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前門の『熊』,後門の『龍』=カザフスタンのバランス外交=


駐カザフスタン大使 川端 一郎

 2018年7月6日、カザフスタンでは、アスタナ建都20周年が祝われた。新首都は、黒川紀章氏の基本設計により開発され、日本政府もODAで空港改修や上下水道整備等インフラ構築に協力するなど、日本との縁も深い。

 しかし、20年前、ナザルバエフ大統領は、何故、この国の首都を、長年カザフスタンの中心であった最大都市アルマティから、ソ連時代に処女地開拓の拠点として開発された小都市アクモラ(ソ連時代の名称「ツェリノグラード」)に移転する決断を下したのだろうか。アルマティは地震が多く危険である、アルマティは山麓にあるので都市発展領域に限界がある、アルマティは南端にあるので首都として他都市との距離がアンバランスである、過去を断ち切り新時代を造る等々が指摘されたが、最大の理由は、対中国国境に近すぎる(最短直線距離約300㎞)一方、対ロシア国境からは遠すぎる(同約900㎞)という安全保障上の懸念であると言われている。中国との国境は1783㎞であるが、ロシアとの国境は7591㎞もあり、しかも国境地域では、ロシア人住民がカザフ人住民より多い地区があるなど、カザフスタンのプレゼンスが希薄なのである。ロシアがウクライナに仕掛けた「ハイブリッド戦争」が頭に浮かぶが、カザフスタンでは、人口のアンバランス解消のため、南部のカザフ人に対して北部諸州への移住が奨励されている。かくして、ナザルバエフ大統領は、首都をアルマティから980㎞北のアクモラ(その後アスタナに改称)に移転したのである。

カザフスタン地図

 カザフ人は、歴史的に、ロシアと中国(モンゴル)という2つの大国の狭間の中で生きてきた。カザフスタン外交の第1の柱は、「全方位外交」である。全方位といっても、二国間関係には優先順位がある。ロシア、中国、中央アジア、米国、欧州(EU)、NIS、トルコ、イラン、日本、韓国といった具合だ。その中で、ロシアは別格で、唯一の同盟国である。そして、中国以下各国はパートナーに位置づけられている。カザフスタンにとって、ロシアは、安全保障上、最も重要な国である他、経済的結び付きも強い。カザフスタンは、長きに亘り帝政ロシア、ソ連の一部であったため、カザフ人の中には、ロシア人支配によりカザフ民族が抑圧されたことに対する「憎悪」と、先進文化・文明開化がロシア人によってもたらされたことによる「愛好」が同居しているように思われ、良い意味でも悪い意味でも、ロシアは特別の国なのである。ナザルバエフ大統領は、ロシアとの友好関係の維持に細心の注意を払いつつ、出来るだけ多くの国とのパートナーシップ関係を発展させるためのフリーハンドを得るべく腐心している。

 もう一方の隣国中国は、パートナーの筆頭であり、カザフスタンは、中国から最大限の経済的利益を得ようとしている。中国の進める「一帯一路」構想と自国のインフラ開発計画を接合させ、中国からの投資により、インフラ整備の他、産業振興、輸出促進、雇用創出など経済の高揚を目論んでいる。中国から欧州への陸上物流の70%がカザフスタン領を通過することになるため、中国にとってカザフスタンの重要性が増大し、中国もカザフスタンに配慮している。一昨年、ナザルバエフ大統領の訪中の際には、冶金、石油・ガス精製、石油化学、機械製造、軽工業、建設、農産品加工、運輸・物流などの分野で、51件のプロジェクト(総額270億米ドル)が合意され、昨年までに4件が実現し、現在も各地で実施されていると言われている。ナザルバエフ大統領は、中国との関係を他の国の模範となる関係であると賞賛し、中国から更なる協力を引き出そうとしている。

 同時に、中国に対する警戒も怠らない。歴史的に培われたものと思うが、カザフ人は、中国人に対して潜在的な脅威と不信感を持っており、一般市民の間に容易に反中感情が露出する。2016年春、対外国人農地賃貸期間の延長を可能にする改正土地法が施行される直前に、中国人がカザフスタンの土地を買い占めてしまうとのデマが流れ、各地で大規模な抗議行動が発生し、その社会不安をきっかけにテロ事件が勃発する事態が起こった。この原稿を書いている2018年7月現在も、中国人がカザフスタンを侵略・支配するとの「中国脅威論」がSNSに現れ、在アルマティ中国総領事が、通信社のインタヴィユーを通じて火消しに躍起になっている。カザフスタンは、日本を含むOECD加盟国など45カ国の国民に短期無査証入国を認めているが、これ程関係が密な中国の国民は除外されている。今、アスタナでは、2019年開通を目指して、中国との協力の下で、軽量軌道交通(LRT)が急ピッチで建設中だ。本年春以降、中国人作業員が4-5千人規模で働いていると言われているが、彼らは、塀で囲まれた工事現場で働き、宿舎と仕事場の移動も専用車両で行われている由である。確かに、旅行者ではない中国人が大勢で街を闊歩している姿は目にしない。

 カザフスタン外交の残る2本の柱は、問題を徒に政治化せず経済的利益を基礎に解決するという「現実主義」と、敵を作らず、より多くの国(特に米、EU、日本等の先進国)と友好関係を築き、国際機関に積極的に加盟して国際社会に貢献し、国際的信頼を得るという「国際協調主義」である。何れも、「全方位外交」を推進する上で不可欠の要素になっている。よくカザフ人は、「俺たちは、北の『熊』と東の『龍』の間で生きて来たが、この試練はこれからもずっと続く。」と言い、バランス感覚が重要である点を強調する。カザフスタン外交の3本柱こそが、ロシアと中国という2つの大国の狭間でしたたかに生き延びる術になっている。

 カザフスタンの国家戦略は、2050年までに世界の先進30カ国の仲間入りを果たすことである。そのため、国家機関・公務員制度改革、法令整備、汚職追放、資源依存からの脱却と産業の多角化、民営化、金融改革、技術刷新など、さまざまな分野で改革を進めることにより、「中所得国の罠」を回避し、レベルアップすることに努めているが、その道は決して平坦ではない。目標達成を可能にするのは、自助努力であることは論を待たないが、同時に日本や欧米などの先進国との協力が大きな役割を果たす。カザフスタンは、昨年、旧ソ連諸国で初めて万国博覧会(アスタナ国際博覧会2017)を開催したし、中央アジアで初の国連安保理非常任理事国として活動している。また、カザフスタンは、シリア停戦合意達成のための「アスタナ・プロセス会合」を開催している。EUは、カザフスタンと「強化されたパートナーシップ協力協定」を結び、対中央アジア協力の拠点とみなしている。これらは、カザフスタンのバランス外交が、国際社会との絆を強化し、信頼を獲得する上で大きな成果をあげていることを示している。

 最初に述べたカザフスタン外交にとっての優先順位から言うと、日本は9番目位に位置する。しかし、核軍縮・不拡散の分野では別格で、カザフスタンにとって最大のパートナーだ。カザフスタンでは、ソ連時代、セミパラチンスク核実験場で、40年間に456回の核実験が極秘裏に行われ、うち116回が地上・大気圏で行われたため、長年に亘り200万人以上の住民が甚大な放射能被害を被ったという事実がある。現在さまざまな分野で進められている日カザフスタン協力も、日本が、同じ被爆国として、独立直後のカザフスタンに核医療、非核化の分野で支援の手を差し伸べたことが原点になっている。更に、先端技術の分野でも、日本は別格である。対日外交の優先事項は、貿易経済関係の発展と日本からの先端技術導入であり、カザフスタンからは常に秋波が送られている。

 高い志を持ち、常に前を向いて走る親日国カザフスタンにエールを送りたい。

(2018年7月28日記)

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