カタルニア独立運動はどこへ


駐スペイン大使 水上 正史

 先日大使会議の機会に帰国した際、多くの方々からカタルニアはどうなっているのか、大変だなとの声を頂きました。私の答えは、「何も変化はありません、この問題が引き金となってテロが起きることもないし、カタルニアが独立することもない」ということです。

 どうして私がそう考えるかをここに簡単に説明したいと思います。

 昨年8月17日にバルセロナ市内で発生したテロ事件や昨秋来の独立運動の関連でカタルニア州前知事が逮捕をおそれて国外逃亡している件などが日本では大きく報道されているため、カタルニアでは何かとんでもないことが起きているとの印象が一部日本では流布されていますが、それは全くの間違いです。

 私は1979年夏から2年間、外務省の在外語学研修生としてスペインにいました。その時、スペインでの地方独立問題やテロ問題というのはバスクの問題であり、カタルニアについて語っているのを聞いたことがありませんでした。

 ETAという名前を耳にしたことはありませんか?「バスク祖国と自由」という団体です。1959年にバスク民族主義党から分離独立した若手の民族主義者たちによって設立された団体です。多くのテロ活動を展開しました。バスクに於ける内紛で、800名以上の人が亡くなっています。しかし、2010年9月5日に、「バスク祖国と自由」はビデオ声明を出して武装闘争の停止を決めたと発表し、その後2017年4月7日付の書簡では完全武装解除を行うと表明、翌8日には武器を秘匿している場所のリストをフランス警察に渡し、武器引き渡しを行いました。

 それに前後してバスクは大きく変容し、バスク地方は食の地域としてスペイン国内や日本を含む諸外国で知られるようになりました。バスクの中心都市のひとつであるサンセバスチャンは、食の街として世界に広く知れ渡っています。いわく、市内レストランの獲得しているミシェランの星の総数を人口で割ると、世界一となっています。多くの人たちが食を求めてサンセバスチャンを訪れるようになり、サンセバスチャンは人口僅か18万人の小さな地方都市ですが訪れる観光客の数は年間200万人を数えています。こうした一連の動きに一役買ったのは料理人たちです。日本のメデイアでも時々取り上げられていますが、土地の食材を使いつつ例えば日本のオブラートを使った新しい料理を提供しています。これはここ20年の動きです。土地のイメージを変えるというのはある程度の年月は必要ですが、そう難しいことではありません。もはや、バスク地方を訪ねてもここでスペイン人同士が戦闘行為をしていたことの面影を見つけるのは難しくなっています。因みに、バスクにはエイバルという小さな市があり、そこのサッカーチームでは日本代表の乾貴士選手が活躍しています。

 このバスクの動きからすると、今のカタルニアの動きは、極めて平和裏に推移しています。いわゆるテロの動きはありません。ある意味のどかな動きです。スペインではバスクでのETAの時代の苦い思い出があるので、カタルニアがそう簡単にテロを警戒しなければならないところになるとは思っていません。(加えて、スペインでは1936年から39年にかけて「スペイン市民戦争」で、多くのスペイン人同士が命を落としました。)スペインの人たちは国内の問題を血をもって解決しようとする動きに、強い拒否反応を持っています。

 これが、独立問題が引き金となってテロ(の連鎖)が起きることはないと冒頭私が述べた論拠です。次に、「独立することもない」という点についてその論拠を説明します。

 カタルニアとは何なのかというのは、少し複雑すぎてこの場でお話をするのはやめますが、スペインが成立してから大きな闘いが2度ありました。最初は、1701年から14年まで行われた「スペイン継承戦争」です。そして20世紀に入ってスペインで市民戦争が起きました。双方とも国を二分する大きな闘いでしたが、カタルニアはいずれも負けた側についたのです。

 カタルニアには2種類の人たちが住んでいます。第一は、代々同地で暮らしてきた家系に属し、教育水準が高く、カタルニア語を第一言語とする人たちです。独立賛成派は、このグループに多く属します。カタルニア・ファーストです。これに対して、多くの人たちが域外から流入しています。アンダルシアなど比較的貧しい地域から経済的機会を求めて来た人たちです。こうした人たちは、カタルニア・ファーストではありません。そしてカタルニアの都市部を中心に生活しており、多くは独立反対派を構成しています。

 カタルニアでは、伝統的にカタルニア・ファーストの人たちが4分の1ほどいると言われています。今世紀に入った頃から分離独立運動が活発化し、昨年10月頃にピークを迎えました。しかし、この時でも世論調査の結果からして独立支持派が50%を超えていたわけではありません。しかし、当時の州政府幹部は、勢いで独立支持が50%を超えるのではないかと期待して住民投票の実施に賭けたことで、住民投票を認めないとする中央政府と決定的な対立に入りました。州政府は投票を強行し中央政府はその無効を訴え、主に独立賛成派が投票した結果大多数の得票を得て独立が支持され、州政府は州議会で独立を宣言しました。これに対して中央政府は一方的独立宣言を不当な行為であるとして、憲法の条項に従い州政府、州議会の機能を停止し、また州知事を中心として州執行部を、住民投票という憲法上認められないことに公金を使用したことなどを理由に刑事手続きに入り、結果前州知事の国外逃避、前副知事の収監といった事態に発展し、改めて州議会議員を選出する選挙(知事は州議会が選出)が昨年12月21日に行われました。結果、選挙には独立支持の3政党と独立反対の3政党と中間派の1政党が参加し、独立支持派3政党の当選者が過半数を占めたことから、再び独立支持の知事が選出される見込みとなっています。しかし、ことはそれほど単純ではなく、独立支持3政党の得票率は50%を下回った47.3%となっています。この数字をそのまま信じると、今独立の是非を問う住民投票をしても独立賛成派は過半数を取れないということになります。他方、独立反対派からしても、下手をすると独立派が過半数を占めてしまうかもしれないというリスクがあり、両勢力とも本当の意味で民意を問う勝負に出られません。議席数と投票率に乖離が出ているのは、地方ほど多くの議席が割り当てられているという選挙制度に起因しています。

 カタルニア問題のスペイン内部での位置づけですが、多くの人々の共感を呼んでいる訳ではありません。それは、スペインの貧しい地域が中央から虐げられて惨めな思いをし、堪りかねて出て行きたいというのではないからです。むしろ実情は逆で、スペインで最も経済的に豊かな地域がカタルニアです。独立派の主張のひとつとして、カタルニアが納めている税金が自分たちに使われないで貧しい地方で使われているので取り戻せというのがあります。これでは、スペイン全土からの支援を得ることは難しいと思います。独立を標榜する3政党はいずれもカタルニアの地方政党であり、中央の主要政党とは別のものとなっています。全国政党は、このカタルニアの主張には乗りにくいのです。そんなことをすれば、国政選挙で必ず負けます。

 スペインは、1975年の民主化後しばらくは民衆連合(PP)と社会労働者党(PSOE)の二大政党時代が続きました。現在はPPのラホイ首相ですが、これまでのところ、この2政党以外からは首相は誕生していません。しかし、2015年の選挙から新たに2つの政党(市民党とポデモス党)が国政選挙に参加するようになり、今は4政党時代となっています。これらの4政党はいずれも、カタルニアの選挙に兄弟党が出ています。その4政党のいずれも独立賛成派とはなっていません。カタルニア州議会選挙での驚きの結果の一つは、中央政権与党のPPが全135議席のうち4議席しか取れなかったことです。その前の選挙でも11議席でしたから元々たいしたことはないのですが、あまりにもカタルニアでの支持が低すぎます。また、選挙の結果、第一党に躍り出たのが、独立反対派の市民党だということです。大躍進です。この代表のイネス・アリマダスというのが若くチャーミングであると評判の女性です。36歳弁護士出身である彼女の経歴で目を引くのは、アンダルシアのカディス生まれで、配偶者はカタルニア人だということです。とにかく演説がとてもうまい。プチダモン前カタルニア州知事も彼女の前ではたじたじでした。

 2月24日の当地紙でカタルニア州政府世論調査機関が1月10日から30日にかけて州民1200名を対象にして行った世論調査の結果が報じられています。これによると、昨年10月1日に実施された州民投票後、独立支持層は、48.7%から40.8%に減少しています。反対に独立反対層は、44.6%から53.9%に増大しています。サンプル数が少ないので判断は難しいですが、独立支持層は確実に頭打ちとなっています。

 独立支持層の唯一の正統性は、州民の過半数は独立を望んでいるということであり、そのための州民投票の実施でしたが、独立支持層はベースとなる25%から一時増えそれでも50%を超えることなく、今や収束に向かっています。これが私は独立は起きないとしている理由です。これからも様々な形でこの問題が蒸し返されることはあると思いますが、州民の過半数の支持なしには、いかなる独立運動も成立しません。今しばらくは、カタルニアはスペインの一部であり続けると思います。

 なお、2月に入って今後のスペインを占う面白いことが報道されておりますので最後に紹介させて頂きます。世論調査の結果、国内全体で最大の支持を集めているのが市民党になりました。28%です。続いてPP22%、PSOE20%、ポデモス17%となっています。これは明らかに、今回のカタルニアの選挙結果が国政に影響を与えていることを示しますが、この意味はまた別の機会に譲りたいと思います。

※本稿は、所属機関を代表するものではなく、筆者個人の考えを示したものです。
※本稿は、3月13日脱稿したものです。

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