関西から見えるフィンランド【スカンジナビアの国々】


前駐フインランド大使 山本 条太

 自分がいた3年間は、独立100周年をはさみ、フィンランド自身が自らの姿を真剣に見つめなおす時期だった。2018年の大統領再選後、ニーニスト大統領は議会でこう語った。フィンランドは小さいが、良くまとまった安全な国だ、ここには平等で教育の行き届いた、たくましい国民がいる、だからフィンランドは、いかなる困難にも粘り強く、迅速に、力強く立ち向かうことができる。

 多くがここで語られている。ソ連・ロシアと陸上で国境を接する国の中で、ただ一つ100年にわたり実質的な独立を維持できた理由もここで語られている。大国の隣にある小さな国の知恵というだけでなく、何より今も昔も本質の変わらぬロシアとのつき合い方の秘訣でもある。フィンランドは、独立に先立つ約100年間はロシアに、更にそれ以前の約500年間はスウェーデンに支配された。その間もフィンランドはフィンランドとしてのまとまりを維持。固有の言語と宗教観、地形的な一体性、外国支配が続いた結果としての内部の平等意識が、まとまりを維持できた理由だと思う。

トラム

 1917年に独立したが翌年に内戦が勃発、外国勢力が介入し社会が分断した。社会が分断すれば外国が介入する、外国に操作されれば社会が崩壊する、それが独立フィンランドの原体験だった。第二次大戦中は独ソ戦争の最前線になり、ナチスドイツにそそのかされソ連との無用な戦争を二度行った。軍事的には勝ったがナチスに梯子を外され政治的には負け、ソ連に国土の10分の1を割譲、40万人の国民が土地を追われた。戦後まもなくソ連と相互援助条約を結んだが、冷戦時代を通じ中立政策を保つ。1975年、東西両陣営35か国の首脳を招集してCSCEを開催し、ヨーロッパ信頼醸成措置の基本となったヘルシンキ宣言の採択に成功。フィンランド外交の底力がじわじわ表面化した時期である

 1,300キロの陸上国境で接するロシアとの間合いのとり方が、今なお外交安保の根幹を成す。ソ連崩壊に伴いソ連との相互援助条約を破棄したのが1992年。早速95年にEUに加盟し2002年にはユーロを導入。今なお北欧唯一のユーロ圏である。ソ連のくびきから脱したバルト三国、東欧諸国は、ロシアから自国を防衛するため続々NATOに入ったが、フィンランドは「ロシアから自国を防衛するため」、NATOには入らない。陸上国境1,300キロをNATOが軍事的に守れるわけはない、NATOに入ればロシアを挑発するだけという割り切りである。危ない話の最前線には立たない。実際、NATOの最前線に立つとひどい仕打ちを受けることは、いくつかの国が身をもって実証中。得する話は最前線に立つ。だからEU・ユーロ。EU内サプライチェーンを上手に使い、ロシアとも緊密なビジネス関係を保つ。

 ロシアとの間合いのとり方、第一の柱は対話。2014年のクリミア・ウクライナ事変以来、EUは対ロシア制裁を続ける。フィンランドは制裁は守りつつ、年二回の首脳会談始めハイレベルの接触をロシアと維持し、徐々にそれを拡大しほぼ全面的に政治対話を復活させた。EU内での厳しい批判もあったが、今やフランスなども追随。昨年7月に米露首脳会談をホストしたのも、フィンランドへのロシア側の信頼感と米側の敬意の表れだった。

 第二の柱は抑止。まず徴兵制。有事は28万人の動員体制。フィンランドは人口550万人、日本との人口比は1:23だから、有事兵力28万人は日本で言えば644万人に匹敵する。18歳の最初の訓練は9か月ほどで割と柔らかい。その後随時、予備役兵訓練がありいわば地域の大運動会。地域住民の一体性と連帯感保持の仕掛けともなっている。

 NATOには入らないが、米軍との相互運用性を強化している。相互運用性は共同作戦ができるかどうかということで軍事同盟の本質だが、同盟は結ばないが本質は押さえるのがフィンランド流。空軍は多数のF/A-18を運用。またNATOには入らないが共同演習には積極的に参加しており、昨年はとうとうレッドフラッグ・アラスカに参加した。一朝有事の際、欧州で米軍と最も上手に連携できるのはフィンランド空軍かもしれない。

 ロシアによるハイブリッド型脅威に対しても警戒を怠らず、二つの措置をとった。まず、EU・NATO連携の下にハイブリッド型脅威対抗センターを設立した。英国のEU離脱後も英国の能力(特に情報分野)を欧州の枠組みにしっかり組み込むことが対抗センター設立の狙いである。

 さらに今年、インテリジェンス法を成立させた。国家安全保障上の必要があれば通信の傍受・介入を公に認めるもの。ロシアから欧州へのデータ通信ケーブル(フィンランドを経由する。)を含め、通信の傍受・介入の水準を引き上げる公然メッセージ。フィンランドの内閣は内政上の理由で今春総辞職したが、議会はその翌日、このインテリジェンス法を全会一致で採択した。総選挙と欧州議会選挙を控えたフィンランドからロシアへの強烈なメッセージだった。「つけこむな。我らに隙はない。」

 ロシアとの間合いのとり方、第三の柱はロシアへのエネルギー面での依存から脱却すること。具体的にはロシアからの輸入に頼る石油・天然ガスへの依存を減らすこと。そのため再生利用可能エネルギーの比率を2030年までに50%に上げる。単に環境を守りましょうだけではない。次世代型最先端の木材加工工場は、周辺地域の熱源までまかなうエネルギーを生産できる。電源は原子力を着実に拡充。使用済み核燃料の最終処分場オンカロも建設中で、世界初の運用が数年内に見込まれる。反原発30~40%という世論調査の数字が出ることはあるが、ロシアへのエネルギー依存を減らす大目的には政治的コンセンサスがあるので、スウェーデンと違い原発の是非が政策上の争点になることはない。同時に、原子力の安全確保のため、独立機関の放射線・原子力安全センターSTUKが設計から廃炉まで逐一の安全性を徹底的に審査。60年の実績を通じ信頼を勝ち得ている。

 このようなフィンランドと日本の防衛交流は最近急速な進展を見ている。去年は春に小野寺防衛大臣が来訪、大統領を表敬し国防大臣と会談した。夏に海上自衛隊の練習艦かしまと護衛艦まきなみがヘルシンキに入港。フィンランド海軍とのPASSEXも行った。一昨年、中国艦艇がザーパド2017に参加の途次ヘルシンキに寄港したが、中国側からの共同訓練の要請をフィンランドは拒否し、船の公開にも制約を課した経緯がある。日中の迎えられ方には明らかな段差があった。

ジャンプ台

 去年の秋には河野統合幕僚長が来訪、大統領を表敬しフィンランド軍を視察。今年2月、ニーニスト国防大臣が来日し、岩屋防衛大臣との間で防衛交流・防衛協力覚書に署名した。フィンランドとしては10番目、アジアとは初の覚書になる。フィンランドは汎用品・汎用技術に強みがあり、防衛装備協力への自然な流れができつつある。

 戦略的パートナーシップ具体化のもう一つの流れがビジネス。スウェーデン同様、技術に定評があるが、完成品メーカーは少ない。むしろ部品や素材に特化し、欧州内のサプライチェーンに広く流していく。日本企業も着目し、ここ6~7年来、特徴的な進出が相次ぐ。EPAを中小企業が上手に活用する上での格好の先例。一つ二つの大企業の下請けではなく、下流に大きく広がるサプライチェーンの上流を握るというビジネススタイルにチャンスが広がろう。

 基盤や設計、デザインへの特化も、サプライチェーンの上流を握る発想。携帯電話の通信基盤ソフトはNOKIAが握り、ハードも握りつつある。5Gも同様。設計では、砕氷船・砕氷機能付き船舶。アケル・アークティックが世界60%の設計シェアを持つ。

 空ではフィンエアーが東アジアを重視し、A350を投入中。日本にも冬季を除きJALと併せ毎週4都市41便の直航便。ヘルシンキを通じ広くヨーロッパ各国から人の流れを吸引しており、効率的な訪日観光推進の上で貴重な航空路。加えてA350のカーゴスペースが太く安定的なエアカーゴ物流ルートを形成していることに要注目。EPAの使い方を考える上でも、旅客機のエアカーゴをどう活用するかは大切なポイントである。フィンエアーは中国7都市にも週42便を飛ばし続々A350を投入中で、貨客一体戦略は明らか。

 物流ルートの戦略的な設定という観点で、フィンランドは一帯一路の積極的な側面を良く理解、上手に利用している。貿易や投資受け入れに際しても、かつてNOKIAが中国で痛い目にあった経験を忘れず、無用な技術流出の防止など今のところは脇を締めている。

 EPAの効果の一つは、欧州サプライチェーンの中に日本企業、特に中小規模の製造業・食品業・流通業が入り込むチャンスを広げたこと。フィンランドはパートナーとしてもベースキャンプとしても使える国。しかし中小企業にとっては具体的なマッチングや初期投資をどうするかが難問。またフィンエアーの航空網を観光にもビジネスにも物流にも役立てようとするなら、貨客一体の発想が必要。現場はもとより本部間においても、JETRO、JNTO、JBICの連携強化が進むなら、それは必ず効果的で戦略的なEPA活用策を促すはずである。

 今、自分がいる関西で感心するのは、幾世代もの伝統を経た地元のネットワーキング力の強力さ。G20はもとより、関西では今後も重要行事が相次ぐ。現在、ビジネス好調、観光好調と気分は上向きで、吉村知事の口癖はMICEのトップを目指せ。事あるごとに関西の財界有力者と行政、時として文化人も交え「推進協議会」を作り、ワンストップで物事を進められる体制を作れることが強み。

 関西には17か国が総領事館を置くが、49か国が54名の名誉総領事・名誉領事を任命しており、この存在が大きい。いずれも企業トップ始め歴史的な地元有力者。その数は最近急激に増えており、関西に対するビジネス上の注目が各国政府にも浸透しつつある証拠である。関西の産業構造も交通・流通網の中での位置も、フィンランド流の単一市場活用術にぴったりフィットする。EPAや2025年大阪・関西万博など格好のチャンスを活かし、特に欧州とのビジネス・人的交流において、関西が日本の牽引役になるとの見通しには現実味がある。