2018年G20サミットと英米主要メディアの視点


外務省参与 川原 英一

 今年のG20サミットは、2010年11月のワシントンでの初会合から10年が経っている。今回、第13回(筆者注:2011年及び12年は年2回開催している)G20サミット参加20カ国のGDPは、サミット事務局によれば、世界の85%を占め、又、世界貿易の75%を占める。来年6月には日本が議長国として、この会議を開催する。今回サミットの優先議題は、デジタル革命時代の新技能開発・訓練、持続可能な開発のためのインフラ、世界人口の急増と気候変動に対応した質の高い食糧マネジメント、及び全体としてのジェンダーの主流化とされていた。

 今回サミットの特徴について、メディアの多くが、主役は米国と中国であり、又、貿易問題を中心議題として取り扱っている。G20サミットを報じた日本と英米主要メディアを見ていると、報道の視点や内容が異なるところが見られる。 この違いは各メディアの視聴者、読者層が異なることや、日本のメディアの場合、比較的に情報入手先が限られる傾向があることから当然にも思われる。他方、米主要経済紙は、サミット会議期間中の取材先として、自国ではないEU交渉団筋から首脳宣言作業について得た具体的内容も発信している。

1.日本と欧米メディアの異なる報道視点:

 G20サミット報道について、NHKと米主要経済紙のウォールストリート・ジャーナル(WSJ)、そしてBBCニュースの各メディアの視点を御紹介したい。

(1)12月1日午前中のNHKニュースのG20サミット報道は、今回、首脳宣言が出されるのか、どうかが注目されると報じ、又、同会合の初日、安倍総理が米・中両国による貿易・投資について有益な協議や中国による政府助成金、知的財産侵害への対応を促したこと、日・中首脳会談では、自由で公正な貿易体制の発展のため、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の早期妥結、経済・貿易面の協力を強化することで一致したこと、日・米・印3カ国首脳会談では、インド太平洋地域でのエネルギー・インフラ分野での協力強化で一致し、日英首脳会談では、メイ首相から英のTPP加入についての今後の議論の進展に期待するなどの発言があったと、安倍外交の成果を報じている。

(2)WSJ紙30日付電子版記事は、サミット開始直前に、アルゼンチンでのメキシコ・カナダ首脳との新NAFTA協定の署名に持ち込んだトランプ大統領の今後の最大関心事は、中国との貿易交渉にシフトしていること、自国優先の立場をとる同大統領が、グローバルな問題を討議するG20会合ので、以下なる内容で均衡を維持できるのか、G20サミット主役は、12月1日夜に個別首脳会談に臨む米中両首脳との見方を報じている。

(3)BBCニュース12月1日付電子版記事では、今回G20サミットは、「首脳間の対立が露(あら)わ(Rifts laid bare)」との見出し入りで、G20サミットに参集した各国首脳による多彩な動きを報じている。同サミット会合の開始直前、サウディアラビアのジャーナリスト暗殺との関連で注目されるサウディ皇太子とプーチン・ロシア大統領が、着席前に互いに手をたたく、ハイタッチの映像を紹介。又、G20サミットの重要な決定は、個別首脳会談で決まる(key decisions will be made in one-on-one encounters)、グローバルな課題を討議するサミットではあるが、注目されるのは、ジャーナリスト暗殺事件後初めての国際舞台でのモハマッド・サウディ皇太子、数日前にウクライナ艦船を拿捕して欧米と対立するプーチン・ロシア大統領、貿易紛争が悪化している米・中両国首脳、及びEU離脱とフォークランド諸島の領土問題で紛争中のメイ英首相らに対して、各国首脳がどのように対応するのか、との切り口から報じていており、興味深い。また、ブラジル・ロシア・インド・中国・南アのBRICSが保護主義を「世界貿易機構(WTO)の精神とルール」に反するとの声明を出していることなども併せて報じ、さらに30日のG20サミット開始直前に行われた米・メキシコ・カナダの3首脳による新NAFTA署名時記者会見で、トランプ大統領が、新協定をこれまでで最も偉大な貿易合意(the greatest trade deal ever)と述べたことなど報じている。

2.首脳宣言作り

大変に興味深いのは、WSJ紙12月1日付電子版記事であり、「G20サミットは、妥協の結果、共同宣言に合意;米は保護主義を、中国は不公正な貿易慣行の表現を除外した」との見出しと共に首脳宣言の作成過程でどのようなやりとりがあったのか、EU交渉団関係者から詳しく取材している。その一部を御紹介すると、

(1)米の合意を取り付けるため、当初あった保護主義と貿易紛争は経済に悪影響を及ぼす、グローバルな組織は必要かつ有用であるといった表現や、中国を想起させる不公正な貿易慣行という表現が宣言文から削除された。米の主張であった中国の一帯一路インフラ・プロジェクトの巨額債務問題に関連して、インフラ金融における持続可能な金融慣行(financial practices )の改善との表現が首脳宣言に含められた。

(2)EU交渉団は、会合初日の11月30日、ボルトン大統領補佐官がG20サミット宣言から離脱を考慮中との報告を受け、EUと米との両国間の交渉で、特に多角的貿易システムが経済成長に役立っていること、大半の国が気候変動に関するパリ合意の完全実施を支持しているとの点と、米が同合意から離脱表明とを併せて宣言に残すことで合意した。又、米、EUなど各国の立場の相違を反映して、世界貿易機関(WTO)について、今後いかなる方向へ改革をすべきかについては、短時間でまとまらず、具体的な説明はない。

(3)米・加・EU・豪が鉄鋼過剰生産能力の縮小にコミットするよう要請したのに対し、中国が態度を変えなかったこと、グローバルな難民問題について、具体的行動が提案されなかったのは、トランプ大統領が、先進国がこの問題に一定の役割を果たすとの点を拒否したからである。

(4)G20首脳宣言は発出されたものの、多国間主義に米国が反対し、不公正貿易慣行への言及には中国が反対したため、これまでG7サミット、G20サミットで繰り返し使用された表現がタブーされつつあるとのEU高官の見方や徹夜となったG20首脳宣言づくりが、妥協を重ねて、12月1日早朝、EUが参加国に受入れ可能な首脳宣言案の作業を終えたと報じている。

3.G20サミット結果

(1)邦字紙報道では、12月2日午前のNHKニュースでは、今回のサミットが、米中の貿易摩擦が激しさを増す中で開かれ、貿易をめぐる討議の行方が焦点となった。貿易分野では、これまでの首脳宣言に盛り込まれていた「保護主義と闘う」という文言は削除され、多国間貿易体制は一定の貢献を果たしてきたものの改善の余地があるとし、中国などが自国産業を優遇する補助金活用などの問題を解決するため、WTOの改革への支持を初めて明記しており、日本が議長国を務める来年G20サミットが、改革に関する進展を検証するとの宣言内容を報じている。

(2)他方、同じNHKニュースは、米高官の話として、首脳宣言には、中国に有利なルールになっているとトランプ米大統領が批判してきたWTOの改革が盛り込まれたことを歓迎する、さらに、米国のもう1つ大きな成果は、中国が行っているインフラ投資について透明性を確保し、過大な債務を途上国に押しつけないことを約束して高く評価されると述べたと報じている。

(3)日本経済新聞2日付電子版記事は、「G20 「保護主義と闘う」明記せず首脳宣言採択し閉幕」との見出し入りで報じ、米中両国が今後協議で詰める中国の知的侵害、技術移転強要、非関税障壁の是正に関する協議について、「国益が絡む難問を90日で詰めるのは至難の業であろう」との見方を報じている。又、12月3日付邦字主要各紙は、G20サミット期間中に行われた米・中首脳会談の結果に関する社説を掲げており、各紙見出しは、日本経済新聞は「懸案先送りの米中貿易協議は楽観できぬ」、産経新聞では「米中首脳会談 不公正許さぬ姿勢を貫け」、読売新聞は「米中首脳会談 世界の安定へ前向きな対話を」となっている。読売新聞は『(米中)合意は、追加的な制裁を先送りしただけの「一時休戦」に過ぎない。米中関係がこのまま改善に向かうと見るのは早計だ』と論じて、邦字各紙とも米中両国の関係が今後も懸念されるとの論調を掲載している。

(4)WSJ紙2日付は、米中両国が貿易紛争の停戦に合意し、米側は2千億ドル相当の中国産品への輸入関税の10%から25%への来年1月から引上げ実施を延期し、両国間で関税以外の問題を含めて交渉する、又、米ホワイトハウスによれば、中国側は、農産品、エネルギー、工業製品など極めて多額な購入に既に合意したこと、米中両国の協議は、中国の技術移転強要、知財保護、非関税障壁、サイバーによる企業秘密搾取、サービス及び農業分野が含まれると報じている。
中国外相及び商務次官による米中首脳会談後の記者ブリーフでは、米国関税及び中国の報復関税の撤廃に焦点をあてた協議予定であり、12月中旬にもワシントンで交渉を計画していること、他方、中国側は交渉期限に言及していなかったが、90日の交渉期間は米国が切っており、来年3月1日までの交渉でまとめられると報じている。

(5)更にWSJ紙3日付は、1日の米中首脳会談の際、今後の両国交渉の際、米側首席交渉代表をライトハイザーUSTR代表とするとトランプ大統領が述べたこと、同代表は、中国のWTO加盟にも過去反対した中国強硬派であり、これまで中国との首席交渉代表であった米財務長官の場合より、トランプ大統領がより強硬な立場から交渉を期待しているとの見方、及び当初中国側発表にはなかった米中協議の期間について、12月1日からの90日間であるとのホワイトハウス発表を報じている。

交渉期間を切った形での米中協議の結果、どこまで踏み込んだ合意が得られるのか、両国のみならず世界市場にも影響があり、同協議の進展状況は引続き大きな関心をもって報じられよう。

(了)