阿曽村智子著『国際交流のための現代プロトコール』の魅力(東信堂、 2017年)
上野 景文(文明論考家・元駐バチカン大使)
(はじめに)
首脳外交全盛の今日、プロトコールの重要性を疑問視する人は少ないであろう。ただ、外交のプロの中にすら、プロトコールなるものは「外交技術」の一つであり、専門家に任せればよいと誤解している人がいる。これに対し、そのような認識は間違っており、理論的に言っても、実践論から言っても、プロトコールは彼らが思っているより遥かに「重く、深い」ものであることを、本書は明らかにしてくれる。
では、プロトコールに「重みと深み」を与えているものは何か?本書をもとに敢えて整理すれば、第一に、プロトコールは国際社会と外交の本質に根差し、歴史や思想を反映したものであること、第二に、プロトコールは「西欧の匂い」が残るにせよ、「国際公共財」として国際社会にビルトインされた「インフラ」であること、第三に、プロトコールのマインド抜きに外交活動を進めることは、在外公館を含め、不可能であることが挙げられる。単なる技術と形容することは見当違いと言うことだ。
ところで、阿曽村先生(以下、著者)は、UNESCOなどで実務を経験された「国際公務員の顔」、シンクタンクや大学で活躍された「理論家の顔」(大学では長年にわたり、プロトコールに焦点を当てて講義されている)、更には、大使夫人(ご主人がベトナム、チェコ・スロバキアなどで日本の大使を務められた)として、プロトコールを実践された「実践家の顔」と、「三つの顔」を持っておられる。本書は、その「三つの顔」を綜合し、広い視野から著された好著であり、理論面、実践面の何れの要請をも満たすことから、外交のプロだけでなく、ビジネス、地方自治体、アカデミズム、メディア、NPOなどで海外と接触ある全ての方々の「頭造り」に大いに資するものと目される。
(全体像)
本論に入ろう。本書は、「三つの柱」 (評者の主観に基づく分類) から構成され、凡そプロトコールに関わる事項は遍くカバーされた労作である。ただ、ここでその全貌を紹介する余裕はないことから、以下、本書の突出した魅力に絞って紹介する。
- 理論編―――プロトコールの定義、歴史
- 実践編―――①序列、②国歌・国旗、③国の名称と元首などの称号、④言語・書簡など、
⑤国賓などの接遇、⑥服装、⑦設宴など
- 文明論―――①日本的プロトコール、②文明的課題
(実践編)
先ず、本書の八割を占める「実践編」であるが、著者の長年にわたる研究と経験が凝縮された本書の「命」であり、著者の「魂とエネルギー」を感じさせる。感服した点を三点挙げる。
第一は、各項目にわたり、参考事例が多数紹介されていること―――英仏米に関するものを中心に。たとえば、③の要人の「敬称、呼称」に関する具体的説明の豊富さなど、実に心強い。同時に、失敗例にも目配りされており(たとえば、②の「国旗」関連の事例)、実用書としての厚みを感じさせる。
第二は、イラストや写真、表が豊富な点。たとえば、①の「序列」について。評者自身、現役大使だった十年前には、席次には常に悩まされたものだったが、著者は、この面でも豊富な参考事例を各処から集め、掲示する(西欧流席次例に加え、日本式、中国式席次例も示す)ことで、本書の実用性を高めている。今日、ビジネスであれ、自治体であれ、海外から公人を招いての設宴が増大している折柄、席次関連説明は頼りになる筈だ。同様に、③の「敬称」、④の「書簡」、⑦の「設宴」(特に、招待状)に関しても、豊富な事例紹介が頼もしい。
第三に、(「文明論」の項で扱われている)英国のエリザベス二世来日(1975年)の際のプロトコールの実際が、諸資料を含め、「一気通貫」的に解説されている。王室と言う特殊性はあるが、ビジネス、自治体などの方々が、プロトコールの本質を理解する上で有益な素材と思われる。
以上のように、具体的事例、イラスト、データなどが豊富に盛られた結果、本書は314頁の大作となったが、その結果、実践性は大いに高められた。
(理論編)+(文明論)
「実践編」に精魂を込めた著者ではあるが、どうやら、それで満足ということはないようだ。すなわち、著者は、歴史的、文明的パースペクティブを持ち込むことに腐心する。先ず「理論編」において、現行のプロトコールが、西欧圏を中心に如何に確立されて来たかにつき、その歴史的経緯や背後にある思想を丁寧に辿り、もって、プロトコールの「深みと重み」の所以を説く。つまるところ、プロトコールは「ひとつの文明」なのだと言うことが語られている訳だ。ところで、その説明には、ある含意が込められているようだ。すなわち、現行のプラクティスは絶対的なのものではなく、今後国際社会において西洋の優位が減じ、力学変化が進むにつれ、その内容は変容してゆくことになるとの含みが。
果たせるかな、最後の「文明論」で、著者は、より明確に将来を「展望」する(実践編とは異り、研究者やジャーナリスト向けと思われるが)。曰く、
- 曰本は、開国以来150年の経験を通して、日本らしさを加味したプロトコールを編み出して来た。今後とも、その努力は必要。
- 今後、中国、インドをはじめとする非西洋国家が国際的発言力を増すに従い、西洋で涵養されたこれまでのプロトコールとは一線を画すものが出て来よう。
- 文明や文化の違いを反映して、今後プロトコールの多様化が進行するであろう。
- 他方、民主化の深化がプロトコールの変容を促す面も見逃せない、と。
言うまでもなく、これらは、国際社会全般で進行中の変化と呼応するものだ。著者は、水平線の向こう(20~30年先)はどうなるか語っていないが、是非伺いたいところだ。
(まとめ)
本書は、プロトコールの核心に多角的に迫った秀著であるだけに、プロの外交官を超えて広く読者を魅することを期待する。蛇足ながら、その内容の濃さに関わらず定価はフレンドリーだ!