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レバノンはどんな国


駐レバノン大使 山口 又宏

 皆さんは中東でスキーができる国があることをご存じでしょうか。レバノンの南北に延びるレバノン山脈にはいくつかのスキー場があり、1月下旬から3月頃までスキーを楽しむことができるのです。私はレバノンに赴任して1年が経過しましたが、赴任前にレバノン人から「レバノンでは1日の間にスキーをして海に行って泳ぐことができる時期がある。」という話を聞きました。これにはさすが懐疑的になりましたが、若干海は冷たいですが、4月初旬の快晴の日、まだゲレンデに雪があり車で30分ぐらいのドライブで地中海沿いのリゾート・ホテルの海水浴場で泳ぐことができることを確認できました。

 私の前任地は、サウジアラビアのジッダでしたが、外務省入省以来勤務したアラビア語圏の国はおしなべてイスラム教の色濃い国々でした。知らず知らずのうちにイスラム教を一つの柱に据えて、その国の有り様を見る癖がついていますが、レバノンは中東アラブ諸国の中でもめずらしい多民族・多宗教国家であり、赴任当初は若干戸惑うこともありました。ひとつは、様々なレセプション、夕食会などでアルコールが出ることです(アラブ諸国のレセプションでは出ません。)。また、スーパーでは普通にワイン、ウイスキー等が販売されていますし、日本のウイスキーも輸入されており、結構人気があります。もう一つ、これは良い戸惑いですが、多民族国家の多様性が文化面で開花しており音楽、芸術が盛んなことです。他のアラブ諸国と比べると抜きんでているのではないでしょうか。食文化も充実しており、アラブ料理の中でもレバノン料理は最高位にあると思います。

 ここでレバノンに関する基礎データを押さえておきたいと思います。面積は約1万平方キロで岐阜県の大きさとほぼ同じです。人口は約450万人でこれに加えシリア難民が150万人、パレスチナ難民が約30万人が居住しています。宗教はイスラム教(シーア派、スンニ派、ドルーズ派)、キリスト教(マロン派、ギリシャ正教、ギリシャ・カトリック、ローマ・カトリック、アルメニア正教)等18宗派あると言われています。政体は共和制で一院制の議会(128名)を擁しています。大統領はマロン派のアウン大統領、首相はスンニ派のハリーリ首相。国会議長はシーア派のベッリ議長です。今年5月には9年ぶりに議会の総選挙が実施される予定です。

現在の内政・治安状況

 今年の1月にアラブ首長国連邦ドバイの日本人商工会でレバノンについて話をさせていただきました。現在ドバイは中東地域の経済のハブとして日本企業の多くが中東地域の拠点として進出してきているのですが、講演会には74名に及ぶ日本人企業関係者の出席をいただきました。昨年11月にレバノンのハリーリ首相がサウジアラビアの首都リヤドで辞任表明をする異常事態があったせいか、また、内戦以降の治安の混乱、テロ事件等でレバノンは治安が悪いという印象が強く、これもレバノンが今どうなっているのかとの興味に繋がったのではないかと考えています。一言で、内政・治安状況について申し上げれば、格段に内政の安定度は増しており、治安状況は大幅に改善しているといえます(危険情報も昨年12月28日に一部一段階レベルダウンしました。)。

 まず、内政ですが冒頭で言いましたレバノンの特色である多民族・多宗派を基本とした、宗派主義が機能して、2年以上空席であった大統領が漸く就任し(16年10月)、ハリーリ内閣が誕生(16年12月)しました。昨年12年ぶりに政府予算が編制され、長年の懸案であった選挙法も成立し今年5月に総選挙が実施される運びになりました。何故これらの事項が実施できるようになったかというと、基本的には内閣は宗派主義に基づき組閣されたいわば挙国一致内閣だからだと思います。基本的な政策綱領は、周辺国の紛争に巻き込まれないようにするための「分離主義政策」、シリア危機で流入したシリア難民(約150万人)によって打撃を受けているレバノン経済の復興、国内治安の安定を最優先事項とすること等があげられます。前述したハリーリ首相のリヤドにおける辞任表明に関しても、ハリーリ首相はフランス等の国々の支援を得て無事レバノンに戻り、閣内での分離主義政策、つまり「紛争当事国とは距離を置きレバノンの独立を守る」(disassociation policy)を再確認したことを受け、辞任表明の撤回をしました。

 治安状況に関しては、欧米諸国等からの支援を受けて、ここ数年国内の治安向上に努力してきたことにより、テロ事件の発生は大きく減少しており(ここ2年テロ事件は起きていません)、ISIL に陣取られていた北東部のシリア国境地帯もレバノン国軍の作戦により領土の奪還をしました(17年8月)。こうした治安状況の改善に伴い、外務省危険情報の1段階レベルダウンも実現できました。日本企業関係者の中には、レバノン滞在期間を72時間以内に限るところもありましたが、危険情報の改訂により同制限も解除されたようです。在レバノン日本国大使館で働く館員家族は赤ん坊を含めた子供も多いのですが、皆安全に生活していることをご承知おきいただきたいと思います。

レバノンの文化と歴史

 皆さんは、レバノンが生んだ世界的詩人ハリール・ジブラーン(Khalil Gibran)をご存じでしょうか。私は詩人ハリール・ジブラーンのことを全く知らず、情けない思いをしましたが、ジブラーンの詩を少し調べただけで、いかに偉大な詩人であったかを知ることとなりました。ジブラーンの詩は約50カ国語に翻訳され世界的に評価されており、レバノンでも最も敬愛される詩人・画家でもあります。私が感動したのは、ジブラーンの詩集「預言者」(神谷美恵子・訳(角川文庫))の「子どもについて」です。子供についてはいろいろな哲学者が述べていますが、私の好きな言葉は「未来からの使者」とういう言葉なのですが、まさにジブラーンの詩はこのことを詠んでいるのだと感じています。

 ジブラーンの生まれ故郷の北レバノン県のブシャーレの町には、ジブラーンの作品・著作権、遺産を管理する団体がジブラーン博物館を運営しています。幸いにも、在レバノン日本国大使館は、現在この博物館の改修工事及び来館者のための音声ガイド機器の供与を草の根文化無償資金協力で行っています。改修工事もまもなく終わることになっていますが、完成時には、オープニングセレモニーを行うことになっており、出席を楽しみにしているところです。

 レバノンの文化・歴史を語る際に忘れてはいけないのが、5つの世界遺産が登録されていることです。「アンジャル」、「バールベック」、「ビブロス」、「ティール」、「カディーシャ渓谷と神の杉の森」です。多くはローマ帝国時代の遺跡です。地方を旅行するとわかりますが、至る所にローマ時代の遺跡があるのには驚かされます。上記の世界遺産はその中でも規模と保存状態のいいところが選ばれたのだと思います。また、有史以前の話になりますが、ビブロス付近には約1億年前の魚類の化石がでる標高5~6百メートルの山があり、その化石はレバノンや欧米の博物館に陳列されています。ビブロスには、この化石を販売する店があり、私もいくつかコレクションを持っています。

 また、食文化についてですが、レバノン料理は、本当に洗練されていておいしい料理ですが、レバノン全土には、約200軒を超える日本食レストランがあり、ベイルートにはそのうち123軒があると言われています。日本食、中でも寿司の人気は相当なものです。スーパーでも寿司の折り詰めが売られているほどです。ただ、大半のレストランで出されているのはカリフォルニアロールをはじめとした巻物が主流で、握りはサーモンが主体となっています。赴任当初は、本物の「鮨」を広めたいという大きな野望を持っていたのですが、中東全般にいえることですが、一般庶民が好む寿司は巻物が主体となっており、店の数も多く、本来の寿司を紹介して広めることは至難の業であることが分かりました。寿司が広まったきっかけとなったのは、米国のスシ・パーラーがモデルとなっているとみられ、寿司職人も大半がフィリピン人、タイ人、レバノン人となっており、日本人の料理人は1名のみです。そうは言っても、世界無形文化遺産の「和食」の普及にもつながり、また、生ものを扱う寿司の評判を落としてはいけないと考え、在レバノン日本大使館はレバノンのレストラン協会・保健省と組んで3月22日に寿司職人のための衛生セミナーを開催することにしました。また、同セミナーに合わせて同協会や日本関連企業の協力で300人の和食ディナー・パーティーを開催することになりました。日本食の普及に多少なりとも貢献できれば良いと考えています。

以上

大使館の窓から
世界遺産都市ビブロス
雪のファラヤ