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マンデラと南アフリカ


駐南アフリカ共和国大使 廣木 重之

 来たる2018年はマンデラ生誕100周年にあたる。27年もの間牢獄に囚われ、アパルトヘイト政策と戦い、新たな南アフリカ共和国を築き上げたマンデラは現東ケープ州のクヌ村で生まれた。私が2014年に駐南アフリカ大使として赴任した直後に、同地のマンデラ記念館に招かれ、マンデラが少年時代を過ごした家を訪れる機会を得た。そこは美しい緑の丘が連なる、牛があちこちで草を食む、のどかで開放的な村であった。マンデラが通った小学校も訪問した。学年ごとの仕切りも無い、一つの大きな教室からなる開放的な学校であった。マンデラの本名はホリシャシャであったが、登校初日に女教師からネルソンという英語名を与えられ、それが今日まで定着している。後日マンデラのパスポートを確認したら、確かに ”Nelson Rolihlahla Mandela” と記してあった。

 マンデラは9才で父を亡くすと、テンブ族の首長の家に引き取られ、実子同然に育てられ、首長の庇護の下、当時黒人が通うことのできた唯一の大学であるフォートヘア大学に進学した。私が2017年にこの大学を訪問した際、マンデラが通った学び舎が当時のまま残されているキャンパスを学長と歩いた。マンデラの時代には同大には150名しか学生がいなかったが今や8500人を超える学生数を誇るまでになっていると聞き、当国の変化の大きさにあらためて時の流れを感じた。当時の150名の学生の1人がこの国の歴史を根底から変える偉大な大統領となることを誰が想像したであろう。現在南アの大学と日本の大学の間にSAJU(SA-Japan University Forum)という交流の場が設けられ、本年7月に南ア全国の26国立大学のうち過半数にあたる20大学から学長や学長代理が日本を訪問、日本の大学関係者と今後の学術交流の進め方を協議した。将来に向けて二国間の人的・知的交流が深まり、豊かな実を結ぶよう大使館としても支援していきたいと考えている。今回SAJUに参加したケープタウン大学、ヨハネスブルグ大学、ヴィッツ大学、ステレンボッシュ大学等でも多数の黒人が学んでおり、1994年に民主化されて以来、政府予算の20%を毎年教育分野に投資し続けてきた南ア政府の努力が成果を生みつつあるように見受けられる。

 マンデラが大学2年次を終えた時に、首長の息子とマンデラはそれぞれ首長が決めた女性と結婚するように厳命され、これを不満に思った2人は、夜陰にまぎれてヨハネスブルグに家出をすることとなった。ヨハネスブルグでマンデラは従兄の家に暫く世話になった後、ウォルター・シスルに紹介されることになる。シスルは後にマンデラと共に終身刑を言い渡され、ロベン島でマンデラと刑期を過ごし、マンデラのメンターとも言われるようになった人物である。同人の長男は民主化後国会議長を勤め、次女は国防大臣や住宅大臣を歴任し、その姪のベリル・シスルは本年1月まで駐日大使を勤めて、家族ぐるみで親しくおつきあいさせていただいている。

 シスルと知り合った後のマンデラは黒人初の弁護士事務所を開設し、反アパルトヘイトの闘志として不屈の精神を世間に知らしめることとなる。以降は、よく知られた話であるのでここでは詳述しないが、1990年に釈放されるまで27年間にわたり囚われの身であったにも拘わらず、希望を失わず困難と苦悩に向かい合い必ず立ち上がり続けた。今日の民主国家南アフリカの基礎を築いた功績は世界中から賞賛の的となっている。このことを示すマンデラの名言の一つが“The greatest glory in living lies not in never falling, but in rising every time we fall.” である。マンデラほど人気のある政治家が独裁に走ることなく大統領職を一期で退任し、ANC(アフリカ民族会議)の民主的な決定を尊重したことは特筆に値すると考える。

 1990年2月のマンデラ釈放後に彼が最初に出席した外交行事は日本総領事主催のレセプションであった。その後3度に亘り訪日し、日本及び日本人を高く評価していたと聞いている。マンデラが初訪日した際出会った日本人の鍼灸マッサージ師はマンデラに懇請されて1991年に南アに渡り、マンデラ大統領に施術を施していた。多忙な日々に日本人の手で疲れをとり、安らぎを感じ新生南アフリカの国作りに邁進していたのだろうか。また、マンデラが大統領に就任した1994年以来2013年に亡くなるまで公設・私設の秘書として献身的に働いたゼルダ・ラグレインジさんも公邸に来られて、マンデラの優しい心遣いや温かい気配りについて語り、マンデラの人間らしさを彷彿とさせるほのぼのとした逸話を聞くことができたのは貴重な経験であった。

 南アフリカの最大のメリットは法の支配(司法権の独立)と報道の自由が確立されていることであり、大統領といえども法の下の平等の例外たりえない。マンデラの薫陶を受けた現在の指導層が民族融和と格差是正を追求し、レインボー・ネイション南アフリカを更なる高みに導いていくことを心より願っている。マンデラ生誕100周年にあわせて、我が国が南アに領事を任命して100年となる記念の年に向け、南アの発展と日・南ア関係の進展に一層貢献できるよう努力していきたい。

リンポポ州 ボドエ村の児童施設にて