トランプ大統領に熱く語ったマクロン大統領の米国訪問


前駐グアテマラ大使 外務省参与 川原 英一

 4月17-18日の日米首脳会談後のことであったが、4月23日から25日まで3日間の日程でマクロン仏大統領夫妻が米国を国賓訪問している。昨年7月のトランプ大統領夫妻のフランス訪問を受けた今回のマクロン大統領夫妻の米国訪問を、米国独立以来の米仏両国の緊密な友好関係、及び第一次大戦終了から100周年を奉祝する訪問とホワイトハウス報道官は位置付けた。マクロン大統領の米国訪問中、歓迎レセプション、両首脳による共同記者会見、又、米議会でのマクロン大統領演説などがあり、こうした場での米仏首脳の発言は、両国関係と両首脳の考え方を窺い知る上で、大いに興味深いものと感じられた。

(周到な発言の目立つトランプ大統領、同大統領へ誠実に語ったマクロン大統領)

 公式行事の際のトランプ大統領の発言内容は、日頃のメディアの注目を惹くツィッター発言とは異なり、事前に周到に準備された発言振りであり、メディアを通じ、自らの大統領としての実績に注目してもらう情報発信の機会として利用している。同大統領は、米国独立以来の米・仏間の歴史的に緊密な同盟関係、米朝首脳会談、イラン、シリア、中東地域の安定化など多岐にわたって発言。

 他方、マクロン仏大統領は、両国間の自由・民主主義といった共通価値観で古くから結ばれた緊密な友好・信頼関係の歴史、欧州からみた米国の指導的役割、自らの世界観に基づく21世紀の課題について、トランプ大統領の外交、貿易、環境などへの問題対応とは異なる立場や考えを熱く語り、注目された。また、米議会でのマクロン大統領演説の際、演説途中で、嵐のような拍手が再三にわたり議場内で湧き起こっていた。

 日本の主要メディアは、仏大統領の訪米時の両首脳発言を具体的に取り上げていない(※産経新聞4月27日付社説が、「欧州で内戦を煽るロシア」との小見出しで、ロシアと中国の影響力がEU地域で増す可能性を指摘するなかで、米国は多国間主義を堅持してほしいとのマクロン大統領の発言に言及した程度である)。以下、仏大統領訪米の際の米仏両首脳の注目発言をいくつか御紹介させて頂きたい。

(米国の最古の同盟国)

 トランプ大統領は、仏ラファエット将軍とジョージ・ワシントン米国初代大統領の活躍の話を取り上げて、米国独立戦争を支援し、米国と最初の通商友好条約を結んでくれた最古の同盟国である仏への深甚なる謝意を述べ、2週間前に実施したシリアの化学兵器関連施設への攻撃作戦に仏が米・英と共に参加したことを称賛。さらには、米仏両国の大統領選挙で、両大統領が選出された背景には、期待を寄せた一般国民の声によく耳を傾けたことによるものであり、各々国民から国の将来を託されたとの見方も述べた。

 (米仏両国間での貿易・投資機会の促進)

 米国主要紙WSJ(ウォールストリート・ジャーナル)4月26日付は、今回の仏大統領の米国訪問、その直後4月27日のメルケル独首相の米国訪問を、米国による輸入鉄鋼・アルミ製品への高率関税の適用免除期限が切れる今年5月以降、仏、独への適用免除を引続き確保するためではないかとの見方を報じた。米・仏両首脳の共同記者会見では、マクロン大統領から、鉄鋼・アルミ分野での過剰生産状況にふれて、市場の不安定化や不公正競争をもたらさないよう、米国と共に対応して行きたいとの考えを述べている。他方、同盟国である米仏間の貿易事項については、多国間国際貿易ルールを順守すべきであり、両国企業が持続的かつ安定的枠組みの下で活動ができるようにすることで一致したと発言。又、記者質問に答えて、両国間のモノ・サービス貿易収支には大幅不均衡はなく、均衡しているとマクロン大統領が述べている。

(トランプ大統領が語った米朝首脳会談、米中貿易協議、中東への貢献と米国内政)

 同じ共同記者会見で、トランプ大統領は、北朝鮮に対して、過去25年間、歴代政権、指導者がなすべきことをしてこなかったとの過去の政権批判を行った上で、自らの行動により、誰もが予測していなかった事態が進展していると自賛。6月上旬までに予定されている北朝鮮との首脳会談については、非核化(denuclearization)の言葉を特に強調して発言。その後のロイター記者からの質問に答えて、「北朝鮮自らが核兵器を除去する(I want them to get rid of their nukes)ことだ」と補足している。又、注目される米朝首脳会談の結果については、「今に分かるだろう(the end result is, we’ll see)」と述べている。

 さらにトランプ大統領は、中国が北朝鮮への経済制裁措置に実質的によく協力してくれたこと、中国習国家主席と自らとの関係が良好であると発言し、中国政府の招きで、米・中間での貿易協議を行うため、ムニューシン財務長官、ライトハイザーUSTR代表等からなる米交渉団が、近く訪中する(※時期は5月初めと米各紙は報道)こと、又、習主席が最大限の敬意をもって自分(トランプ大統領)にこれまで対応してくれていると称賛した。このような発言は、トランプ大統領がツイッターを利用して、中国の不公正な貿易、中国進出の米企業への知的所有権侵害等に対してこれまで繰り返し行ってきた対外発信とは異なるトーンの発言内容であり、公式行事での発言の際に、同大統領が明確な使い分けをしている具体例であろう。

 シリアからの米軍撤退に関連して、同大統領は、中東の富裕な国々が、中東の平和と安全のために財政的貢献を今後行うことを期待すると述べている。他方、米国は、これまで中東地域に7兆ドルの貢献をしてきたものの具体的成果はなかったと過去の対応を批判した上で、米国内政に転じ、同大統領自らの選挙公約であった米国内の学校・橋などインフラ整備のための予算承認について、米議会が極めて慎重な対応に終始したとの発言も行った。

(拍手の嵐で迎えられたマクロン大統領の米議会演説)

 さて、4月25日に行われたマクロン大統領の米議会での約50分間の演説は、40歳の若き大統領による格調高い内容であり、歴史的交流にふれてユーモアある発言も行っている。この演説内容は、日本で翻訳・出版されても良いのではないかと思うくらいである。同演説の中でマクロン大統領は、

1.米・仏両国の自由(freedom)と民主主義の価値観共有の歴史的な結びつきから始めて、21世紀の課題となっている格差、地球環境への脅威、テロ対策などへの答えを、孤立主義、ナショナリズムのような短期的処方箋に見出すのではなく、しっかりとした成果を生みだす強い多国間主義(multilateralism)であること、新たな21世紀の世界秩序を再構築するには米国の関与が必須であること、戦後、米国が創出した多国間主義の強化に向けて両国が共に協力していくこと、米国が今後も指導的役割を担うべきと語っている。又、自由かつ公正な貿易を重視している点は理解をするが、大きな貿易赤字の是正のための過度な規制は、貿易紛争を惹き起し、雇用を減らし、物価は高騰し、民主主義の中核的存在である中産階級により多くの負担を強いることになるので、世界貿易機構(WTO)のルールに従うべき、

2.未来の世代が住みやすい地球環境を提供できるように取組む使命があること、地球に代わる星は存在しない、低炭素社会に向けた円滑な移行をめざし、この地球を再び偉大なものとすべきであり、地球温暖化防止のためのパリ合意に米国がいずれ復帰することを期待、

3.イランとの核合意を悪い取引であったと離脱意向を表明したトランプ大統領の立場は承知しているとしつつも、イランに永遠に核保有をさせないとの観点から、現在の合意に対し米国が有する懸念を反映した、より包括的合意に向けて着手することで米仏両首脳の見方が一致した、2025年までイランによる核活動の阻止、大陸弾道弾活動の停止、中東地域でのイランによるテロ支援を通じた影響力を封じ込めるために、イランとの新たな合意に向けて自らが着手したいと述べている。併せて、現在のイランとの合意は、米国のイニシアティブによるものであり、仏も署名をした、他方、現在のイランとの合意を放棄して、イランを縛りのない状態のまま放置することは出来ない。

4.演説の最後に、58年前の1960年の同じ4月25日、ドゴール仏大統領が行った米議会での演説に触れて、両国間の友情を非常に大切に思う気持ちは、今も強く持ち続けており、高い理想を掲げて、勇気と決意をこめて、21世紀の世界秩序の再構築に向けて邁進する意欲を熱く語っている。

(両首脳発言から垣間見えた米仏関係) 

 米国が過去2度の世界大戦に参戦してくれたことへの深い感謝を述べた後、マクロン大統領は、外交、貿易・環境政策で、米国第一主義のトランプ大統領とは立場が異なることを、真剣かつ説得力ある言葉で語る姿を見て、米国民の大多数の人が共感したのではないかと思われる。立場の違いを超えて米国に対し、戦後の世界秩序を構築した指導的役割は縮小すべきではないと強調して、マクロン大統領が、今後、米国がとるべき道を誠実に語る背景には、古くからの友好・信頼関係を有する同盟国であるフランスであればこそ、もの申すとの熱い姿勢が感じられる。トランプ大統領に対して政策転換を求めたマクロン大統領の一連の発言が、今後のトランプ大統領の姿勢にどの程度の影響を与えるのかについて、米主要紙(例えば、ニューヨーク・タイムズ26日付社説)も関心を示しており、今後の推移に注目する必要があろう。