第47回 夢

元駐タイ大使 恩田 宗

「初夢に故郷を見て涙哉」。小林一茶、32歳。6年に及んだ西国行脚の際の句である。日に3度まともな食が得られるか、日が暮れて屋根の下で眠れるか、全てが心もとない漂泊の旅だった。生まれ育った信州柏原宿のどんな光景・体験を夢に見たのだろうか。

 人は何故夢を見るのだろうか。科学的な夢研究が心理学と生理学の二方向から行われて100年余り経つ。分かったのは、人は皆夢を見る、主に一晩4~5回起こるレム睡眠中に見る、合計1時間半程になる、夢を見ている最中は視覚や情動・直観に関係する脳の一部が活性化しているが思考や記憶など他の部分は不活溌である、その為時々奇妙な内容が入り記憶には長く残らない、殆どの夢は日常的で平板な内容である、時に色がつく、性別国籍による差は大きくない、印象的出来事が夢になる確率は高いが深く思っていることが必ずしも夢にならない、追われたり道に迷ったりなど恐怖や不安の夢を繰り返し見ることがある、訓練すればこれは夢だと自覚できる、等々である。

 然し夢は何なのか何等かの意義や役割があるのかはまだ解明されていない。睡眠中に脳が出す雑音にすぎないとする説もあるが夢の心理的生理的な機能についての探求は続けられている。夢は抑圧された欲望の充足でそれにより睡眠が無事取れているとのフロイト説は否定されて久しい。近年になり、睡眠中脳が記憶を選択整理し固定化する作業を行う際に生じるものとする説、脅威に迫られるような状況に対応するための心的シミュレーションだとする説、などが出されているが反論もあり決定打になっていない。

 毎日7~8時間眠り1時間半夢を見るとすると人生80年の間には目覚めて55年、無意識の休息に20年、夢の世界に5年生きることになる。その5年の殆どが本人にも分らず闇の中である。内視鏡やMRIで体の中は覗けるようになった。夢も映像に記録し後で見ることができるようになるだろうか。知らなかった自分、本当の自分がそれで解るのであれば見てみたいと思う。ただ、脳が夢を記憶するように出来ていないということは自然の摂理がその内容は知る必要がないと言っているのかもしれない。パンドラの箱の可能性がある。

 初夢に縁起のいい夢を見たいと思ったが初夢とは大晦日から元日の朝にかけて見る夢のことかお屠蘇を頂いた元日の夜になり見る夢のことか確信がなかった。図書館に行き歳時記をみたら「正月2日の夜に見る夢をいうことが多い。昔は江戸では大晦日の夜の夢をいい・・他に元日や3日の夜とする所もあった」と書いてあった。大晦日から三が日の間の夢で一番よさそうなのを初夢だとすればいいのである。