1917年に独立したが翌年に内戦が勃発、外国勢力が介入し社会が分断した。社会が分断すれば外国が介入する、外国に操作されれば社会が崩壊する、それが独立フィンランドの原体験だった。第二次大戦中は独ソ戦争の最前線になり、ナチスドイツにそそのかされソ連との無用な戦争を二度行った。軍事的には勝ったがナチスに梯子を外され政治的には負け、ソ連に国土の10分の1を割譲、40万人の国民が土地を追われた。戦後まもなくソ連と相互援助条約を結んだが、冷戦時代を通じ中立政策を保つ。1975年、東西両陣営35か国の首脳を招集してCSCEを開催し、ヨーロッパ信頼醸成措置の基本となったヘルシンキ宣言の採択に成功。フィンランド外交の底力がじわじわ表面化した時期である
1,300キロの陸上国境で接するロシアとの間合いのとり方が、今なお外交安保の根幹を成す。ソ連崩壊に伴いソ連との相互援助条約を破棄したのが1992年。早速95年にEUに加盟し2002年にはユーロを導入。今なお北欧唯一のユーロ圏である。ソ連のくびきから脱したバルト三国、東欧諸国は、ロシアから自国を防衛するため続々NATOに入ったが、フィンランドは「ロシアから自国を防衛するため」、NATOには入らない。陸上国境1,300キロをNATOが軍事的に守れるわけはない、NATOに入ればロシアを挑発するだけという割り切りである。危ない話の最前線には立たない。実際、NATOの最前線に立つとひどい仕打ちを受けることは、いくつかの国が身をもって実証中。得する話は最前線に立つ。だからEU・ユーロ。EU内サプライチェーンを上手に使い、ロシアとも緊密なビジネス関係を保つ。
ロシアとの間合いのとり方、第一の柱は対話。2014年のクリミア・ウクライナ事変以来、EUは対ロシア制裁を続ける。フィンランドは制裁は守りつつ、年二回の首脳会談始めハイレベルの接触をロシアと維持し、徐々にそれを拡大しほぼ全面的に政治対話を復活させた。EU内での厳しい批判もあったが、今やフランスなども追随。昨年7月に米露首脳会談をホストしたのも、フィンランドへのロシア側の信頼感と米側の敬意の表れだった。
第二の柱は抑止。まず徴兵制。有事は28万人の動員体制。フィンランドは人口550万人、日本との人口比は1:23だから、有事兵力28万人は日本で言えば644万人に匹敵する。18歳の最初の訓練は9か月ほどで割と柔らかい。その後随時、予備役兵訓練がありいわば地域の大運動会。地域住民の一体性と連帯感保持の仕掛けともなっている。
NATOには入らないが、米軍との相互運用性を強化している。相互運用性は共同作戦ができるかどうかということで軍事同盟の本質だが、同盟は結ばないが本質は押さえるのがフィンランド流。空軍は多数のF/A-18を運用。またNATOには入らないが共同演習には積極的に参加しており、昨年はとうとうレッドフラッグ・アラスカに参加した。一朝有事の際、欧州で米軍と最も上手に連携できるのはフィンランド空軍かもしれない。