他方でヒュッゲはもともと身内や幼馴染など親しい仲間内の居心地の良さに由来するといわれる。だとすると親密な人以外とはヒュッゲな交流は難しそうだ。昨年、デンマーク外務省が自国政府と外交団の関係について調査したところ、外交団の多くがデンマークの社会に親しく受け入れられていないと感じているという結果が出た。この国の人々は小学校低学年から外国語教育が徹底していて外国人との意思疎通術には長けているのではあるが。ヒュッゲにはやや美しく誤解されている面もあるのかもしれない。
3.福祉国家の結束と課題
(国家財源の投入)北欧は福祉制度が行き届いているが高負担である。デンマークは、医療、介護(身障者、老齢者)は無料で(教育も小学校から大学まで無償)あるが、国民負担は67%(所得税は例えば年収800万円相当以上の個人は税率53%、消費税は25%)である。北欧福祉国家の特徴は、政府の役割の大きさにあるが、特にデンマークは国民負担のほぼ全部が税金でありこれは北欧諸国の中でも特徴的である。
デンマークの近代的社会保障制度の始まりは19世紀末の老齢年金の創設で、まだ社会民主党の台頭前のことであった。これは独でビスマルクが保険形式で養老保健、疾病保険などを整備したことに触発されたものだったが、デンマークでは議会等での議論の結果、保険料ではなく国費を投入し市民全体を対象とする形となった。こうした判断になったのは、社会が民族的に同質で階層的にフラット(貴族や商人層の政治力が限られていた)だったことから合議を貴ぶ慣習が育ち、それが共同体の結束の重視や政府への信頼を培ったことが指摘される。
20世紀に入ると社会民主党が社会権などの議論を主導することになる。30年代半ばの社会保障関連立法が福祉国家形成への転換点といわれており、その際には失業者を国費でもって救済することも決定されたが、これは、共産主義化と国家社会主義化の圧力の板挟みになる中での選択でもあった。
その後、今日の社会福祉制度に至る過程では社会民主党は自由主義勢力などとの間で妥協や試行錯誤が繰り返された。現在も新自由主義派などは政治勢力の一角を占めており、例えば最近までEUの競争政策委員を勤めたヴェステアー女史はそのひとりである。
国家による所得分配に対しては、人々の政府への依存体質を助長すると批判されてきたが、一方で、所得分配はむしろ社会の結束を保障して経済発展の基礎を固める、という反論がなされてきた。貧富の格差の拡大が社会を混迷させる昨今、この反論の方に分があるようにも見える。しかし競争が生む爆発的な経済革新にはあまり向いていないのかもしれない。なお、デンマークでは今や高福祉高負担は自明で減税を主張する政治家ば落選するともいわれる。
(労働環境-フレスキュリティ)北欧の社会福祉体制は労働者の権利保障と裏腹にある。デンマークでは19世紀以来の慣習で労働規則や最低賃金は法定ではなく労使間の協約にゆだねられ、政府は公正な裁定者としてふるまう。労働組合の組織率は約7割、最低賃金は時給110クローネ(約1800円)である。
その労働市場はフレスキュリティと呼ばれ、高い流動性と労働者保護の両立を意図している。失業者は2年間にわたって失業手当(現給与の7割程度)と再教育(無償)を受けられる。他方で、雇用主は合理的事由があれば解雇は容易である。このしくみは産業の新陳代謝にも有効とみられる(例えば近年の造船業の構造的転換)。だが、労働者の頻繁な転職や、労働者の権利を優先することから生じる各種工事の遅れや修理や給仕など各種サービスの滞りなどの非効率の発生をどうとらえるかとの課題もある。
(高齢化とグローバル化の挑戦)この福祉国家は高齢化とグローバル化から大きな挑戦に晒されている。
高齢化(平均寿命男性79歳、女性82歳)問題は長年政治的検討の俎上にあり、過去10年間で年金支給年齢の後ろ倒しや福祉関連の支出の見直しなどの改革が段階的に講じられてきた。ちなみに、年金支給年齢は平均寿命マイナス14年を基礎にスライドさせることが10年前に与野党で合意された。
移民対策も長年の課題である。現在人口の15%が外国人でその半数が西欧外からの移民である。移民に対しては従来から、デンマーク社会への統合の可否、そして、経済的な寄与の有無という観点からは厳しい基準を付して受け入れを精査してきている。移民が集中的に居住し脆弱とされる国内の約30か所の指定地域については、デンマーク語の習練度、家族の収入、女性の労働寄与度、失業率について詳細なデータが毎年公表される。また、最近の難民問題に際しては、難民の保持する一定額以上の資産の没収やUNHCRの難民クオータの受け入れ停止など制限措置が取られた。北欧的リベラリズムを堅持するデンマークだが移民政策関しては保守的な色彩が強い。
社会福祉制度のもうひとつの課題は、産業のイノベーションとの整合性である。技術革新をいかに促すか、また、労働組合主導の労働規律がシェアリング経済、個人事業形態、副業、等々、新しい事業形態に対応できるのか、ルールの形成と税の捕獲についての議論が始まっている。