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第72回 名言・格言の誤解

元駐タイ大使 恩田 宗

 家康の遺訓として知られてきた「人の一生は重き荷を背負うて遠き道を行くがごとし」はそれだけ読むと人生は苦労の連続だと言っているよう思える。この名言は実は後の光圀あたりの偽作らしいがより長い文章の出だしで「急ぐべからず」と続いている。人間は忍耐が肝要で何事も急いでは駄目だと説いているのである。終わりまで読むと「不自由を常と思」い「負くることを知」り「人を責むるな」「及ばざるは過ぎたるにまさ」るとある。昔の人の言葉は丁寧に読まないと含みが見えてこない。

 「邯鄲(かんたん)の夢」も同じである。辞書には廬生という青年が道士呂翁の枕で昼寝すると黄粱の炊きあがらない間に栄耀栄華を極めた人生の夢を見たという故事から「栄枯盛衰のはかなさのたとえ」だと書いてある。然し貧窮の人生も黄粱一炊の間のことである。同じに短くはかなくても貧乏するより栄耀栄華を楽しむ方がましということにならないだろうか。辞書が書かない話の詳細を読むと解る。出典の「枕中記」によると盧生は並びない権勢と富を得て幸福に人生を終わる夢を見る。ただその夢の中では不当に要職から追われたり死刑に処されそうになったり僻地に左遷されたりの酷い目にも遭う。見終った彼は呂翁にこの夢は「先生の吾が慾を窒(ふさ)ぐ所以なり」と礼を言い再拝して去って行く。立身出世を望みわが身をかこっていた青年が道士の枕のお陰で平凡で貧しくとも今のままでいいと悟ったという話なのである。

 「一衣帯水」も辞書を引くと衣帯(おび)のように細長い川や海峡を隔てて隣接しているたとえだとある。この言葉は日中友好を唱える際に「日本と中国は一衣帯水の関係にある」という形でよく使われてきた。「一衣帯水」は南北に分裂していた中国を武力統一した隋の文帝が長江を防護壁として最後まで抵抗する南朝の陳を攻略するにあたり長江何するものぞとの気概を込めて言い放った言葉である。日中が中間にある島をめぐって対立し相互に海軍力の増強に努めている状況ではこの四字熟語が生まれた経緯からするとあまり座りが良くない。然し日中の結びつきの近さを端的に表すには海を挟んでの隣接性を言うこの言葉しかないのかもしれない。一時代前は「同文同種」という言葉がよく使われた。秦漢の史書経典や唐宋の詩文が日中の知識人の教養の基礎にあり共に黄色人種だとの意識が強かったからである。価値観を異にするということではとても使えない。 

 新聞記事は見出しを一瞥すれば本文を詳しく読まなくても大筋は間違いなく分かる。ただ注意が必要な時もある。フォークランド紛争の時ガーディアン紙はBritish Left Waffles on Falklandsとの見出しの記事を掲載した。Leftを名詞Wafflesを動詞として読まないと「英軍はフォークランドにワッフル菓子を置いてきた」になってしまう。