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アイスランド「小さな国の大きな力」【スカンジナビアの国々】


駐アイスランド大使 北川 靖彦

【国の概況】

 北大西洋に浮かぶアイスランドは、人口僅か36万人という小国ながら、近年、北極圏、再生可能エネルギー、男女平等と言った諸問題で国際社会に於ける発言力を強め、特に2019年は北極評議会と北欧理事会の議長国を務める等、その存在感も高めている。

 巨大な間欠泉や滝、雄大なフィヨルドや氷河、夏の白夜、冬のオーロラといった自然美に恵まれた国であると同時に、高緯度にありながら近海を流れる暖流の影響で、レイキャビク市内では冬でも氷点下5度以下になることは滅多にない。加えて、豊富な地熱を活用した温水暖房設備が全てのビル、家屋に設置されている為、室内では軽装で全く問題ない。

 経済的には、2000年代前半には金融立国として成長を遂げていたが、2008年に金融・経済危機に見舞われ、国家破綻の瀬戸際まで追い込まれた。その後、伝統的な水産業、豊富且つ低廉な電力を利用したアルミニウム精錬事業、そして人口の7倍近い海外観光客を受け入れる観光産業等に支えられ、年率3~7%の経済成長を続けた結果、1人当たりGDP(名目)も2018年には7万4千ドルに達する等、世界でもトップクラスの豊かさを誇るまでに至っている。

【多くの共通点、経済・文化関係】

 そんなアイスランドと日本とは、地理的には遠く離れているものの、島国であること、同質性の高い社会であること、火山を有し温泉に恵まれていること、漁業・捕鯨国であること、といった共通点を持ち、さらに法の支配や人権、自由貿易と民主主義といった普遍的な価値を共有する国でもある。

 経済・貿易面では、日本で流通する樺太シシャモの殆どがアイスランド産である他、ラム肉・馬肉、医薬品、化粧品等の輸出も堅調である。日本からの輸入は自動車やカメラ等の電気製品が中心だが、地熱分野では40年以上の協力関係にあり、地熱発電設備はほぼ100%が日本製である。

 日本文化に対する人気も高く、国立アイスランド大学には日本語・日本文化学科が設置され80名近くの学生が学んでいる。また、毎年1月末に開催する「ジャパン・フェスティバル」には、人口の1%に相当する数のアイスランド人が参加してくれる。勿論、アニメやJポップといった若者文化の人気の高さが背景にあるのだが、生花や茶道、習字、折り紙といった伝統文化に対する理解も想像以上に高い。

【深まる二国間関係】

 2018年は、両国間の租税条約が発効し、ワーキング・ホリデー制度も開始された他、アイスランドからはトールダルソン外相を含む複数の閣僚が訪日し、日本からも河野外相、吉野復興相等にご来訪頂く等、ハイレベルの交流も活発化している。

北極サークルでの河野外相とヤコブスドッティル首相
グリムソン前大統領
www.arcticcircle.org

 この傾向は2019年に入っても続き、アイスランドからアルフレズドッティル教育科学文化大臣、ヨハネソン大統領等の訪日が相次ぎ、2020年には両国共催で北極科学大臣会合が東京で開催される予定。

 この様に二国間関係が急速に深まる状況下、日本がアイスランドから学ぶべき分野について、二つほど挙げておきたい。

【再生可能エネルギー大国】

 一つ目は、再生可能エネルギーの活用である。アイスランドは一次エネルギー需要の85%を地熱と水力で賄い、残り10数%のガソリンを中心とする化石燃料の使用も、電気自動車等の導入により、近い将来ゼロにするという国家目標を立てている。実際、電気自動車の販売台数は急速に伸びている。

 着任以来、既に複数回、各地の地熱発電所を視察する機会を得たが、その度に痛感するのは、自然の恵みが実に上手く活用されていることだ。地下から汲みあげた熱水と蒸気を、一方では家庭やビル・公共施設の暖房に使用し、また一方では発電に活用する。さらに一部の発電所では、排水をスパ・リゾートとして活用し人気を博している。この代表格が、日本でも有名なブルーラグーンだ。

 実は、当国の再生エネルギー大国化には日本も少なからず貢献をしている。地熱発電所で使用されるタービン等の発電設備の殆どが日本製であり、その一部の調達には日本の国際協力銀行(JBIC)の資金が使われているのだ。

 さらに、当国の地熱発電会社は国内だけに止まらず、アフリカやアジアでの事業への参画も加速させている。日本企業とのアジアや日本国内での協業の可能性も高く、その実現が期待されるところだ。

 また、最近の新たな動きとして、日本企業を含む多くのグローバル企業が当国のクリーンな電気(電力)に熱い視線を注ぎ始めている。当国の電気はほぼ100%再生可能エネルギー(水力と地熱)から作られる為、大量に電気を消費する産業や企業にとって、環境負荷がゼロである電気はとても魅力的なのだ。

【ジェンダー先進国】

 今一つの分野は、男女平等や女性の社会進出と言った分野である。当国は、毎年「世界経済フォーラム」が発表するGlobal Gender Gap Indexでジェンダー格差が少ない国として、11年連続1位に輝いているジェンダー平等先進国なのだ。

 確かに、古くから、女性の相続権が男性と同一になった世界最初の国(1850年)、世界で最初に(民選)女性大統領が誕生した国(1980年)と言った実績を有し、今でも国会議員の約4割が女性、大学卒業生の66%が女性、女性の就業率80%以上、と言った輝かしい数字が並ぶ。

 しかしながら、長くジェンダー問題に係わって来た女性運動家に言わせると「男女平等が肌で感じられる様になったのは、2000年に育児休暇法が改定され、夫にも最低3ヶ月間の育児休暇取得が義務付けられてからだ」とのこと。

 この法律では、子供の出生後の育児休暇(有給)は夫婦合計で9ヶ月付与され、3ヶ月毎に夫婦が交替で休暇を取得、最後の3ヶ月は話し合いの上いずれかが取得する立て付けで、母親が全てを取得することは出来ないことになっている。現在、さらにこの育児休暇期間を12ヶ月に延長する法案も検討されており、承認されると父親・母親共に5ヶ月間、残りの2ヶ月を夫婦いずれかで取得することになる。

 実際にこの育児休暇を取得した男性の話を聞いてみると「当国でも“育児は女性がするもの”との考え方が長く根強かったが、実際に体験してみて初めて育児の喜びを知ることが出来た」と言った声が多い。

 この様に、男女格差の解消に関して世界をリードして来たアイスランドだが、その改善努力は止まるところを知らない。

 実際、2018年1月には「男女平等法」が改正され、世界で初めて男女間の賃金格差を違法とする、所謂「同一賃金認証法」が施行された。これは、従業員25名以上の企業・組織に対し、男女間の賃金平等を実践していることを示す証明書を取得する義務を負わせるもので、違反企業には1日当たり最大500ドル前後の罰金が科されることになった。

 そして、2020年4月には東京で第六回国際女性会議WAW!が開催される予定だが、そのキーノート・スピーカーの一人として当国のヨハネソン大統領が招待されている。

大統領夫妻公邸昼食会

 同大統領に白羽の矢が立った理由は、UN Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関)が推進する運動・プログラムの一つ、“IMPACT 10x10x10”で、世界規模の変革を起こしうる「政府指導者の
10人」の中に、安倍首相と並びヨハネソン大統領も選出されている為であり、同大統領のスピーチに対する期待は大きい。

【小国の戦略:小さな国の大きな力】

 最後に、アイスランド人の気質や、国としての戦略等について少し触れておきたい。 

 近年、世界中のメディアがこぞってアイスランドを取り上げたのは、2018年のサッカー・ワールドカップ・ロシア大会に歴代最小国として初出場を果たした時だろう。ほぼ無名に近い存在であったアイスランド・チームが、2016年の欧州選手権でベスト8に入り、続くW杯の欧州予選を(本戦で準優勝したクロアチアをも下し)グループ首位で突破、本大会出場を決めた際には「奇跡の躍進」とまで言われたが、実は決してフロックではなかった。

アイスランド・サッカー・チーム
www.worldsoccer.com

 その背景には15年ほどかけた地道な戦略の策定と実行があった。一方では、国内各地に冬季でも練習が可能となる室内競技場・練習場を整備し、また一方では、欧州サッカー連盟公認のA級・B級コーチをゼロから900名規模まで育成し、その結果、子供を含む誰もが、サッカーを始めるその日から容易に質の高いコーチングを受けられる環境を作ったとされる。

 もちろん、躍進の要因にはこの他、外見からも明らかな”フィジカルの強さ”も挙げられようが、個人的により注目したいのは彼らの内面の強さ、換言すれば、強者に対峙しても怯んだり容易に呑まれることがない精神構造だ。

 常日頃アイスランド人に接して感じるのは、小国であることを謙虚に認めつつも、それをポジティブに捉え「小国であるからこそ自分の行動で社会や国を変えられる」と言った気概を持つ人が相対的に多いことである。起業家率の高さもこれを裏付けている。

 そして、この「変革者意識」とでも言うべき気質は、国家レベルでも同様である。近年、北極圏の経済・地政学上の重要性が益々高まりつつあるが、今から6年前の2013年、グリムソン大統領(当時)が、ダボス会議の北極版とも言うべき「北極サークル」と言う大規模な国際会議を創設、北極政策に主体的に係わって行かんとする意思を明らかにし、以来、毎年世界60ヶ国から2千人以上の参加者を集めている。

大使室からの眺め

 同様に、既述の再生可能エネルギーの活用やジェンダー平等の推進と言った分野でも国際会議を主宰しているし、LGBTを含む人権問題や海洋プラスティックごみ、食品ロスと言った地球規模の問題に対しても、いち早く先駆的な取組みを行うことによって、国際社会に於ける建設的な役割や発言力を確保しようとしている。小国であるが故に利害関係者も少なく、大胆且つ先進的な取組みを行うことが容易なのだろう。

 実際、現在のヨハネソン大統領が海外で講演される際のお気に入りのテーマの一つが、正に「小さな国の大きな力」、「国際関係に於ける小国の役割」、「身の丈以上のパンチ力(Punch above its weight)」、と言った意欲的且つ果敢なもので、これこそがアイスランド精神の真骨頂ではないかと思う。

〈了〉