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そうだ着物を着よう


駐オマーン大使 斎藤 貢

1.そうだ着物を着よう

 オマーンに着任してから2年が過ぎました。アラビア半島の国に赴任するのは3回目ですが、何時も気になっていたのは、先方は、ディスターシャとかカンドゥーラと呼ばれる白い民族衣装を纏って、頭にスカーフを被っているのに、こちらは洋服姿だということです。

 気にし過ぎかも知れませんが、何となく、位負けして居心地の悪さを感じていたところ、今回、オマーンに赴任するに当たって、生まれてこの方、着物を着たことなど無いのですが、一念発起して着物を着ることにしました。

まず、カーブース国王に信任状捧呈する際に着るために紋付き袴の礼装をあつらえました。着付けの練習にと、何回かパーティー等で着ましたが、あちこちにシミを作ってしまい、染み抜き代が莫迦にならないので、追加で化繊の着物を2種類仕立てました。化繊だと、染み抜き代で羽織から袴まで仕立てられます。

 着付けは、初めは、礼装の本と首っぴきでしたが、YouTubeにたくさん動画があることを知り、動画で練習すると上達しました。お陰で、今では、20分位で袴まで着付けられるようになり、多い時は、週三回、着物でパーティーとかに出ています。着物姿の日本大使は、やはり、インパクトが強いようで、新聞の社交欄への写真の掲載も増えたような気がしますし、中々良い宣伝になっていると思います。

 ただ残念なのは、未だにカーブース国王に信任状を捧呈する機会が無いので、紋付の着物が、衣装箱で眠っている事です。

2.インド洋でゴミ拾い

 オマーンの首都マスカットの日本大使公邸は、先輩大使の御尽力のお陰でインド洋に面した波打ち際の素晴らしい立地にありますが、着任後、健康のために、暑くなる前の早朝、砂浜の散歩を始めました。

 ところが、遠目で見るとキレイな砂浜も、いざ、歩くとゴミだらけなのにはがっかりしました。特に週末は、酷くて、車座になってファースト-フードを食べて、そのまま去ったのが分かるようなゴミの散らかり方や食べかけのバーベキューの串が1ダース以上、砂に刺してあったりします。

 そこで、またまた、一念発起して、日本に帰った折に100円ショップでマジックハンドを何本か買って、毎朝、家内と散歩がてらに海岸のゴミ拾いを始めました。

 早朝、結構、たくさんの人が砂浜を散歩したり、ジョッギングしたりしているのですが、我々のゴミ拾いに対して、少数の年配のオマーン人以外は、無関心です。特にオマーン人の若者は、「ゴミ拾い人の仕事をどうしてこの東洋人がやっているのだろう。」とでも言いたげな反応でしたが、オマーンに限らず、アラビア半島の産油国では、若い世代は、あまりにも豊かに育ってしまったために、身の回りの世話も全てメイドがしてくれるのが当たり前になってしまっています。当然、ゴミなんて、ゴミ拾い人が拾えば良い訳です。

 昔、アブダビで勤務していた時、日本人幼稚園に現地人の子供が入園しましたが、お教室でランチを食べている時、その子の口元にパンくずが付いているのを見つけた先生が、注意すると、その子は、とっても困った顔をして、やにわに先生の手を取って、先生の手でパンくずを取ったそうです。恐らく、家では、メイドが何でもやってくれるのでしょう。ここまで子供を甘やかしてしまうと、果たして、脱石油の国作りが出来るのか、心配になります。

 暫くして、偶々、海岸で出会った、当地の有名レストランのオーナーが、「ゴミ拾いの写真を自分のフェイス・ブックに載せて良いか?」と尋ねたので、OKを出すと、翌週には、このゴミ拾いが、オマーン中のみならずアラビア半島中で話題になったようで、何人かの先輩大使のところに、「お前は、ゴミ拾いしているのか?」という問い合わせがあったようですが、新聞に取り上げられたり、マスカット市長が海岸のゴミ拾いをしたり、ボランティアでゴミ拾いをするので付き合って欲しいという企業の依頼等が来たり、また、毎朝、ゴミ拾いを手伝ってくれるオマーン人が現れたりとSNSの影響力の大きさというモノを実感しました。

 しかし、一時的なブームはありましたが、その後も海岸のゴミは、一向に減りません。ところが、最近、急にゴミの量が減り、どうしてかと観察していると、市役所の雇うゴミ拾い人の数が増えていました。思い当たるのは、暫く前、環境問題に関心の高い某有力王族に食事に呼ばれた際、海岸のゴミの件を話したことです。きっと、あの王族が、市役所にねじ込んでくれたのでしょう。

 とはいえ、ゴミ拾い人は、おおざっぱで、ペットボトルのキャップ等の小さなゴミは、拾わないので、こちらも、相変わらず、早起きしてゴミ拾いを続ける毎日です。

3.オマーンそしてオマーンと日本

 最後になりましたが、任国のオマーンの宣伝をしますと、アラビア半島の片隅にある、日本の三分の二の国土、人口は外国人210万人を入れて460万人の小国です。1970年にカーブース現国王が政権を掌握してから、石油とガスの生産で急速に発展しました。首都マスカットは、家並みが美しく、大変キレイな町です。また、3千メートル級の山や海亀が通年で産卵に来る美しい海岸がある、風光明媚な国です。

 オマーンから内陸に向かうと、険しい山脈が連なっているため、オマーン人は、昔から、貿易風を利用してインド洋を渡って、インド、アフリカとの間の三角貿易に従事していました。現在はタンザニア領ですが、ザンジバルという島が、オマーンの首都だったこともあるぐらいです。その末裔である現在のオマーン人も、ビジネスに長けていて、また、人当たりも良く、大変、付き合い易い人々です。

 さて、日本は、1972年に外交関係を結び、在マスカット日本大使館は、1980年に開館しました。日本企業は、オマーン産原油の20%、天然ガスの35%を引き取っています。また、独立電力事業者とか独立水事業者と呼ばれる制度を利用して、日本企業が中心となった企業連合が、オマーンの発電の60%、海水淡水化プラントによる水の20%を生産しています。また、日本車のシェアも高く、オマーンで走っている乗用車の70%は、日本車です。そういう訳で、オマーン側から見た日本のプレゼンスは、大変、大きいのですが、日本からすると小さな国オマーンの市場は、隣のサウジアラビア等に比べると魅力に欠けるようで、エネルギー分野以外での日本からの投資は、殆ど無く、オマーン人をがっかりさせています。将来的には、インド洋に面している強みを生かしてマグロ等の魚介類の輸出とかインド向け、アフリカ向けの物資を製造する拠点等が実現出来ないかと思います。

 因みに、冬に日本で消費されるインゲン豆の90%以上は、オマーン産であることは知る人ぞ知る話です。これは、商社の開発輸入の典型的なプロジェクトです。

 ところで、日・オマーン関係で忘れてはいけないのは、恐らく、世界で唯一、日系人の王族がおられる事です。カーブース国王の叔母に当たられるブサイナ王女は、先々代のタイムール国王が世界一周の旅をされた際、神戸で日本人女性を見染めて結婚し、お二人の間に生まれました。もう、御高齢ですが御健在と伺っております。

 なお、本寄稿の内容は、全て筆者の個人的な見解に基づくものである事を一言申し添えます。

 
ムサンダム半島
ターリク殿下