第71回 名画の贋作

元駐タイ大使 恩田 宗

 名画の贋作は話題としてよく取り上げられる。2015年の末、英国の贋作犯が真作か否かで専門家の意見の割れているダ・ヴィンチの婦人像 La Bella Principessa は自分が描いたものだと告白し大きなニュースになった。「ゴッホにいつまでだまされ続けるのか」の著者小林英樹も日本にある「ひまわり」やオルセー美術館の「ジヌー夫人」や米ナショナル・ギャラリーの「左ききの自画像」は皆贋作だと主張している。3点とも皆シカゴ美術館が科学的調査をして本物だとした作品である。真贋論争は絶えることがない。

 実際に偽物が多いらしい。「偽りの来歴(プロブナンス)」(A・スジョ他)によると贋作は麻薬や武器の取引に次いで利益が大きく市場に出る作品の20~40%は贋作か手の加わったものだという。同書が20世紀最大だとする絵画詐欺事件では犯人達は9年間に240の贋物を作りその大部分の売却に成功している。美術館や研究所に潜入して絵画(アーカ)記録(イブ)を改ざんし贋物に立派な来歴証明を付けたのである。   

 ダリは自分の絵を贋作した。驕奢な生活を維持するためである。創造力の衰え始めた40過ぎたあたりからまだ強かった需要に応え本人が少し手を加えた程度の作品を売るようになり70を超えるとほぼ全て他人に描かせていたらしい(「贋作王ダリ」S・ラウリセンス)。他方ピカソも義理ある人が所有する良く出来た贋作にサインしてやったことがあるという。     

 変り種は記録映画「美術館を手玉にとった男」の主人公M・ランディスである。有名画家の小品を模写し30年にわたり年に1~2の美術館に各1~2枚づつ寄贈し続けた。米国46もの美術館が本物として受け入れ展示もしたのは彼の模写技能が傑出していたからである。2011年嘘が露顕した。これ程の腕があれば今後は自分の絵を描くべきだとの誘いに彼はのらなかった。模写と創作は違う。内に燃えるものを誰の真似でもない自分独自の色と筆使いで形にすることがどれ程難しいか知っていたのである。

 名画の本物を鑑賞する機会は希にしか得られないが複製品は世に溢れている。中国広東省には泰西名画の模写専門の村があり数千人の画家が集まり注文に応じ絵筆をふるっているという。ゴッホ専門の工房もあるらしい。村の製品の九割は米欧日の市場に輸出されている。技術が発達すれば近い将来本物そっくりのクローン絵画の作成が可能になる。そうなれば手に触って鑑賞することも可能になる。

 感じる心があれば画集からでもかなりの喜びと感動が得られる。棟方志功は雑誌「白樺」に掲載された大正時代の刷りの粗末なゴッホの「ひまわり」を見て「いいなァ」を連発して畳をばんばんと力一杯叩き続けるほど感動している。冬は家にいて日本酒を温め画集を見て過ごすのも悪くない。