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第64回 戦後という言い方

元駐タイ大使 恩田 宗

 「戦後」という言葉をまだ耳にすることがある。昭和に育った者であれば昭和20年(1945年)に敗戦で終わったあの戦争以後のことだとすぐ分かる。それより世代が若くなると戦後と言っても昔に遡りすぎ馴染めない感じを持つと思う。戦後という言い方は耐用年数の終わりに近づきつつある。それに戦後という言い方には問題が三つある。

 一つは、戦後の「戦」の名前が定まっていないことである。あの大戦の最中は日本人は米英等との戦争に支那事変を含めて大東亜戦争と称していた。戦後になり第二次世界大戦、太平洋戦争、十五年戦争、アジア・太平洋戦争などと呼ぶようになった。昭和戦争、五十年戦争と言う人もいる。名前の違いで歴史認識の色合いが違い戦争勃発の日付やそれに至る経緯も違う。2010年頃の小中高等学校の検定教科書では太平洋戦争が最も多く使われ大東亜戦争、アジア・太平洋戦争がそれに続いている。村山、小泉、安倍総理の談話では先の大戦(英訳はthe war)である。名前を言えないのはあの戦争につき国民的総括が済んでいないからである。然し何時までも先の大戦で通す訳には行かないと思う。

 二つ目は、若い世代には戦後がそれ以前の時代とは質的に大きく異なる時代だという認識や感じ方がないらしいことである。日本は日清日露の戦争、第一次世界大戦、大陸への侵攻、そして先の大戦と50年間は戦争の時代だった。その後で戦後の民主・平和の時代になったのである。21世紀から見るとその2つの時代の段差が遠く霞んではっきり見えないのかもしれない。日本人は自国のした過去の諸戦争とその後の歩みをそれぞれの歴史的な重みと時間的な奥行をもって理解する必要がある。学校でもっと組織的に現代史を教えて欲しいと思う。 

 三つには、まだ戦後なのかである。戦前戦中を直接又は間接に知る世代には戦後は平和と自由平等の恩恵に浴し長くは続かなかったが高度成長のもたらす豊かさを比較的平等に味わうことのできた時代である。明るい希望の持てる時代でありそれが変わらずそのまま続くことを願っている。又、先の大戦の負の側面でも未解決の問題が残っている。戦後の国際体制は戦勝国の優位性を維持するためのもので日本は国連での地位に不満があり領土問題も未解決である。近隣諸国に与えた損害についての後始末や戦没者の埋葬や慰霊も完全には済ませていない。戦後をいつまでのこととするかは後の歴史家でないと判断できない問題かもしれない。

 2015年に朝日新聞の対談で30歳の社会学者古市憲寿が戦後70年などと言われてもピンとこないと言うと81歳の山崎正和は自分にとり戦後は生活上の自由と平和と安全だったが冷戦の終り頃で質は変わったと答えている。同紙のアンケートでは戦後はまだ続くと答えた人が5割あり戦後は既に終わったとの回答と戦後というとらえ方が間違っているとの回答が各々2割だった。2015年には「戦後80年」でなく「○○戦争終結80周年」とはっきり言わないと多くの人がピンとこないと言うと思う。