ホンジュラス―エルナンデス大統領とセラヤ元大統領


駐ベネズエラ大使(前駐ホンジュラス大使)岡田 憲治

 昨年11月の大統領選挙でエルナンデス大統領が再選された。今後4年間、エルナンデス大統領は、中米の国、ホンジュラスの舵取りを担うこととなる。前駐ホンジュラス大使として、同大統領と良好な関係を築けた自分としては、その再選を心からお祝い申し上げる。他方で、今次大統領選挙では、当初の予想より苦戦したように思われる。反独裁同盟のナスララ候補が善戦した。自分が、その際気になったのは、ナスララ候補とともに反独裁同盟の一員として選挙を戦ったセラヤ・リブレ党党首(元大統領)である。セラヤ元大統領は、選挙後においても、野党の中心人物として反政府運動をリードしていくであろう。

 この頁をお借りして、この両リーダーについての私の印象を述べさせて頂く。今後のホンジュラスの政治の動向を読み解く上で、両リーダーについて理解することが不可欠と考えている。

 ホンジュラスというのは、中米に位置する人口約900万人の親日的な国である。産業は、かつてはバナナの主要産出国であったが、現在はバナナも輸出するが、むしろ良質なコーヒーや、タオル等の繊維製品の輸出がメインといえる。首都テグシガルパは高地に位置するため気候は温暖、ホンジュラスの誇るべきものとしてマヤ文明のコパン遺跡がある。このコパン遺跡の発掘には、金沢大学の中村教授等の日本チームも貢献している。自分が赴任する前に、前任者から受けたレクで記憶しているのは、2009年の軍部によるセラヤ大統領を追放したクーデターと、当時人口10万人当たりの殺人発生件数が世界一高い治安の悪さであった。2000年に入って、中南米での軍によるクーデターは、決して多くなく、特に成功したのは2009年のホンジュラスくらいであり、このクーデター事件は米州全体を巻き込む問題に発展した。

 まずエルナンデス大統領について。夫妻とも弁護士であり、米国での留学経験あり。因みに夫妻とも、英語を話さず、特に夫人は、全く出来ないかのように振る舞っていた。ところが、2015年、日本・ホンジュラス外交関係樹立80周年記念でご訪問された眞子内親王殿下との懇談では英語で流ちょうに話始めた際には、自分としても驚いた。さてエルナンデス大統領は、若くして国会議長となり、2013年の大統領選挙に国民党から立候補した。自分が、エルナンデス大統領に初めて会ったのは、2013年の選挙キャンペーン中であり、エネルギッシュな印象を受けたが、その際、ホンジュラスにおけるインフラ整備に日本からの投資を要望された。その立場は大統領当選後、一貫しており、このインフラ整備計画は後の雇用経済開発地域(ZEDE)構想につながっていく。大統領からインフラ整備とともに要望されたのが、メロンの対日輸出である。地中海ミバエの懸念があったが、その懸念も科学的に払拭され、大統領訪日(2015年)の後、対日輸出が日本の農水省より許可され、多いに感謝された。大統領は、内政では治安の改善にも努力し、人口10万人あたりの殺人発生件数も大幅に減少、世界ランキングでは1位から4位に落ちている。この治安対策、麻薬取締強化の政策から米国政権、オバマ政権のみならずトランプ政権との関係も良好である。いずれにしろ、憲法上は、明示的に再選が禁じられているにもかかわらず、最高裁が憲法の大統領再選禁止条項を適用不可と判断したことから、今次選挙に立候補をし、選挙では苦戦しつつも、再選を果たすこととなった。エルナンデス大統領は、第二期政権においても、経済促進、治安改善という政策を継続するものと思われる。

 次に、セラヤ元大統領。元は、二大政党である自由党出身として2006年大統領に就任。富裕な実業家の家に生まれ、反米左派とは、本来関係ない人物といえる。またホンジュラスは、冷戦時代から国内に米軍の基地を認めている伝統的な親米国である。ところが、2006年半ばから2007年半ばにかけて、石油の値段が1バレル約70ドルから90ドル強へと高騰したことを背景に、石油を安く手にいれるため世界最大の原油埋蔵量(約3000億bbl)を誇るベネズエラのチャベス政権に接近、反米左派グループである米州ボリバル代替統合構想 [1] に2008年参加、チャベス大統領の中米・カリブの中小国を引きつける戦略に基づくペトロカリベ・エネルギー協力協定 [2] に2008年加盟した。セラヤ元大統領は当時、過去の長年にわたるコーヒー輸出の努力が最近の石油価格の高騰で無になりつつあると述べており、ホンジュラスの経済困難と、チャベス・ベネズエラ大統領の石油を手段に中米・カリブ諸国との関係強化を図る外交戦略とが合致したものといえよう。ホンジュラスが、第二のキューバ、ベネズエラになることを恐れ、セラヤ大統領が憲法を改正し任期を伸ばすことを防ぐため、与党自由党の幹部と軍が結託。2009年6月28日未明、セラヤ大統領はパジャマ姿のまま逮捕され、コスタリカ行きの飛行機に乗せられ、国外追放された。自分は、2013年の大統領選挙期間にセラヤ元大統領を私邸に訪ね、懇談した。白いカウボーイ・ハットをかぶり、口ひげをはやしたその容貌は、一度会ったなら忘れることが出来ない。その後、自分の在任中も野党のリーダーとして、国会内外での政治活動を継続していた。ホンジュラスでは、既存政党に対する国民の不信感が強い。多くの国民にとり最大のテーマである貧困対策も十分には進まない。セラヤ元大統領は、このような国民の不満を糾合する役割を、野党のリーダーとして今後も続けていくと思われる。



1. 現在の名称は米州ボリバル同盟、ALBA、加盟国はベネズエラ、キューバ、ボリビア、ニカラグアなどで、ホンジュラスは、2010年1月に脱退。なお、チャベス大統領が、反米路線を露わにしたのは、2002年の反チャベス・クーデターの際、暫定政権を米国が即時承認したことが契機になったと言われる。

2. ベネズエラ石油を相手国にとって有利な価格と支払い条件を提供、加盟国は、ベネズエラ、キューバ、ドミニカ共和国、ベリーズ、ジャマイカ、ニカラグア、ハイチ、バハマ、ドミニカ、グレナダ、セントルシア、スリナムなど。なお、ホンジュラスは、2009年7月に資格停止、2013年5月に復帰。