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トランプ大統領の2019年一般教書演説と米国内外からの見方


外務省参与 川原 英一

 2月5日夜に行われたトランプ大統領による一般教書演説について、邦字主要紙は連邦予算案にからむ国境の壁建設、米朝首脳会談及び米中貿易協議を専ら報じています。米下院本会議場で80分あまり行われた同演説を、映像を通して見ていますと、大統領は、プロンプターも使用し、非常にゆっくり、かつ、わかりやすく、米国内の現状と諸課題、外交・安全保障を連邦議員に顔を向けて語っており、議場からの反応に即興で発言するなどTV中継を見ていた米国民にとっても極めて興味深い内容であったと感じます。邦字紙では報じられることの少ない米国の現状や下院会議場での感動的シーンもありました。英米主要メディアが注目した点も併せて以下御紹介します。

1.トランプ大統領による一般教書演説は、2月5日午後 9 時過ぎから米連邦議会下院本会議場で行われ、連邦議会議員やテレビ中継をみている数多くの米国民に向けて、大統領自らの考えを語る場として利用された。同大統領は、予算案で対立している民主党と共和党の両党に超党派の団結を呼びかける言葉から始めている。一般教書演説の内容は良く練られており、簡潔で多くの人にわかりやすい言葉を使用し、演説途中での巧みな演出も窺える。このスピーチは、Stephen Miller が、専ら作成したと米主要紙は報じている。同人は、2016年当初から米大統領選挙においてトランプ陣営の政策アドバイザーを、その後は経済チーム長、2017年1月のトランプ大統領の就任と共にホワイトハウス入りし、スピーチライターとして活躍中の85年8月生まれ、33 歳のユダヤ系の若者である。

2.NYT(ニューヨーク・タイムズ)紙の翌日版記事に動画で掲載された「数字で見る一般教書演説」によれば、一般教書演説に要した時間は、1 時間 22 分、傍聴席に大統領が招待した客 13 人、拍手喝采した回数は、少なくとも97回、超党派の団結の呼びかけ回数は 14 回、国境の壁の言葉の使用回数は8回、議場からの「USA!」コール数が 4 回、ハッピー・バースデー(誕生日)合唱が1回となっている。

 下院本会議場の傍聴席には、メラニア・トランプ大統領夫人や大統領の招待客らが着席しており、第二次大戦中の 1944 年6月にノルマンジー上陸作戦に参加した元米軍兵士、50年前に月面着陸したアポロ11 号の宇宙飛行士、自ら小児癌治療を受けながら、小児癌献金活動を行った10 歳の女の子、米ピッツバーグにあるユダヤ教会で起きた11人の虐殺から、かろうじて逃れ、又、第二次大戦中にナチス収容所への移動中の列車から米兵によって救われ、大統領一般教書発表の日に、81 歳の誕生日を迎えたユダヤ系米国民を大統領が紹介し、下院本会議場内は拍手喝采と合唱の嵐となった。また、トランプ大統領は、小児癌患者への新たな治療方法の研究予算案として 10 年間に5億ドルを要求すると述べるなど、演出効果を考え、わかりやすく、インパクトのある大統領発言を行ったと思われる。

3.教書演説では、米国経済・社会、連邦政府の現状などを知る上からも興味深い内容を大統領が語っている。

(1)米国経済の好調さを反映して、人種など問わず全ての国民にとり、失業率が過去最低水準にあること、新規雇用者数は、大統領任期中の 2 カ年間に 5 百万人以上増大し、総労働人口も、1億5千7百万人と、歴史上最大数を記録しており、又、米国は世界一の石油・天然ガス産出国となり、65 年ぶりにエネルギーの輸出国に転じたと述べて、強い米国経済をアピールしている。

(2)連邦行政府幹部ポストに大統領が指名した 300 名以上の有資格者の人事案件は、未だに上院の承認が得られていないことも触れている。行政府幹部ポストが、空席のまま長期間継続し、行政府機能上の弊害は大きいと思われる。

(3)昨年1年間に創出された新規雇用者数の58%が女性であり、又、連邦議会の女性下院議員数が、歴史上最大人数となったこと、2月 7 日には、途上国女性の経済エンパワーメントのため米連邦政府による初のイニシアティブを発表予定と述べている。因みに昨年11月の中間選挙の結果、下院における女性議員数は126名となり、下院議員総数のほぼ3割近い状況にある。

(4)(国境の壁建設) 壁建設を含めた連邦予算案の承認をめぐり、昨年来、与野党が対立した結果、連邦政府機関が昨年12月下旬から35日閉鎖され、2月15日以降、再度閉鎖される可能性のある問題について、トランプ大統領は①メキシコとの国境地帯を無法状態にしておくのは、米国民の安全や財産への脅威となる、市民生活と雇用を守る移民制度を創出する義務が大統領にはあると述べ、他方、合法移民は米国を豊かにするとも述べた。又、②非合法な移民への対応ほど、米国の労働者階層と富裕な政治家・ドナー達との対立を示すものはなく、非合法な移民に国境を開放するよう主張する人達は、壁やゲートに囲まれ、警備員に守られながら日常生活をしていると批判している。さらに、③非合法移民の検挙で最優秀な成績をあげた法執行職員を議場で紹介して称えるとともに、非合法移民による犯罪の犠牲者となった家族を紹介し、残された家族の心の痛みは理解を超えると、その心情を訴えている。

4.米中貿易協議、新NAFTA(北米自由貿易協定)の行方

(1)注目された中国との貿易協議については、教書演説の中で、過去のどの政権もこれまで成しえなかったことであり、トランプ政権が中国にタフな交渉姿勢で臨み、米国企業を標的とした知的財産の剽窃や、米国から雇用と富を盗むことを終わらせるとの明確な立場を中国へ明白に伝えていること、中国が不公正な貿易慣行をやめ、慢性的米国側の貿易赤字を削減し、米国の雇用を守るため、中国による真の構造的変化を含めた新合意に向けて交渉していると、大統領自ら述べている。

(2)御承知のとおり、3 月 1 日までに米・中両国間で合意が成立しない場合、2 千億ドル相当の中国からの輸入品への関税率を現在の10%から25%への上乗せ措置が実施されることとなり、その場合、中国、米国の両国だけでなく、世界経済へのマイナス影響が広まると思われる。

 米・中貿易協議の行方について、その後(2 月 9 日迄)の主要紙報道をみると、米中双方の立場の差が大きく、2 月中旬、北京での両国閣僚協議では、米側は交渉のベースとすべき合意案の提示すらできる段階ではなく、トランプ大統領が習主席と 2 月中に首脳会談を行う可能性も否定している。 中国側が既に提示したとされる米国産自動車や農産物の輸入拡大と金融セクター市場の開放でとどまる可能性が高く、大統領が教書演説で述べた企業の知的財産保護等、中国側の構造的変化に踏み込んだ合意になる可能性は低いとの見方が報じられている。

(3)再交渉の結果、昨年11月末に米・メキシコ・カナダの3カ国首脳が署名した新NAFTA 協定(U SMCA)について、米国の製造業雇用を増大し、米国農業の拡大やメイド・イン・USA(米国産) 自動車の増加を確保できるものであり、米連邦議会がUSMCA法案を承認するよう期待するとの大統領発言部分を映像で見る限りでは、共和党議員のみならず民主党議員も拍手喝さいしているシーンがあり、多くの視聴者に同協定批准の可能性はあるとの印象を与えたと思われる。

5.北大西洋条約機構(NATO)、INF、米朝首脳会談

(1)トランプ政権下で国防予算は毎年 7 千億ドル(約77兆円)超となったと指摘した上で、NATOにおける米国負担が高くて不公平だとして、大統領が各国へ国防費の増額を要求した結果、NATO 同盟国側の国防費支出額が、過去 2 カ年で1千億ドル以上増えたと述べた。因みに、米国の国防費のGDP比率は約3%、独は1.2%程度とみられる。

(2)大統領は、米国の軍事力増強の中で、最高水準のミサイル防衛システムを開発中であると述べると共に、米・ロ間の中距離核ミサイル全廃条約(INF)について、長年、ロシアが違反を続けており、同条約から米国は離脱する、今後は、中距離核ミサイル開発、保有をしている中国など他国も含めた「新たな協定交渉」の可能性を考え、右が可能でない場合は、米国が独自に最大限の整備を行うとも述べている。

(3)機動性の高い中距離核ミサイルは、米ロ以外に 7 カ国ほどが開発・保有していると言われ、1988 年以来続いたINFの終了により、今後、核開発競争の拡大が懸念される。トランプ大統領が述べた新たな交渉は、河野外務大臣が今後推進したいと述べているINF 条約マルチ化の考えとも一致する部分があると思われる。

(4)北朝鮮からの米国人人質の解放、核実験停止、過去 15 カ月も北のミサイル発射がなかったこと、他方で、もし自分が大統領でなければ戦争になったであろうとトランプ大統領は自らの外交成果を語り、まだ課題が多く残ってはいるが、良好な関係を維持するキム委員長と2 月 27-28 日の両日ベトナムで首脳会談を予定しているとの発言は、米国内外のメディアに大きく報じられた。  なお、同教書演説中には、インド・太平洋地域への米国関与政策に言及はなかった。

6.中東地域米軍駐留による膨大な戦費、米兵士の帰還

(1)トランプ大統領は、過去 19 年近い中東地域での米軍駐留の結果、アフガニスタンとイラクで 7 千名の米国兵が死亡し、5.2 万人が負傷したこと、米国がこれまで支出した戦費総額は、7兆ドル(約770兆円)との具体的数字を挙げた上で、「次期大統領候補として、偉大な国(米国)は、終わりなき戦いをしない」ことを誓約している。また、現在、アフガニスタンに駐留する米軍削減、関係各派との和平協議を行っており、シリアで戦う米兵士の帰還を歓迎すること、テロ支援国家であるイランとの核合意から米国が離脱することにも言及している。注目したいのは、トランプ大統領自らが教書演説の中で、次期米国大統領選に出馬と絡めて、中東への米国の関与に関する自分の理念を述べている点である。

(2)米国内外で発生したテロ事件の被害者家族や生存者をトランプ大統領が議場で紹介している。2000 年 10 月にイエメンで停泊中の米駆逐艦コール号を自爆襲撃したテログル―プ計画の関与者を今年 1 月はじめの米軍による攻撃で死亡させたと述べた上、死亡した同駆逐艦乗組員の家族を紹介している。又、ピッツバーグにあるユダヤ教会での11人の虐殺の際、かろうじて救われたジュダさんは、過去、ナチス収容所での死から救われた人で、本日が誕生日とトランプ大統領が紹介したところ、多くの議員がハッピー・バースデーを突然に歌いはじめたのは、演出された以上に印象的なシーンであり、映像を通じて多数の米国民の記憶に強く残ったものと思われる。

7.英米メディアの論調:

(1)英 BBC・TVニュースは、米中貿易協議関連部分に注目して「一般教書演説の中で、トランプ大統領は中国による(米国の)雇用の剽窃を終わらせると誓う(State of the Union: Trump vows to end China’s job ‘theft’)」とのニュース見出し入りで、①トランプ大統領は、中国に対して米国産業を標的とした知的財産の剽窃、米国の雇用と富を盗むことは終わったことを明確に伝え、中国との交渉に強気姿勢で臨んでいる、米・中両国間での合意には、中国による不公正な貿易慣行をやめ、慢性的な貿易赤字の削減と米国の雇用の保護のため、中国による構造的変化が当然に含まれると述べたことを報じている。又、②米連邦議会に対し、他国が米国製品に対して不公正な関税を賦課した場合、米国も同様に制裁関税措置の発動できる新法案について議会承認を求めたと報じる。

(2)米主要経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙の 5 日付電子版社説は、①教書演説は、多くの米国民にとり直接に大統領の政治姿勢を知る数少ない機会であり、トランプ大統領は、自  らの任期中の成果として、減税や規制緩和の結果、強い経済となったことを数字を使って賛美し、与野党議員には超党派の協力を呼びかけた。②移民問題へのトランプ大統領の従来の対応か  ら変化はなく、その意図が明らかではないが、併せて合法的移民の受入れを歓迎すると述べたこ と、さらに③2 月 15 日以降、連邦政府機関の閉鎖の事態に再び戻るのか、大統領が非常事態宣言をして国境の壁建設を始めるかどうかは、未だ定かでないと報じている。

(3)WSJ 紙ワシントン支局長・コラムニスト(Gerald Seib)は、トランプ大統領の一般教書演説で3つの点が注目されたと指摘する。①米下院民主党と共和党は予算案中の国境の壁の建設費をめぐって対立している状況を踏まえて、教書演説の冒頭では、共和党が勝利するのではなく、国が勝利するよう超党派で団結した行動を呼び掛けて、今回、型にはまった政治家が使う表現を用いたこと、②移民問題では民主党と対立する構図は変わらず、非合法な移民集団を、組織犯罪や麻薬取引等と絡めて悪魔化して、国境の壁が必要だと主張している、但し、国境警備の専門家が「最も必要だと判断する地域」に限って、壁を建設すると述べて、妥協の余地も残していること、

③国内インフラ投資は、超党派で支持する可能性がある分野であり、トランプ大統領は、最先端産業などへの投資を発言している、他方、同演説では、現在、約2兆ドル規模の財政赤字が今後さらに増大することへの言及はなかったとの見方を報じている。

8.(最後に)

(1)教書演説を映像で見て感じたのは、WSJ紙が報じたように、レトリックを巧みに使い、型にはまらない演説を行うトランプ大統領が、連邦議員及び平日夜のゴールデンタイムの時間帯に TV 生中継を見る多くの米国民を念頭に置いて、対立的雰囲気を変えようと、今回、演説スタイルを変えて、連邦下院とのねじれ状態の中で、機能不全を回避する希望を感じさせたのではないかと思われる。その後のWSJ紙報道によれば、国境の壁建設費の一部を含めた予算案内容について、民主党と共和党間で予算額の妥協点を見出すべく、駆け引きが始まったと報じている。

(2)2 月 5 日の大統領一般教書演説は、トランプ大統領が米国民に直接に語りかけ、自らの成果と考えをアピールし、議員及びTV中継を見る米国民から支持を得るための機会としての位置づけであり、大統領メッセージは、国民の心に深く残るよう周到に準備されたと感じる。併せて、トランプ政権の前半2年間で顕著な成果を挙げている偉大な大統領として、来年の大統領選挙でのトランプ大統領再選に向けての意欲を米国民に示す機会として活用されたと感じる。

※ 拙稿内容は、筆者が個人的立場で述べたものです。 (了)