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第53回 嘘

元駐タイ大使 恩田 宗

 大学の研究者の実験データ改竄のニュースが絶えない。科学研究で欺瞞行為が起こるのは名誉と研究資金の獲得競争が激化しているからで世界的現象らしい。米国の Office of Research Integrity が行った少し前の調査であるが、全米605の研究機関の2,012人の医学・生物学の研究者の9%が過去3年間にデータ改竄などの欺瞞行為をしている。科学研究での嘘はいずれ見破られるが今後もこの程度の率(年に3%人)で続くだろうという。

 嘘にも色々ある。日本の大学生を対象にした嘘つき頻度の調査では、男は1日に平均1.57回で女は1.96回だったという。嘘をつく回数が意外に多い感じがするがその場の取り繕いとか見栄のためつい言ってしまう出任せも数のうちに含めるからである。嘘をつくのは女の方がやや多いが、面白いのは、逆に嘘をつかれたと感じる回数は男女とも同じで1日平均0.36回と少ない。人は結構気軽に嘘を言い言われた方はそれを気付かず、それで世の中がうまく回っているらしい。

 困るのは、意識せず知らずにつく嘘である。心理学者によれば人間の記憶力は想像以上に頼りない。昔のことで一枚写真や映画のワンカット・シーンのようなものは比較的正確だが、整合性のあるストーリになっているものは真実から外れていることが多いという。脳が自分にとり覚えやすいように又人に話した時説得力をもつように勝手に編集してしまうからだという。人間の脳にはそういう癖があるらしい。文化人類学者にとり古老が昔実際見たとか経験したとかいう話は裏を取らないとそのままでは危なくて使えないという。著名人の回顧談も記憶だけに頼ったものは間違が混じっている可能性がある。

 動物も嘘をつくらしい。人間最良の友だという犬も結構人を騙すという。特にペット化した犬は飼い主を尊敬し服従しているフリをしながら内心「自分の方が上」と考えているケースが少なくないらしい。米国では鳴き声で判断する嘘発見器が売られているという。

 米国最高裁判所の名物判事だったO・W・ホームズは、九四歳で亡くなる少し前、グラマーな若い美人を見て、「私をせめて80歳の昔に戻してくれれば、何とかするのだが・・・」と周囲の人に嘆いたという。老人の中にはこの手の大法螺をふく人がいるが人を楽しませ害がないのが取柄である。