第41回 ギネス世界記録

元駐タイ大使 恩田 宗

 ボジョレ・ヌヴォの解禁日は11月の第3木曜日でその1週間前の第2木曜日が「ギネス世界記録」(Guinness World Records)の記念日である。その日には世界各地で様々なイベントが開催される。ギネス社は毎年9月この日のために登録された世界一の記録(現在は4万数千件)の一部(約3,000件)を本に纏めて刊行している。25の言語で発売されており世界で最も売れている年刊本としてギネス記録にも掲載されている。

 ギネス社は数値的に測定でき今後破られる可能性のある世界一のものを全て「世界記録」として認め登録している。しかし人間や動物のサイズやパーフォーマンスなどは問題ないとしても無生物(例えば銀河や星や山や海)の大きさ・高さ・深さを「記録」と言えるだろうか。「生物と無生物の間」(福岡伸一)によれば分子の世界で見れば生物と無生物との境界ははっきりしないという。それに星であれ山であれこの世のものは測定した時の姿で永遠には留まり得ない。「記録」として扱っておかしくないのかもしれない。

 記録は破られるためにあるという。しかし例外もある。ビクトル・ユーゴが小説「レ・ミゼラブル」の売れ行きを心配し出版元に「?」と書き送ったところ「!」という返事があったという。この記録はもう破ることができない筈であるがギネス社はこれを世界一短い手紙の交換だとしているらしい。

 1791年12月25日、英国のオブザーバー紙は「ドイツ人音楽家モーツアルト氏が去る15日死亡した」と報道した。しかしモーツアルトが亡くなったのは12月5日だった。同紙は1991年1月27日になり彼の国籍と死亡日の間違いに気づき「(誤報)がご家族に与えた心の傷にたいし深くお詫び申し上げる」と訂正謝罪した。これが世界で最も遅れた訂正謝罪記事としてギネスに登録されているという。創立200年を超える新聞社そう無いのでこの記録も当分破られないだろう。

 日本関係の世界記録も数多いが国立沖縄戦没者墓苑は世界で最も多くの人(18万人)の眠る共同墓地だと認定されている。この記録ももう破られないことを望みたい。

 なお、ユーゴは愛人関係が50年も続いた女優ジュリエット・ドルーエからこれもギネス記録になるような数(18,000通)の恋文を貰っている。彼は情事盛んな人で焼餅を焼いた別の愛人が彼からもらった手紙を束にしてジュリエットに送りつけたらしい。その結果両者にあてた手紙の文面が似ていたことがばれひと悶着したという。文豪でも書く相手と回数が多いとその都度言い方を変えられなかったのである。