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シンガポール在勤を終えて思うこと


前駐シンガポール大使 篠田 研次

はじめに

 フィンランド、シンガポールと2箇所での在勤を経て、この程6年振りに帰国し、足掛け43年に亘る外務省生活を終え退官致しました。北極圏のフィンランドから赤道直下のシンガポールに、緯度にして60度余りの異動を致しましたのが、3年前のことになります。常夏のシンガポールでは、1年を通じて気温は概ね30度前後で、真夏の日本に比べるとむしろ涼しく感ぜられるくらいです。赤道直下ですから、毎日朝7時に日が昇り、夕方7時に沈みます。1年中こうですから、次の日の天気を気にすることもなくなります。言わば「単調な快適さ」を味わって参りました。日照時間が長く気温も概ね20度から25度で快適極まりない夏と、寒くて夜の長い冬が交互にやって来る、フィンランドの「メリハリの利いた快適さ」とは好対照でした。

 このように遠く離れたフィンランドとシンガポールですが、これら両国の間には意外と共通性があることに気付かされました。人口はそれぞれ500数十万。一人当たりの国民所得は両国とも5万ドル前後ということで豊かです。教育レベルの高さは双方とも世界でトップクラスです。両国とも技術力、特にニッチな分野での先端的技術力、には定評があります。清潔で衛生的で、腐敗、汚職が殆どなく、安全で安定した社会といった点も似ています。また、安全保障の面でも共通点があります。両国とも徴兵制を維持しているのです。この国民皆兵の基本については、双方とも国民的コンセンサスに裏打ちされており、これを疑問視する声は殆ど聞かれません。総じて、「小粒でもピリリ」という国柄というのがフィンランドとシンガポールの共通点と申して良いのではないかと思います。

節目の時期のシンガポール

 建国の父リー・クワンユー元首相が2015年、奇しくも独立50周年の年に亡くなりました。マレーシアからの離脱を余儀なくされた1965年当時は、後背地も資源も持たない都市国家に過ぎない小国シンガポールは長くは持たない、と多くの人が考えていたようです。そのシンガポールが、今日までの発展を遂げ、繁栄を築いた大きな要因として、強力な指導者、リー・クワンユーの存在があることについては多言を要しないと思います。シンガポールはその指導者を失った訳です。私の在任の期間はその直後の時期に当たりました。シンガポールが独立50年を経て、愈々「リー・クワンユー無きシンガポール」という未知の領域に突入し、指導部の第4世代への代替わりのプロセスを進めつつ、今後の国家像を模索する努力を意識的に強化しようとする時期に重なることとなりました。

 シンガポールは、過去50年に亘り強力な与党、人民行動党の政権運営の下で抜群の政治的安定度を誇ってきました。シンガポールにおいて政治指導者は「首相」ということになりますが、初代のリー・クワンユー、次のゴー・チョクトンと続き、現在3代目のリーシェンロン首相が在任15年目に入っており、近年、次の世代、所謂「第4世代」への移行準備のプロセスが進んできています。シンガポールは、今後10年位は揺らぐことはないであろうが、その後はこれからの国家運営次第、そんな指摘も聞こえてくる中で、「第4世代」の政治家が懸命に力を合わせて、多民族国家であるシンガポールを一つにまとめ、その高い技術力と経済力を維持して安定と繁栄を増進していこうとしている姿を日々目にしていました。彼らの健闘と発展を祈る次第です。

 日星2国間関係は伝統的に良好です。シンガポール独立50周年の翌年の2016年には日星外交関係樹立50周年を迎えました。この年には、トニー・タン大統領の国賓としての訪日を含めたハイレベルの交流や多種多様な行事が実施された他、実に様々な分野における官民の交流や協力が間断なく進められましたが、両国関係は年を追うごとにその深みを増し、更に成熟したものになりつつあると感ぜられます。

 このような節目の時期にこの国の現状を間近に観察する機会を得、また、日星間の各界各層の間で十重二十重に進められている交流・協力に直接、間接に接する機会を得て皮膚感覚で感じますのは、正にシンガポールが「小粒でもピリリ」という国柄であり、地域の「ハブ」としての位置付けや高い技術力、優良なビジネス環境、といった強みや特徴を有していることです。これらの強みや特徴を踏まえた形で様々な施策を進めていくことは、我が国にとっても資することが多いように思われます。試しに、第1に、安全保障、第2に、ビジネス・経済、第3に、海洋・海運国家たるシンガポール、という3つの切り口から見てみたいと思います。

安全保障の切り口

 シンガポールの地域の「ハブ」としての位置付けは、安全保障の側面においても認められます。米軍のこの国への展開は象徴的です。1990年代初頭、米国は東南アジアの根拠地であったフィリピンから退くことを余儀なくされます。そこで手を差し伸べたのがリー・クワンユーのシンガポールでした。シンガポールは米海軍の東南アジア地域における継続的プレゼンスの必要性を認め、以来現在に至るまで、島内北部のセンバワンに第7艦隊の兵站司令部の展開を誘致し、必要な便宜を供与し続けています。現地の米軍関係者によれば、この司令部は、日本とバーレーンの間で最大の米海軍のプレゼンスであり、太平洋からインド洋に亘る広大な地域における兵站活動を支える重要な役割を担っているということです。

 シンガポールは非同盟・中立・全方位外交を標榜しつつ、同時に、国家予算の相当部分を国防に割り当て、主要装備を米国製で固め、アセアン随一とも言われる精強な軍を維持しています。そして、米軍部隊自体の国内への展開を許すなど、実は、その安全保障政策の軸足を,米国を中心とする安全保障体制の下に置いている実態があります。

 翻って、この第7艦隊隷下の部隊は、我が方にとっても日米同盟の運用上重要な存在ではないかと考えられます。昨今では、海上自衛隊の艦船・航空機も南シナ海からインド洋へと活動することが増えてきており、ロジスティックスの観点からこの地域において連携・協力する余地が大きくなっていると考えられるからです。シンガポールが安全保障の分野でも「ハブ」機能を果たしていることの一つの事象であろうと思われます。

  ところで、シンガポールに展開するこの米軍部隊は第7艦隊隷下の部隊であることから、その構成員の多くが家族を含めて日本での生活を経験しており、シンガポールでの勤務の後、横須賀他の日本各地に転勤し、或いは逆に日本からシンガポールに転勤することも多いという実態があります。そのため、日本のことをよく知っている人が多く、総じて日本好きであるように見受けられます。2010年にワシントンで設立された「在日米軍経験者同窓会(USMJAA)」(現在のJUMP)の「シンガポール支部」の結成も可能ではないかと思わせる雰囲気すらあるのです。シンガポールにおける米軍との交流を維持・発展させることは、日米間の人的交流増進の観点からも有益であろうと思った次第です。

 安全保障の観点からもう一点触れさせて頂きたいのが、「五カ国防衛取極(FPDA)」のことです。1967年にイギリスがスエズ以東の軍事力引き上げを決定したことに伴い、シンガポールは1971年に、マレー半島における安全保障を維持するために、馬英豪NZとの「五カ国防衛取極」を締結して現在に至っています。以来、この取極の意義はその折々の情勢により実質的なものであったり、象徴的なものに止まったりという変遷を繰り返してきたように思われます。現在はどうかと言うと、この地域の情勢に鑑み、その実質的意味合いを増してきている可能性があるように感じられるのです。特に、英豪NZの3ヶ国にとってはこの地域の安全保障に関与する有用な枠組みとして意識されているのではないかと推察されます。そこで、この枠組みについては、我が方としても適度な接触、関与を図っていくことに一定の意味があるのではないかと考える次第です。

「ベースキャンプ」としてのシンガポール

 シンガポールの「ハブ」としての強みは、経済・ビジネス面において最も良く発揮されています。実際、シンガポールは所謂「地域統括機能」を有する日本企業の一大拠点となっています。進出している日本企業は、シンガポール日本商工会議所(JCCI)に加盟している企業だけでも800社を超え、その多くが日本有数の主要企業であり殆ど全ての業種に亘っています。かつて何十年前には、シンガポールは日本企業にとり製造拠点としての意味合いを有していましたが、近年、広い地域に亘る事業を統括する本部機能を置くに相応しい場所として変貌を遂げてきています。各社の地域統括本部の所掌範囲はインドから豪州までというのが最大公約数である趣ですが、企業によっては更に広く中東・アフリカあたりまでを含めたインド・太平洋地域を守備範囲として捉えつつあります。サイバーセキュリテイや海運など業種によってはグローバル拠点を置くケースも出てきています。正に、「ベースキャンプとしてのシンガポール 」ということであろうと思われます。

 そのような中で、従来から、日星両国の企業間では様々な態様の協力が着実に進められてきていますが、既に実例が積み重なっているように、今後は、日星企業が連携・協力して第3のマーケットへ、第3国へと展開する余地が益々大きいのではないかと考えます。シンガポール企業の実力が独立以来の年月を経て極めて高度なものとなり、彼我の能力、それぞれに得意とするところを相互に活用していく、或いは、それぞれが得意とする地域において相手方をパートナーとして提携・協力していくといった形態もあり得ましょう。空港管理、海運、造船、オフショア技術、金融、国際仲裁、中国ビジネス等々シンガポール企業が得意とする分野では、日本企業がそれらノウハウを効果的に活用することできると考えます。第3国展開の対象となり得る地域は、周辺ASEAN諸国は勿論、世界中各地に亘ることが考えられます。

 日星企業連携による第3国展開の可能性という観点から注目される地域として、近いところでは、直ぐ北の国境のジョホール海峡を越えたマレーシアの最南端の地域があります。シンガポールとの近接性に着目して、この地域に「イスカンダル開発地域」と称して大規模経済特区計画が進められてきました。昨年のマレーシアの政権交代の影響を見る必要はあると思いますが、何れにせよ、この地域は、シンガポールの視点から見れば、「拡大シンガポール首都圏」とでも言うべき地域であり、マレーシア側から見ても、シンガポールとの有機的な繋がりなくしてはそもそも経済特区としては成り立ち得ない地域です。従って、そこに2つの国家が介在するという、国境地域に特有の困難や制約が種々あるのは明らかですが、経済的に見れば、中長期的には統合経済圏として一体的な開発が行われていくことが理想的であろうことは、これまた自明であるように思われる訳です。紆余曲折はありましょうが、シンガポールとの接続性の強化を含めて、この国境地域の開発が引き続き推進されるのであれば、日本企業にとっても様々なビジネス機会が生まれることになると思います。このように考えれば、至近の距離に極めて多数の日本企業の地域統括本部が集結するシンガポールから、これら日本企業が正に「シンガポールの視点」を持ってジョホール側に関与していくことは大いに意味のあることと考えます。

海洋国家シンガポールとの協力

 最後に、海洋国家であり世界に冠たる海運国であるシンガポールと、同様に海洋国家である我が国との親和性という切り口です。海の分野における日星協力の可能性は引き続き極めて大きいように感じます。

 その重要な柱のひとつが、LNGバンカリング協力です。2020年に船舶燃料が変わる、と言われています。国際海事機関(IMO)の決定により、船舶からの硫黄酸化物の排出ガス規制強化が愈々2020年には全世界に適用されることとなっています。従来の重油を燃料とする船舶から、今後この規制に対応可能な液化天然ガス(LNG)を燃料として航行する船舶(LNG燃料船)への転換が進行することが予想されています。船舶へのLNG燃料供給(LNGバンカリング)の「ハブ」ネットワーク構築は、このような見通しに着目して、その普及の可能性に視線が向けられている比較的新しい分野です。ハブはひとつでは意味を成さず、自動車とガソリンスタンドとの関係と似ているのですが、一定間隔で存在しなければならず、グローバルな規模でハブのネットワークが存在することが必要となります。そこにシンガポールとの提携・協力に意味を見出すことができるのです。シンガポールはこのようなグローバル・ネットワーク作りの必要性にいち早く気付き、3年位前から世界各地の港湾当局に呼びかけるなど積極的な音頭を取り始めており、我が方関係当局もこれに呼応して相当素早く動いてきています。

 日本は世界最大のLNG輸入国であり、LNGバンカリング実用化への距離は極めて近いところに位置していると考えられます。既に横浜及び名古屋において、国の支援の下、関係企業による船舶向けLNG燃料供給の事業化が着実に進められています。これらの我が国港湾がいち早くLNGバンカリングという新しい領域で一大拠点、即ち「ハブ」としての地位を確立していくことが期待されています。

 地図を見れば頷けるのですが、シンガポールと日本はこの文脈においては地理的に「遠からず近からず」「程よい距離感」の関係にあると思われます。グローバルネットワークのアジア部分について、東南アジアのハブたるシンガポール港と北東アジアのハブたる日本沿岸港湾が緊密なパートナーシップを組むことは正にウイン・ウインの協力であり、これをもってLNGバンカリングに関する「日星ツインハブ協力」と称することもできましょう。

 そもそも我が国沿岸は、マラッカ・シンガポール海峡経由の伝統的航路とパナマ運河の拡張も相まって益々重要性を高めると思われる太平洋航路が合流する、そして更に将来的には北からの北極海航路が加わり、これら3つの主要航路が合流して来る戦略的、地政学的、地経済学的に極めて重要な要衝に当たると思われます。今後北極海航路の商業利用が進み、LNG燃料船が多数北極海を航行する日が来ることも想定し得るとすれば、北極地域におけるバンカリング施設建設等の面で提携・協力するといった可能性すら視野に入ってくるかもしれません。

 国際海運のハブとして、日本の港湾は周回遅れになっているという指摘があります。シンガポールとの協力を含むLNGバンカリングへの取り組みは、我が国の港湾が海運のハブとしての位置付けを取り戻し、復活し、強化されていく上で、その為の一助となり、或いは、突破口となっていく可能性を秘めているものと思う次第です。

 以上の切り口以外にも、シンガポールとの提携・協力には意義深いものが多々あると思われますが、ここでは、同国在勤を終えて感じますところの一端を述べさせて頂きました。