テキサス西遊記:ドロンパはいずこに【米国だより】


在ヒューストン総領事    福島 秀夫

はじめに

 当方が子供のころにはご多分にもれずテレビでマンガばかり見ていました。当時の子供達に人気の番組のひとつがオバケのQ太郎,略してオバQでありました。今の若い方々にQちゃんといってもシドニー五輪でマラソン金メダルの高橋尚子選手なのかもしれません(あるいはそれすらもうご存じない?)。でもとにかくオバQは当時みんな大好きでありました。そのオバQの親友,あるいはP子ちゃんをめぐっての恋敵がアメリカ生まれのきざな伊達男,もとい伊達オバケのドロンパでした。

 ドロンパはアメリカのオバケなのになぜか日本語を流ちょうに話し,はげ頭のカミナリさんのお宅に居候しています。胸にはでかでかと赤い星とお腹に2本の青い横線。この星条を見れば誰でもああおそらくアメリカご出身なのだな,と納得です。アメリカはおろか海外にすら行ったことがなかった当方は,当時めずらしかったハンバーガーをばくばく食べているドロンパはなんともカッコイイなあと思っておりました。

 そのドロンパさんが実はテキサスご出身だとわかったのは,昨年夏にヒューストン総領事として着任してからのことです。テキサス出身の有名人のうち日本でよく知られている人ってどんな人がいるのか?と興味本位で調べているうちに,ブッシュ大統領親子やプロレスのスタン・ハンセンなどと並んで堂々とドロンパさんが浮上しました。マンガ作者がそのつもりで書いていたというのですから,議論の余地はほぼ(?)ありません。

 たしかにドロンパの姿形やその立ち振る舞い,性格などは独特で,「テキサス出身のアメリカ人はかくやあらん」と思わせるところがあります。たとえば胸のでかくて赤い星。星条旗ならば星がたくさんあるはずなのになんで一つ星?とやや疑問に思えます。しかしこれもテキサスに来てみて初めて,日本人があまり知らないLone Starという誇り高きテキサス州旗であろうことを理解しました。テキサスは19世紀半ばに米国に編入される前に独立国だったという歴史があるのです。そのため,今でも全米50州のなかで唯一,州旗と国旗を同じ高さに掲げることが許されているらしいです。ただ州の旗でも星条旗同様,星は青地に白抜き。なぜにマンガ作者が星をあえて赤くしたのかはちょっと謎です。なんだかソ連共産党みたいに見えなくもありません。一説には石油会社のテキサコの社章からヒントを得たという説も。

 当方が在住しているヒューストンは,広域で見ると人口600万人近い近代的な大都市で,しかも自称ながら全米でもっとも多様性に富む街です。人種構成からしても白人が3.5割,ヒスパニックが3割,黒人が2割,アジア人が1.5割などなど。したがっていわゆる古き良きテキサス,伝統的なテキサスという面影は普段の生活ではあまり感じられず,むしろそういうものはテキサス西部の街により多く残されているように思います。そういった想いで,そしてドロンパ的なもの(?)を探しにWild Westに旅した思い出を以下に3題,つらつら書き連ねさせていただきます。

1.「一つ星」をかかげたテキサス革命激戦地:サンアントニオ

 ヒューストンと西部国境の町エルパソを結ぶ州際高速道路I-10をひたすら西進して3時間半,ヒスパニック文化の趣が色濃い,サンアントニオ市に到着します。それもそのはずでこの町の人口のうち約6割がヒスパニック系で白人が約3割。街の中では普通にスペイン語が飛び交っております。当方が2018年に最初にこの街に着任表敬で訪れて市長さんに面談した際,市長さんからはちょうどその年は市の創設300周年記念の盛大なお祭りを挙行中であり,良い時分においでなさった,と言われました。米国の都市が創設300周年なんてなんのこったか,とその時は思いました。しかし後からそれはスペイン人入植のことだと知りました。

 テキサス革命の激戦地で知られるアラモの砦は,もともとはそのスペイン植民地時代の伝道所として作られました。テキサス革命のひとつのハイライトとなった1936年アラモの戦いは,ジョン・ウェインの映画などでごらんになった方もおられるかと。「勝利か,または死を」と少数部隊で砦にこもり,メキシコ軍と激闘のうえ玉砕したトラビス中佐やデイビー・クロケットの勇敢な犠牲的精神はテキサス人の誇りとなっています。またその頃から掲げていた「一つ星」の州旗がそのまま,現在の州旗となっています。

 晩秋の感謝祭週間に訪れたアラモ砦は美しい紅葉に彩られ,テキサスそして全米からの観光客で賑わっていました。博物館には戦闘がおこなわれた当時の遺品や軍備品などが良い保存状態で展示されています。多くの観光客にまじえてひときわ目をひいたのは,制服姿の多くの若い軍人さんたち。ほとんどは家族と一緒にまじめに展示や建物を見学しています。そのうちの一人に話を聞くと,どうやら軍に入隊後の最初のまとまったお休みに家族をサンアントニオによんでこのアラモ砦を見るのが一つの伝統になっている由。テキサス西部には多くの米軍基地が配備されています。そこの新兵諸君にテキサス革命の精神をぜひ学んでほしい,ということかもしれません。

2.オバケが出そうな不思議な光:マーファ

 アラモの砦と違って,マーファという小さな街をご存じの日本人は多くないかもしれません。例の州際高速道路I-10をサンアントニオからさらに西進し,途中でメキシコとの南部国境リオグランデ川に沿った山岳地帯,ビッグベンド国立公園方面にむかいます。平原が多いテキサス州の中では標高が比較的高く,あたりは荒野と砂漠がひろがります。旅行当時は年末でしたが,アルパインという街で峠越えをしていると,このあたりでは珍しいみぞれ雪が降り出しました。

 ほうほうの体で一山越えてマーファの街にたどりつきました。一見なんてことのない田舎町の中心地区には1930年代に建てられた豪奢なエル・ペイサノ・ホテルが。当時の趣そのままに保存されたこのホテルは,かのジェームス・ディーンの遺作となった映画「ジャイアンツ」の舞台となったとのこと。この映画を見ると油田ブームに翻弄された当時のテキサス西部の社会や人間模様がうかがい知れます。ジェームス・ディーンやエリザベス・テーラーが今そこにすわっていそうなホテルの周りには,NYあたりから移住してきたアートギャラリーがあちこちで独特なとんがったお店を展開しています。この街は近年,現代アートで町おこしをしており,週末ともなるとイベントやその手の方々でごった返します。

 さてこのユニークな街にやってきた目的のひとつは,「オバケの光」を見ることにありました。これはMarfa Ghost Lightといって,街を東西に横切る90号線沿いの高台にその展望所がありました。ぐるりと見回しても延々と荒涼たる西部の原野が拡がっています。夕暮れ時には多くの観光客がそこに集まり,夜のとばりが降りるにつれ神秘的なこの「オバケの光」が見られないかと目をこらしています。この地域のインディアンの記録にも残されているというこの光現象は科学的に十分解明されていないようです。冷え切った透徹な空気のなか,大平原のかなたにそれらしいうっすらした光の帯を見てインスピレーションをもらったような気がしました。

3.カウボーイ文化が息づく街:バンデラ

 ドロンパさんはかならずしもカウボーイという設定にはなっていませんが,ハンバーガーをばくばく食べているところなど,その趣が十分にあります。例のカウボーイハットをかぶっているところを見た気も(おそらく)します。そこで最後に,銀幕の名優ジョン・ウェインも愛したカウボーイの街,バンデラを訪れました。サンアントニオから北西に約50マイルほど,ヒューストンあたりにはない美しい丘陵地帯をだらだらと上り下りしているうちに到着しました。

 この街は「世界のカウボーイ首都」Cowboy Capital of the Worldと自称するだけあって,小さいながらも町中が西部劇の雰囲気でぷんぷんしています。19世紀半ばにポーランド人が入植し,かつては牛追いcattle driveたちが各地から集結する牧場地帯だったようです。ただ近年では,カウボーイ文化を観光資源として,街の中心にはさながら西部劇映画セットのような町並みがのこされ,往事の雰囲気を味わうことができます。じっさい多くの西部劇映画がここを舞台として収録されたとこのこと。街頭では馬のつなぎ柱につながれた馬が水を飲んでいたり,また昔風の馬車が悠然と自動車にはさまれて表通りを闊歩しています。操業100年の老舗レストランにはかつてジョン・ウェインがよく食事をしていた部屋が調度品などそのままで使われていました。

 バンデラのカウボーイ首都たるもうひとつの魅力は,郊外に広がる多くの観光牧場です。かつては家族経営で代々,農業牧畜を営んできた牧場が今では観光客を広く受け入れて,半日から数日滞在にいたるまで牧場の生活を経験させてくれます。われら家族で2泊したそうした観光牧場では,ポニー乗馬,小川での釣り,投げ縄体験,夜のキャンプファイヤーなどでカウボーイ風の生活を満喫できました。夜のたき火で焼いてもらったマシュマロをほおばりながらカウボーイの歌を聴いていると,そこにいるだけで西部劇にタイムスリップの気分になりました。

終わりに

 テキサスはとにかくめっぽう広いので,いわゆるテキサス的な風景や風物を体験したいと言われても困ることもあります。ただおそらくテキサスの原風景,そして伝統的な価値観をある種,体現しているのはこうした西部の個性的な街ではないかと。そして子供の頃に好きだった一つ星のテキサス出身オバケはそのあたりにけっこうつながっている気がして,何やら嬉しい気持ちになっています。