的に支援しています。2018年、米はブラックホークを20機贈与し、独はマーダーという装甲車を50台贈与していますが、これら贈与に際しては、当然ながら技術指導、研修の受け入れなどが行われています。このほか、仏は山岳部隊の装備品を供与する等、西側主要国はさまざまな形でヨルダンを支援しています。この背景には米、仏、独等がヨルダンから空軍基地の提供を受け,シリア、イラクにおけるイスラム国勢力の掃討作戦に従事してきたことも挙げられると思います(独は3月末まで偵察と空中給油を行ってきたが、4月以降は空中給油のみ)。NATO以外でも豪州などが二国間での防衛協力を強化しています。、

4.我が国との「戦略的パートナーシップ」

 昨年治世20周年を迎えましたが,その間10回訪日する等,ハシミテ王家と皇室は緊密な関係にあり,また,湾岸戦争以来,ヨルダンが地域の安定に果たしてきた役割もあって,日ヨルダン関係は良好かつ緊密です。特に安倍政権になってからは国王と総理の信頼関係もあり,いっそう密接になってきています。こうした中で、2016年の国王訪日時に防衛分野における協力強化の覚書が署名され、以後、我が国は2017年3月から防衛駐在官を在ヨルダン大使館に配置し、2018年5月にはSOFEX(特殊部隊の装備品展示会とそれに併せて行われる特殊部隊司令官会議)に初めて陸自の特殊作戦群長を派遣するなど、徐々に関係の強化を図っています。

 2018年5月の安倍総理訪日時には、両国関係は「戦略的パートナーシップ関係」にあることを確認し、11月のアブドッラー国王訪日時には、それを体現すべく外相戦略対話と外務・防衛当局間(PM)協議の設置に合意。更に,元特殊部隊司令官である国王が安倍総理と共に習志野の陸自特殊作戦群の訓練を視察する等、関係を強化しています。2019年12月には河野防衛大臣が,我が国の防衛大臣としては初のヨルダン訪問を行いました(同大臣にとっては,2016年7月の国家公安委員長としての訪問,2017年9月から2018年12月までの外相としての4度の訪問を併せ,閣僚として6度目の訪問になります)。今回は国王,外相,統合参謀議長と,安保・防衛分野の関係強化に向けての意見交換を行った他,この秋から我が国の61式戦車が貸与されている戦車博物館を訪問されました。

5.国際機関の活動の一大フィールド

 ヨルダンが受け入れているシリア難民は約130万人とも言われており(UNHCRに登録している難民数は70万人弱。そのうち難民キャンプにいるのは1割程度で、他は北部やアンマン等の大都市に住んでいます)、ヨルダンは人道・開発国際機関にとって活動の重要拠点の一つとなっており、UNHCR、UNICEF等、殆どの国際機関が大規模な活動を行っています。ヨルダンは難民の安全かつ自主的な帰還を尊重し、帰還に向けて圧力をかけていないこともあり、シリア国境が再開した2018年秋以降も難民は3%前後しか帰還していません。我が国をはじめ国際社会はこうした姿勢を評価しています。我が国は、これまで主に補正予算から国際機関の活動を支援しており、シリア難民が発生して以降ヨルダンにおける国際機関の活動に対し、前述の二国間援助とは別に,総額で2億ドル以上の支援を行ってきています。当地で活躍されている邦人職員の数も2年前は20名弱でしたが、最近では約30名になりました。

6.停滞する中東和平

 ヨルダンはヨルダン川を挟んで東岸系の人々が中心となって治めてきた国ですが、国民の過半数はパレスチナ系となっており、パレスチナ問題を自分のことのように意識して,外交の最重点事項となっています(48年戦争後、67年戦争までは西岸をヨルダンの一部としており、その後も88年まではヨルダンは西岸への主権を主張してきました)。そのため、最近の中東和平の停滞と、エルサレムへの米大使館移転等、トランプ政権の一方的な措置が続く中で、トランプ政権による究極のディール、またはイスラエルの入植地併合等の一方的措置を懸念し、機会あるごとに、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の独立、難民の帰還の権利、エルサレムのイスラムとキリスト教聖地に対するヨルダンの宗教的保護権は絶対に譲れないということを強調し,パレスチナ問題が忘れられることがないよう努めています。

7.結語

 以上のように,当面,中東におけるヨルダンの重要性は高まりこそすれ、下がることはないと思われ、我が国としては、引き続き経済面でも安保面でも全力で支援していくべきものと思っています。河野防衛大臣の1週間後,12月22日にヨルダンを訪れた鈴木馨祐外務副大臣は,外相,計画・国際協力省と相次いで会談し,日本のそうした方針を改めて確認されました。(本稿は本年初め、新型コロナウィルスによる危機の発生前に書いたものですが、ヨルダンは3月半ば以降、最も厳しいロックダウンをとったおかげで、感染者数は6月10日現在で863名と、蔓延防止に成功しているものの、経済的には大きなダメージを受けており、今後はこれまで以上に厳しい経済運営を強いられることが予想されます。) 

アズラック・シリア難民キャンプにおける
UNICEFの事業訪問

アンナーブ観光・遺跡大臣表敬
(現駐日ヨルダン大使)

戦車博物館における陸自61式戦車

鈴木外務副大臣のワハダート
UNRWA パレスチナ難民キャンプ訪問時の
学校生徒会と共に