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北朝鮮の非核化は実現するのか

元駐韓国大使 武藤 正敏

米朝交渉までの道のり

 金正恩朝鮮労働党委員長が新年の辞で、平昌オリンピックに代表団参加の意向を述べて以来、急速に南北融和が進み、中朝が接近し、6月12日にはシンガポールで米朝首脳会談が行われた。

 北朝鮮はこれまで核ミサイルを開発し、配備すれば体制が存続できると考えていたが、米国の圧力が高まり、核ミサイルを保有しても体制存続できないと考えたのであろう。米軍による攻撃の恐怖に加え、経済制裁、父親から受け継いだ統治資金の枯渇によって北朝鮮は行き詰っていた。

 北朝鮮は苦境に陥ると韓国に接近する。韓国の文在寅氏の閣僚、青瓦台首席秘書官等主要高官の半数は学生運動出身の左翼政権である。文氏は北朝鮮を追い詰めず、立ち直らせたいと考えており、北朝鮮はまず核凍結し、支援を受けながら、最終的に非核化すればいいと考えている。金正恩氏は最も御しやすい文在寅氏と手を握ったのである。

 4月と5月、2回行われた南北首脳会談は、両首脳の親密さ、平和ムードを演出した政治ショーであった。核問題については、板門店宣言で「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認した」だけであり、実質的な進展はなかった。他方、南北関係については、休戦協定の平和協定転換、南北首脳会談定例化、敵対的行為の全面中止に合意するなど進展があった。2回目の会談は米国が米朝首脳会談の中止を表明し、北朝鮮が韓国に助けを求める形で行われた。

 金正恩氏は米朝首脳会談に備え、対米交渉力を高めるために2度中国を訪問し、関係を修復した。1回目は中国に北朝鮮の後ろ盾となることを要請するためであり、2回目は段階的非核化、北朝鮮への体制保証について中国に口添えを依頼するためであったと思われる。

非核化が実現するか疑わしい

 米朝首脳会談の結果は金正恩朝鮮労働党委員長にとって満足のいくものであった。会談場所のカペラホテルに着いた時の金正恩氏の表情は硬く、怒っているかのように見えたが、会談後トランプ大統領と連れ立って歩いたときに表情は満面の笑みを浮かべていた。

 会談の主要な議題は、北朝鮮の非核化、北朝鮮に対する体制の保証であった。

 非核化問題で米側の交渉役は、ポンぺオ国務長官であった。トランプ氏は、完全な非核化の意思が確認できなければ会談を中座するといい、北朝鮮の非核化の意思が曖昧であるとして、一時は米朝首脳会談を中止した。したがって、米朝首脳会談では、非核化の道筋についても話し合われ、それなりの成果も出るだろうと期待された。

 しかし、同日発表された共同声明を見ると、非核化について「金委員長は、朝鮮半島の完全な非核化を強く断固として取り組むと再確認した」「2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮が朝鮮半島の完全なる非核化に向けて取り組む」とするのみであり、今後の非核化の道筋には触れていない。会談直近の見通しでは、非核化の具体的な内容まで合意できないであろうとの観測が広がっており、大きな枠組みの原則合意に留まるのではないかといわれていた。それでも日米が主張してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(以下CVID)は合意するであろうと考えていたが、その点に関する合意もなかった。

 トランプ氏は記者会見で、合意は完全な非核化ということであり、検証も含まれると述べた。これまで北朝鮮は何度も約束を反故にしてきた。合意内容は少なくとも文書に書き込まなければ、守るはずがない。他方、このような曖昧な表現でしか合意できなかったのだとすれば、文書化すべきではなかった。

 北朝鮮はこの合意を受け、朝鮮中央通信が、「朝鮮半島の平和と非核化プロセスで『段階的』『行動対行動』の原則遵守との認識を共有した」と述べた。北朝鮮は自己流の解釈で突き進む考えである。

 加えて、ミサイルの問題について何が話されたのか明らでない。トランプ氏は会談後に記者会見で、北朝鮮はミサイルのエンジンの試験場を破壊するとのべた。しかし、日本を射程とする「ノドン」や「ムスダン」は実戦配備済みであり、日本にとっては意味がない。 

トランプ大統領にとって首脳会談は成功だった?

 トランプ氏にとって米朝首脳会談を自身の成果とすることが重要であり、「実よりも名をとった」会談であった。

 トランプ氏は、文在寅大統領の特使として訪朝した鄭義溶国家安保室長との面会の席上、金正恩氏の要請を受けて米朝首脳会談の開催を独断で決断した。トランプ氏は北朝鮮を屈服させるつもりだったのだろう。しかし、北朝鮮は、米国の強い姿勢に反発し、首脳会談準備のための実務協議をボイコットした。また、崔善姫外務次官がペンス副大統領を「政治的に愚鈍な間抜け」と冒とくし、核保有国になった北朝鮮はリビアとは違うと強硬な談話を発表した。これを受けトランプ氏は、突如米朝会談の中止を発表した。これに驚いた北朝鮮が、金桂官第一外務次官の談話で、「いつでもどのような方式でも向かい合って問題解決の用意がある」と前言を翻し、金英哲統一戦線部長が米国を訪問して、トランプ大統領やポンぺオ国務長官と面談すると、会談を再設定した。

 トランプ氏の会談中止表明の時点では、米国が優位に立ち、北朝鮮に対し譲歩を迫れる立場にあった。しかし、トランプ氏が会談の再設定に応じたため、北朝鮮は、会談中止表明はトランプ氏のブラフとみて、むしろ頑なな交渉姿勢を取るようになったのではないか。

 米朝間の会談準備では、CVIDを求める米国と、段階的な非核化、体制の保証を求める北朝鮮との間で調整がつかないまま会談日程が迫った。米朝両国の首脳は、会談2日前にシンガポール入りし、実務者会談も継続した。トランプ大統領は、会談の前日チャンスは1回限りであると述べ、北朝鮮が歩み寄るよう最後の圧力をかけた。また、ポンぺオ国務長官は記者会見において、最も重要な点は「検証である」と述べた。しかし、最後まで米側の意向は反映されず、北朝鮮ペースに終始した。トランプ氏の会談を急ぐ焦りが逆目に出た結果である。

会談が北朝鮮ペースで進められたワケ

 米朝首脳会談が北朝鮮ペースで進められた背景には、交渉に当たる米国と北朝鮮の立ち位置の違いがある。トランプ氏は、歴史的な首脳会談を実現し、自らの政治的成果とすることで今年11月の中間選挙や2年後の大統領選挙に向けて利用したいと考えている。トランプ氏にとって重要なことは会談が成功したと主張できることである。

 他方、金正恩氏は生きるか死ぬかの外交をしている。金正恩氏は、核ミサイルは体制の安全保障のために手放さずに米国と関係を進め、生存を図りたい。したがって粘り腰で非核化を遅らせその間にできるだけ多くの経済支援を勝ち取ろうとした。

 北朝鮮は遅延戦術を駆使し、時間切れとなった米国が譲歩を迫られたのである。そもそも、会談再設定からの準備期間は2週間ほどしかなかった。米国としては首脳会談の日程を設定せず、北朝鮮をじらしつつ北朝鮮が非核化に向けて歩み寄りを見せたところで会談日時を決めるのが得策であったであろう。交渉上手なトランプ氏の作戦負けである。

北朝鮮の非核化にとって前進と言えるのか

 米側は、この会談は出発点であり、来週以降ポンぺオ国務長官やボルトン補佐官が北朝鮮側と詰めていくという道筋を考えている。そのため、記者会見ではCVIDが実現されるまで制裁を継続すると述べた。しかし、北朝鮮からきちっとCVIDの約束を取り付けることができなかったことは今後に禍根を残しかねず、先行き楽観的にはなれない。

 第一に、今後閣僚レベルで詰めていくにしても、トランプ・金正恩の間で合意した以上の譲歩を北朝鮮側が容易にするとは思えない。その原因が今回の会談にあるとしても、これを大成功とするトランプ大統領としては、合意が間違っていたとは言えない。

 第二に、北朝鮮が非核化のふりをして時間稼ぎをし、その間に体制を立て直して核ミサイルを開発する機会を与えかねない。

 第三に、米朝で合意文書ができれば、それをテコに中国、韓国、ロシアが制裁の手をゆるめることが容易に想像できる。中朝国境の貿易や、開城工業団地の再開準備ともとれる連絡事務所設置の動きを示し始めている。北朝鮮が非核化を進めなければならない必要性が少なくなる。

 今回の合意を受けて、日本は核ミサイルを保有する北朝鮮といかに向き合うか真剣に考えざるを得ない状況になるかも知れない。

終戦宣言は盛り込まれず

 今回の会談で、朝鮮半島の終戦宣言について合意するのではないかと言われていた。北朝鮮にとって非核化する上での最大の懸念材料は体制の保証であり、終戦宣言はその第一歩となるものである。朝鮮半島に恒久的な平和をもたらすことは重要であり、そのため北朝鮮に安全保障を提供することは肯定的な動きである。

 金正恩氏は、「相手を刺激して敵視する軍事行動を中止する勇断を下すべきだ」と発言した。しかし、緊張緩和措置は双方が採るべきである。

 米国は、8月の米韓合同演習の中止や在韓米軍の削減を考えているようである。朝鮮半島の緊張が緩和するのは良いことであるが、そもそも朝鮮半島の緊張を高めているのは、38度線沿いに配備された北朝鮮の膨大なる長距離砲である。また、天安艦砲撃、延坪島砲撃など数々の衝突事件を起こしているのは北朝鮮側である。米韓側が緊張緩和を図るなら、北朝鮮に同等に緊張緩和の措置を求めるべきではないのか。

 北朝鮮の要求を一方的に聞くだけでは交渉にはならない。今回、終戦宣言が合意文書に盛り込まれなかったのは、非核化についての言及が不十分だからであろう。今後、終戦宣言、平和協定の締結を考える際には、北朝鮮の体制を保証するという視点ではなく、朝鮮半島の平和と安定という視点に立ち、双方が緊張緩和に協力する交渉が必要である。

北朝鮮の人権問題は深入りせず

 トランプ氏は記者会見で質問に答え、人権問題については細かいところまで議論した、と述べた。しかし、そこで強調したのは米国の戦争捕虜・行方不明兵士の遺体回収、帰還問題のようである。記者の質問の趣旨は、金正恩体制の圧政下で政治犯収容所に送られ、惨殺されている北朝鮮住民のことである。

 北朝鮮は米朝関係を改善し、国際社会に復帰することで経済開発をすることを目指している。しかし、北朝鮮の人権状況がこのままであれば、北朝鮮を支援しようとする国際機関はないだろう。閉鎖された社会のままで、北朝鮮に投資をしようとする健全な企業は現れないだろう。国際社会に北朝鮮を復帰させるためには避けて通れない道である。

 反面北朝鮮政権が住民に対する抑圧を開放すれば反政府活動が広がり金正恩体制は持たないかもしれない。行き場のない問題ではある。

拉致問題についてはいかに言及したのか

 トランプ氏が拉致問題を取り上げた際、北朝鮮は未解決の問題とは言わなかったようである。拉致被害者家族は今回が最後の機会であるとして希望を持っている。最終的に解決しなければないのは日本政府であり、安倍総理も真剣に取り組んでいる。

 北朝鮮にとっても日朝首脳会談を開きたいはずである。日本との戦後処理の問題は片付いていないので、日本からの資金援助に期待している。拉致、核ミサイルの問題が包括的に解決されれば、国交正常化し経済協力を提供することになるであろう。

 北朝鮮はこれまでもスウェーデン合意に基づく調査を途中で打ち切っている。北朝鮮のような統制国家で、監視対象の拉致被害者の状況を知らない筈はない。こうした対応は北朝鮮の誠意のなさの象徴である。拉致問題解決の意思を如何に持たせるかが鍵であり、日本は高等戦術で交渉していく以外ない。お願いベースでは北朝鮮の思う壺である。その際、2点留意する必要があるように思う。

 第一に、北朝鮮が一部の被害者のみ帰国させると揺さぶりをかけてきた場合どうするか。

 第二に、北朝鮮に対し現金を渡すことは控えるとして、経済協力を行っても、現地の労働者の賃金は北朝鮮がピンハネすることは避けられない。非核化が進んでいない時期の合意は北朝鮮に核開発資金を提供しかねない。

 日本は非核化の進展といかに連動して拉致問題の解決にあたるか、難かしい交渉が待っている。