米韓の主要メディアが報じるトランプ大統領の韓国訪問の意義


前駐グアテマラ大使 元FPC事務局長代行 川原 英一

 トランプ米大統領は、日本訪問後の11月7日から8日の2日間、韓国を訪問し、ハンフリー基地訪問と米韓両国兵士との食事、北朝鮮・米韓貿易などについての両国首脳会談及び同拡大会合、両首脳による共同記者会見、晩餐会、韓国国会での演説など一連の行事を終えた。

 両国首脳会談の冒頭6分間の様子を流した映像をみると、韓国大統領の冒頭発言を聞くトランプ大統領は、緊張気味で、両手を前に出して三角形に手を組んだままで、冒頭取材終了まで、互いに握手する場面はなく、見る者には、両首脳の座る席と席の間隔が遠すぎる印象を与えており、両国関係が必ずしも良好でないことを象徴しているようにも感じさせる。

 韓国主要3紙(朝鮮日報、東亜日報、中央日報)と米国主要メディアの論調を比較してみると、トランプ大統領訪韓に関する論調内容に差異があって興味深い。どのような差異があったのか、若干の具体例を御紹介したい。

○朝鮮日報11月8日付社説は、米大統領の訪韓を「同盟の新たな契機に」と題して論評し、『トランプ大統領は米空母三隻と原子力潜水艦が韓半島(朝鮮半島)近くに配備されていることを明らかにして、これを実際に使用することがないことを願うと発言した。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に北朝鮮は核廃棄交渉のテーブルにつけと強く警告』と述べている。また、トランプ大統領が『韓米自由貿易協定(FTA)改正交渉は迅速かつ互恵的に進めるべき』との見解を表明し『韓米貿易赤字は絶対に解決しなければならない』という従来の見解を繰り返し、韓国が韓米FTA改正交渉に応じたことに謝意を表したとも報じている。

○注目したい点は、(1)同社説冒頭のトランプ大統領が北朝鮮に核廃棄交渉のテーブルにつくことを期待するとの発言は、共同記者会見の場で、米国記者の質問に答える形でトランプ大統領が明らかにした点である。他方、同じ記者会見冒頭に韓国大統領が行った、北朝鮮に最大限の圧力をかけることで両首脳が一致したとの発言に触れず、論評としてややバランスに欠けるところがあるように感じる。(2)米韓貿易赤字是正へのトランプ大統領の発言は大きく取り上げず、FTA改正に韓国が応じたことを専ら報じた点である。両国首脳に外相他が参加した拡大会合や共同記者会見では、トランプ大統領から、韓国が米国兵器を購入する話が既に進んでいるとの発言があったことに触れていない。また、(3)同じ記者会見での韓国大統領による冒頭発言の最後の部分で、米大統領からの要望があり、両首脳間でもっと頻繁に密接なコミュニケーションをとると発言したことへの言及もない。さらには、同記者会見で、東亜日報記者が、文大統領と外国紙(シンガポール)記者との最近インタビュー内容に関連し、同大統領は米・中両国との関係をいかに考えているのかという質問に対して、文大統領が韓国の外交努力を拡大していると発言し、右を受けてトランプ大統領から、中国は北朝鮮制裁に協力的である、習国家主席と会う際、どの程度協力するのかを直接に探ってみたい(will find out)という微妙な発言があったが、こうしたやりとりにも触れていない。これら両首脳発言の背景を知りたい者からすれば、物足りない論評に感じられよう。

○他方、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙11月7日付は『韓国が中国に屈する(South Korea’s Bow to Beijing)』との見出しの社説記事で、朝鮮日報社説が取り上げなかった視点を報じて興味深い。まず、トランプ大統領訪問は、米韓が北朝鮮への対応に連帯を表明する好機であったはずだが、最近の韓国大統領の動きは、米国の信頼すべき友と言えないと指摘して、韓国大統領が北朝鮮との対話復活や過去北朝鮮の外貨獲得源(年間1億ドル)であったケソン自由貿易地区の再開を求め、さらには米国大統領の訪韓直前の1週間前(10月末)、韓国へのTHAAD配備に対する中国による外交・貿易攻勢に韓国が屈する形で、中・韓両国間で3つの合意を行っていることを指摘している。配備地域周辺200キロ以内の中国側核サイトを探知できるTHAADは韓国にこれ以上配備しない、米国の地域ミサイル防衛システムに韓国は参加しない、今後、米国と同盟関係に参加をしないことに中韓が合意し、その結果、中国は、欧州におけるNATOに類似したアジアでの集団防衛体制の形成を阻止する目標を達成し、韓国は、対米国、対中国との関係の均衡を図り、北朝鮮への備えである米との同盟関係を弱体化させたとの見方を示して興味深い(下線は筆者)。

○米国の外交誌「フォーリン・アフェイアーズ」は、11月7日付「中国の韓国との和解(China’s Rapprochement With South Korea)」と題する最近の中韓関係に関する寄稿記事の中で、(1)中国による韓国(企業)への外交・経済攻勢の結果、韓国側は75億ドルの損失を被った、他方、中国側損失は8.8億ドルに過ぎなかったこと、10月末に中・韓両国間で韓国へのTHAAD配備に関連して、3つのNO(ノ―)合意がなされたことは、中国が、同様事例での周辺国への外交・経済的圧力が成功した悪しき例となる、また、(2)中・韓が和解した後、シンガポールメディアとのインタビュー記事に応じた韓国大統領が、中国とは経済協力のみならず北朝鮮の核問題の平和的解決に向けた戦略的協力がより重要であり、中国及び米国とのバランス外交を遂行する、さらには、米・日・韓の軍事同盟は望ましくないと述べたことから、マクマスター米大統領安全保障問題補佐官ら米政権関係者は、中・韓間の合意内容及び韓国大統領の戦略的意図を理解しえないでいる旨を指摘している。 次に挙げる東亜日報6日付社説が述べた米韓同盟を最優位すべきとの論調と併せ、韓国大統領は、今後、米国・中国との関係をどのように舵取りしていくのか注目される。

○トランプ大統領の訪韓直前のタイミングで掲載した東亜日報11月6日付社説は、『トランプ氏の訪韓、韓米の不協和音をなくす転機にしなければ』との見出し入りで、『高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)の追加は不可、MD(ミサイル防衛システム)へは不参加、日米韓軍事同盟の放棄を骨子とした韓・中両国の「3No」合意は、主権放棄の議論に拡大し、米国の疑念を生んだ』と報じ、『韓米同盟の強化が中国との協力よりも上位価値であることを肝に銘じなければならない』、また、『文大統領が最近、シンガポール報道機関とのインタビューとのインタビューの中で「韓日米軍事同盟の拡大は望ましくない」と繰り返し明らかにしたことは戦略的ではない』と述べており、韓国内で極めて対照的論調に思われる。

○WSJ紙の11月7日付の「米国が力を誇示しつつ、北朝鮮に交渉テーブルにつくことを訴えた(U.S. Prepares Show of Strength as Trump Urges North Korea to ‘Come to the Table“」との見出し記事では、トランプ大統領が、訪日中に安倍総理に対して大量の武器購入を働きかけたが、韓国訪問中にも、韓国が同じく数億ドル規模の武器購入を行うことは、米国の雇用創出につながり、米韓間の貿易赤字の削減を意味し、理にかなうと報じ、また、韓国大統領が、韓国の自衛力を前例ない規模へ強化することに向けた協力を米国との間で追求すると答えたとも報じている。この記事は、米韓の連帯強化の話であるが、中国を刺激する内容でもあり、冒頭の朝鮮日報社説では、敢えて報じなかったのではないのかと思われる。

○韓国の中央日報8日付社説は、「強固な同盟を再確認した韓米首脳会談」との見出し入りで『両首脳は韓国の望む通りに北朝鮮の核およびミサイル問題解決に向けた協力案を集中的に議論』したとする一方、『トランプ氏が韓米通商問題に対する不満を露骨に表わしたのが一度や二度ではなかった』と述べて韓国側の不快感も想起させる。また、トランプ大統領が『韓国は単に長い同盟国でない、それ以上としながら韓米同盟の強固さを何より強調した』、『韓国を迂回することはないとしてコリアパッシングに対する懸念も一蹴した、北核威嚇の中で韓国が確約を得たかった大きな課題を再確認した』と述べて、韓国が有する米国への懸念を払しょくしたトランプ大統領の韓国への肯定的発言を取り上げた。さらに『米国産武器を買い取れば貿易収支の攻勢を和らげるだけでなく、韓国の国防力強化にも役立つ、米国側の韓米自由貿易協定(FTA)の再交渉要求を避けるためには通商でない分野で利益のバランスをとるのが望ましい』との専門家意見を掲載して独自の見方を伝えている。

○因みにトランプ大統領訪韓報道を英BBCの11月7日付電子版では、「トランプ大統領は北朝鮮の核問題について交渉テーブルにつくことを要請(「Trump urges N Korea to ‘come to table’ over nuclear issue」)との見出し記事で、韓国の記者会見で、トランプ大統領が、北朝鮮に対して米の圧倒的軍事力を使用しなくて済むよう神に願うと述べるなど、これまでの同大統領による北朝鮮に対するあからさまな強い表現とは異なる調子で、北朝鮮が核兵器放棄の交渉テーブルにつくことを要請したと報じている。また、米韓両大統領が、中国とロシアから北朝鮮への圧力をかけるよう呼びかけたこと、トランプ大統領が韓国から今後数十億ドルの兵器購入注文があるだろうと述べたこと、さらに、北朝鮮への強い発言を繰り返すトランプ大統領に対する抗議デモと歓迎デモがソウル及び他の場所で発生したことも報じている(下線は筆者)。

(最後に)トランプ大統領のアジア歴訪中、米ホワイトハウスのインターネット・サイトでは、同大統領の主要行事での発言をそのまま動画にして一般の利用に供しており、これをみると実際の発言がいかなる形でなされたのかが良くわかる。この動画と各メディア報道を見比べれば、どの発言部分に各紙が関心を持って報じたのかが理解しやすい。トランプ大統領訪韓の際の主要行事での同大統領発言を映像で見る限り、過去に話題となったツイッター報道での同大統領による過激な発言イメージはなく、むしろ、同大統領の発言が、よく抑制されたトーンに終始し、合理的、説得的な発言内容であったことに意外な印象を持った韓国のTV視聴者も多かったのではなかったかと思われる。

 この点について、ニューヨーク・タイムズ紙(11月7日付)がよく報じており、トランプ大統領のアジア5カ国歴訪の中で、北朝鮮へ戦闘的な姿勢のトランプ大統領にうんざりした韓国大統領と国民に対時することから、米大統領訪韓が外交的に最も厳しい(the most diplomatically challenging)ものとなる。ソウルにある米国大使館近くでは、戦争を語るトランプ大統領の訪韓に反対するデモがあり、また、今年5月に就任した文大統領との立場の相違があった。このため、トランプ大統領の発言内容が抑制的になったことは容易に理解できると解説している。

 韓国と米英の主要紙(誌)論調及び主要行事についてのホワイトハウスから発信された動画を併せ見れば、米国大統領による25年ぶりの韓国訪問の意義、最近の米韓関係や中韓関係の複雑な全体像がより明確に見えてこよう。