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2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けてのホストタウン構想 ー山口県防府市の取組みー


元駐セルビア大使 日本セルビア協会会長 長井 忠

 やや旧聞に属する話題で恐縮であるが、昨平成30年10月20日、横浜アリーナにおいて、2018女子バレーボール世界選手権の決勝戦が、セルビアとイタリアの間で戦われた。サーブ権を得ている時しか得点が入らず、サーブ権争いが延々と続いて、やや退屈してしまうバレーボールを思い出すと言われる方があるかも知れない。現在のルールではそのようなことはなく、サービス・エースはそのまま得点になる。極めてスピード感のある、観て楽しめるスポーツである。

 1セットは25点先取、3セットを取れば勝ち。

 21ー25、25ー14、23ー25、25ー19と負けては取り返し、負けては取り返したセルビアが第5セットまで持ち込んだ。第5セットは、15点先取で決まる。セルビアが15ー12でこれを取り、セルビアの優勝が決まり、歓喜で抱擁、コートに転がる選手たちに金色の紙吹雪が舞った。

 この世界選手権は、24カ国が参加し、9月29日から横浜、札幌、神戸、浜松、大阪の各地で第1次〜第3次ラウンドが開催されてきていたのであるが、優勝したセルビアはさらにそれ以前、9月21日から27日まで、山口県防府市に滞在し、時差調整、合宿、練習試合をしていた。それは、防府市が2020年東京オリンピック・パラリンピックへ向けてのホストタウンを引き受けたいと名乗りを上げ、セルビア・バレーボール協会の会長と防府市長との間でそのための合意書が署名されていたからである。

 ホストタウンは、1998年の長野冬季オリンピックの頃から始まったもののようである。国際的なイベントと市民との融和、交流、そして一過性ではない、継続的な国際理解・親善につなげる工夫としていくつかの例があるが、記憶に残るものとして、2002年のFIFAワールドカップの際のカメルーンと大分県中津江村(当時)の例がある。

 2020五輪に向けてのホストタウン構想は、防府市の場合、小中高校と筆者と同窓、一学年上の市長が筆者のセルビア在勤中に来訪、この国はバレーボールが強いんですよと説明した時、防府市も高校生のバレーボールが男女共常に全国大会の上位にいるし、日本代表になった選手もいる、何か出来ないかと思ったところから始まったに違いない。2015年に内閣府から東京五輪のホストタウン構想が出された時、防府市長がセルビアのバレーボールだと飛びつき、まさにトップダウンで物事が進められた。

 2017年7月にセルビアバレーボール協会の会長と事務局長が防府市を訪問、署名された合意書上は、オリンピックの年のみならず、それまでに日本で開催される国際大会、少なくとも強豪セルビア女子チームは、2018年世界選手権、2019年ワールドカップのいずれにも出場が見込まれるので、その度に合宿を受け入れ、そのための宿舎、練習用の体育館、球拾いのヴォランティア等を確保し、日本国内旅費を負担することになっている。

 はっきり言って人口10万人余の田舎のこと、トップダウンで決められて、市役所の担当部局の人達にとっては、かなりの戸惑いがあったのではなかろうか。アメリカに姉妹都市があり、ある程度の国際交流があるとはいえ、市役所の中はもとより、市内全体を見渡しても英語で仕事ができそうな人は見当たらないし、そもそもセルビアってどこにある、どんな国かを知る人は極めて限られている。

 でも、そこは優秀な日本の公務員、まずは、「ホストタウン推進事業実行委員会」を設立、ありったけの知恵を絞り、「防府市はセルビアバレーボールチームのホストタウンです。」というポスターによる市民に対する広報から始め、在京セルビア大使を招待、同行してきた大使秘書(セルビア出身)によるセルビア料理教室を開催、同教室に学校給食関係者を出席させ、小中学校で「セルビア給食」を始める、小・中学生からセルビアホストタウンのマスコット(ゆるキャラ)のデザインを募集する等、広報に努めた。実行委員会の顧問を拝命した筆者も言い出しっぺの共犯者的な責任を感じ、市役所職員の教養講座に何度か講師として出向き、セルビアに関する講演会や「セルビア語を覚えて、セルビア美人選手と仲良くなろう」講座を開催してきた。道の駅には、セルビア産品コーナーが作られ、上手くて廉価なセルビア・ワインやジャムが並び、市民の間でセルビアへの親が醸成されていった。市役所内の文化スポーツ課の中にセルビアホストタウン推進室が設置され、合宿受け入れ態勢が整えられた。

 体育館は、バレーボール・コートが3面取れるサイズ(合宿や練習試合では、ここに1面をとる。)、フィットネスの設備も揃った立派なものがあるし、ホテルもベッドを30センチ程伸ばし、食事は大使館大使秘書の料理教室で習ってきたセルビア料理を取り入れ、協力意欲は充分。

 約1週間の合宿日程の中で、練習休息日に市内の中学校のバレーボール部員を対象にして実施したバレーボール教室には、参加希望者が殺到する。日頃の部活とは全く違う練習方法に戸惑いながらも大いに楽しんでいた。それはそうだろう。世界ランキング第1位のセルビア代表を育ててきたコーチ陣の指導が受けられたのだから。

 意外であったのは、市民との交流もホストタウンとして是非実現したいことであったが(合意書にも明記されている)そのため、また、ホテルでの食事ばかりが続かないように、練習休息日に企画した町のレストランでの食事会の実施に、監督の了解が中々得られなかったことである。練習はないので、選手たちは自由である。したがって、選手たちが好きなようにのびのびと自由にさせるのである、ホストタウンの企画に団体行動として引っ張り出すのは容認し難いという説明であった。結局は、妥協して、実現したが。

 ホストタウン合意書には、オリンピックまでだけに限らず、また、スポーツ交流のみに限定することなく、広く文化交流にも努めることとされている。防府青少年科学館が2019年に開館20周年を迎える。前述の市長が、ベオグラードを訪問した時に案内してくれたニコラ・テスラ博物館に来て貰って特別企画展をやりたい、頼んでくれと、これも実現し、2019年1月26日から3月3日まで、「エジソンのライバル、ニコラ・テスラ展」が開催されている。

 複雑な民族問題を抱えるバルカン半島において悪役を押し付けられ、日本でも悪いイメージを持って見られているセルビアが、山口県防府市では、最も身近な外国であるとは、筆者にとっては誠に痛快なことである。

 今や約300の地方自治体がホストタウンに決まっているか、交渉中とのことであるが、セルビアについては、防府市以外に、新潟県柏崎市が水球、埼玉県富士見市(セルビアのシャバッツ氏と姉妹都市)がレスリングとハンドボールのホストタウンに決まり、神奈川県藤沢市がバスケットボールのホストタウンを引き受けたいと希望を表明している。地方自治体の国際交流ではあるが、在外公館の出番は大いにある案件であろう。

 (今の時代、制度の概要等は、インターネットで調べられるので、拙稿ではそれらをここに引き写すことはしないで、具体的にお手伝いをして見聞きしたことや愚考するところのみを記したものである。平成31年3月1日記)

市民30名が防府から名古屋までバスで赴き応援