アラブ首長国連邦(UAE)知られざる未来志向の国


前駐アラブ首長国連邦大使 藤木 完治

[ 始めに ]

 近年、日・UAE関係は、着実に拡大し、多様化した。従来の経済関係、特に石油・天然ガス産業、に偏った日・UAE関係は確かに変化しつつあり、ここ数年は、経済関係の多様化が進展するとともに、防衛・安全保障、教育・科学技術、農業・食料安全保障、文化・スポーツ、ツーリズム等の経済以外の幅広い分野で関係が深化しつつある。実際、非石油部門の貿易総額は着実に増加し、両国間の人の往来も大きく拡大、日本のアニメや漫画、ポップカルチャー等への若者の傾倒振りは、高止まりしている。

 しかし、UAE国内で日本の存在感が高まっているかと言えば、決してそうではない。寧ろ、他の諸国が日本以上に急速にUAEとの2国間関係を強化しつつある中、相対的な存在感は低下しつつある。現在でも、日本からUAEを見るとき、多くの人が先ず考えることは、やはりエネルギー安全保障であり、その他の分野は付随的に捕らえてきたことは間違えないところである。しかし、この国との関係を強化している他の国々は、必ずしもそう見ていない。寧ろ、この国の地政学的特性、政治的安定性、拡大しつつある安全保障・軍事的関与、穏健な宗教姿勢、経済多様化戦略、世界的投資プレーヤーとしての連携可能性、アフリカ・中央アジアへの進出拠点、再生可能エネルギーの野心的導入戦略等石油・天然ガスだけでない特色を踏まえ、より広範な政治、安全保障、経済、文化面等での関係を拡大しようとしている。

 今後、日本は、UAEとどのような関係を結んでいくべきであろうか。

[ 経済 ]

 経済面について見ると、日本以外の国の対UAE関係構築の姿勢は、今や根本的に日本のそれと異なって来ている。一言で言えば、ともにリスクと利益の両方を分かち合いながら、継続的かつ長期的な関係を構築する戦略である。UAEの人々からは、日本は信頼できる高度先進国ではあるが、一緒にリスクを取ってくれる国ではない、と見られていることが感じられる。

建国以来、UAE、特にアブダビ首長国が、石油・天然ガスに依存した経済発展をしてきたことは疑いも無いが、一方で、近年、シェールオイルの登場や石油価格の極端な変動等の事態に直面し、石油・天然ガス依存の経済の脆弱性に対する認識は今や常識となった。

 かつて、ドバイ首長国では、建国直後の僅かな期間のみ産出された石油・天然ガスの収入を全て投資して、建国早々から、石油・ガスに頼らない首長国運営、グローバル市場に対応できる経済環境の整備、世界に先駆けた経済特区制度の導入、海運・航空運輸のハブとなる巨大港・空港の整備等を進め、今では、地理的メリットを活かしてアジア・ヨーロッパ・アフリカ間を流れる人、者、資金、情報の中心的ハブとしての地位を獲得するとともに、石油・天然ガスに依存しない経済体質を獲得している。

 このため、ドバイの後を追ってアブダビ及び連邦政府は、長年言い続けてきたものの実際には殆ど取り組んでこなかった経済の多様化、特に脱石油・天然ガス産業依存、を進める政策に、近年漸く本腰を入れて取り組むようになり、その結果、連邦GDPの石油産業比率が今や3割程度にまで低下した一方で、海運、航空運輸、金融、建設、不動産、航空機製造、アルミ、小売り等の産業が興隆し、経済構造がより強靱なものへと変化しつつある。

 日本のエネルギー安全保障上、石油権益確保は必須で有り、2015年の陸上油田権益の新規獲得、昨年の海上油田権益確保は、大きな意義があったとはいうものの、近年のUAEの高付加価値産業指向、例えば、航空機製造、再生可能エネルギー、金融、医療、観光等の産業育成指向を踏まえて、技術面、高度人材面等日本が先進性を持つ領域で、同国との連携を探ることが望まれる。

[ UAEの国家理念・政治体制 ]

 UAEにおいては、君主制維持が最大の国家理念であり、それを大前提としつつ各種政策が展開されているが、若干意外なことに、啓蒙的な民主主義国家が掲げる寛容と共存の精神、開かれた市場経済、地球環境の保護、女性参画の推進、未来志向といった価値観も国として国民に対して強く慫慂している。

 また、宗教的には、イスラムの教えを価値観のベースとした社会風土があり、宗教指導者は社会的尊敬を集める存在ではあるものの、政治の実践においては、宗教指導者が政治に関わることがない世俗国家である。実際、イスラム教スンニ派が主流の国民構成であるが、国民の一定割合を構成するシーア派も、また、少数派のキリスト教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒等も政治的対立は無く、違和感なく共存している。

 UAEは、政治的に、大変安定した国である。この理由の一つとしては、現在の実質的指導者であるムハンマド・アブダヒ皇太子のカリスマ性と人気が絶大で有ることが挙げられる。近年の安定した政治、経済、対外的な威信の拡大等のポジティブな功績が同皇太子に帰せられているからであるが、その他にも、同皇太子が、部族社会で形成されてきた統治スタイルを今も効果的な形で活かしていることも挙げられる。

 もちろん国の安定を保証するために、特に2010年の「アラブの春」以後は、格段に厳しい徹底した治安対策が実施され、当時反政府活動を進めたムスリム同胞団を筆頭として、イスラム国(IS)、アルカイーダ等を暴力的テロ集団として特定し、厳密な取締りを実施しているのは事実である。それを一種の警察国家と形容することもできるかも知れないが、一般人にとっては治安が極めて良好に保たれているのもまた事実である。

 いずれにせよ、君主制と民主制の違いはあっても、価値観的にも宗教的にも中庸な国であり、また、国情や治安が極めて安定しているため、日本にとっては、安心して長期的に安定的な関係を作り易い国である。

[ 外交・安全保障 ]

 外交・安全保障面では、ムハンマド・アブダビ皇太子の実質的指導の下、近年、隣国サウジアラビアとの連携を基本としつつも、独自に国際状況に積極的に関与する姿勢が明確となっている。国家として初めての本格的対外軍事介入となるイエメンへの派兵に踏み切ったほか、湾岸協力理事会(GCC)の枠組みに傷を付けることも覚悟したカタールとの断交、経済対策に加えてムスリム同胞団対策としてのエジプトへの巨額支援、史上初めての徴兵制の導入、NATOとの積極的連携の模索等がその例であり、その共通した背景には、イランの影響力の膨張と国際テロ組織の勢力伸長に対する強い警戒感がある。

 中東地域情勢の安定、そのためのグローバルな視野に立った外交こそが、UAEの国家発展に繋がるとするその強い外交姿勢は、国際舞台におけるUAEの存在感を急速に高めており、この国とより深い協調的関係を作ることは、日本の中東外交にとって重要性は高い。

 但し、その際に念頭に置いておくべき点がある。それは、近年、当国が、周辺諸国において、UAE国益実現のために、膨張主義的な軍事的・経済的活動を拡大していることである。UAEは、連合軍の一部としてイエメンに介入しているが、一方で、UAE独自の動きとして、イエメン南部地区での南部独立勢力との関係構築、海洋輸送上の戦略的場所に位置する同国ソコトラ島への進出、アフリカ沿岸のエリトリアやソマリア北部地区への経済支援拡大や港湾利用の権利確保等を通じた関与拡大も著しい。UAEとしては、これらを、アラビア半島周辺での安全保障環境の確立のため戦略的に実施しているものと思料されるが、この急速な海外展開には、常に留意しておく必要がある。

[ 教育・科学技術・イノベーション ]

 ここで、同国が最近努力を傾注している教育・科学技術・イノベーションに関しても、一言触れておきたい。

 同国は、脱石油・脱レンティア、経済多様化、自国民化等の推進に伴い、高度な教養と知識を身につけた人材が不可欠になるとの認識に立って、初等中等教育から高等教育に至るまで、根本的な改革を進めている。当地では、既に10年以上前から、両国トップの決断により始まった世界で唯一の日本人学校への体系的な地元生徒の受入れが行われているが、当該教育を通じて学力のみならず、立ち居振る舞い、生きる力等が育まれている、との高い評価を地域社会から得ていることもあり、日本方式の教育に対する期待は高い。

 また、科学技術・イノベーションについては、率直な評価として、これまでは応用技術の導入、技術者の育成といった側面に限定されてきたことは否めない事実である。しかし、最近では、それでは自ら新しい産業を切り開き、真の意味での先進国入りはできない、との認識が浸透し、知識基盤経済の構築 基礎科学を含めた科学技術の推進、自らイノベーションを起こせる国への体質転換等を掲げた政策を多く打ち出すようになった。UAEは、そこに至る経緯や背景、発展段階こそ異なるものの、科学技術・イノベーションについて多くの点で意識や認識を共有できる国であり、今後の関係発展は日本にとってもメリットが大きいと思われる。

[ 纏めに ]

昨年4月には、5年ぶりの総理大臣によるUAE訪問が実現し、それに合わせて、新たな二国間関係の指針となる共同声明も策定され、新時代の幕開け環境が整った。 UAEは、エネルギー安全保障は勿論であるが、食料安全保障、対テロ・人道支援、多様な経済関係、教育、文化、科学技術、イノベーション、防衛等の多様な面で相互のメリットになる形で関係構築していくことができる相手国であることは間違えない。今後のUAEとの関係を考えるとき、今や日本としても発想を大きく変換し、同国の幅広い分野での将来発展性を視野に入れたより包括的な関係の構築を考えるべき時に来たのではないかと思われる。UAEの潜在的価値を引き出し、そして共に享受する、そのための主体的役割を果たしていきたいものである。