日本人学校・補習校の意義

前在ミュンヘン総領事 柳 秀直

 4年半前、私は、自分の子供を日本人学校とインターナショナル・スクール(以下インターと略)、そして補習校に通わせたことを寄稿しましたが、ミュンヘン総領事として3年5ヶ月間、ミュンヘン日本人国際学校と管内の5つの補習校に携わってきました。また、最初の1年3ヶ月は娘をインターの8年生、9年生に通わせました。就学年齢のお子様と一緒に在外に行かれたことのない外務省の幹部の方にとってはあまり関心は高くないと思いますが、最近、大使会議で、日本人学校の有用性に疑問を抱かれる方もいると聞きましたので、この場で在外における日本人子弟の教育という観点のみならず、海外における日本語教育の視点も含めて、日本人学校、日本語補習校の重要性について、現場を見てきた私の意見を記してみたいと思います。

1.海外における日本語教育

 私が赴任前に報道官・広報文化組織からもらった資料の中に、平成25年12月の「海外における日本語の普及促進に関する有識者懇談会」の最終報告書があり、その中で、外国における日本語教育は、①日本人学校・補習校における日本人のための教育、②日系人に対する継承語教育、③外国人に対する教育、の三つに分けられているとの説明があり、取り組むべき課題と方向性として、①需要面(如何に学習者を増やすか)、②供給面(如何に学習者を支援するか)と併せて、③海外永住日本人子弟等に対する継承日本語教育を推進する体制の整備、の三つが指摘されていました。現状では、日本人学校・補習校への支援は、日本の義務教育について、文科省と外務省、外国人に対する日本語教育は外務省を通じて国際交流基金等が担当している中で、補習校について講師の謝金と借料の補助、学校の安全確保は外務省領事局の主管となっているものの、教科書の配布は文科省予算で行われており、上記の趣旨から、その対象範囲も基本的には日本に戻る子供たちを想定していますので、継承日本語教育の推進という観点については、今ひとつ政府としての方針も政府内での体制も明確でないように思われます。

2.日本人学校のメリット

 日本人学校の良いところは、日本の教育を外国でも受けられるということだと思います。具体的には、インターでは教えられることのない国語(日本語)、社会等、日本人としてのアイデンティティ形成に必要な知識を学ぶことができることです。私の知り合いで、子供たちを仕事の都合で10年間米国の学校に通わせたので、日本でもインターに通わせたところ、大学は米国で学び、立派な国際人となったものの、日本人としては、ロスト・アイデンティティのような面があると述べていました。

 日本人学校では,国語や社会の授業に留まらず、運動会、卒業式など,極めて日本的な、日本の文化の一面を表す行事があり、これらは子供たちの人間形成に大きな影響を与えると思います。これらの行事に共通するのは、一言で言えば全員参加型ということで、運動会では大玉転がしとか、誰でも参加可能な団体競技をプログラムにちりばめていますが、欧米の学校のスポーツ大会は基本的には個人競技が殆どと思います。また、日本の卒業式では必ず合唱があり、しかも学校によっては混声三部くらいの曲をみんなで歌います。こうした全員参加型というのは個人の個性を伸ばすとの観点から、批判的に見る識者もおられるかと思いますが、私は日本の学校教育の良いところと思っており、海外の日本人学校は,正に日本の学校教育の良いところを教えてくれる存在と思います。

 最大のデメリットは高校がないことで、そのため中学生の子供がいる場合、連れて行くことをためらう、もしくは日本人学校があってもインターに入れざるを得ないというのが現状ですので、今の教育無償化の議論の中で、在外日本人学校にも高校を併設しやすくする道を開いて頂けたらと思っています。なお、在ドイツの複数の補習校からは、高校課程のみならず幼稚園についても補助の対象にして欲しいと要望されています。

 ちなみに、日本人学校も、日本の高校受験の際の帰国子女枠の対象になりますので、在外で日本人学校に行くことが、日本の受験との関係で不利になることはありません。

3.ドイツにおける補習校

 補習校は、もともとは駐在員の子女のため、日本語で国語・算数等を教育する施設として自主的に作られたものと思いますが、今日、少なくともドイツの多くの補習校では、ドイツ人の父と日本人の母を両親に持つ子供(逆のケースもありますが、日独間の国際結婚では1~2割かと思います)、すなわち、永住者となる可能性が高い家庭の子供が多くなっており、制度発足時に想定した実体とは乖離しつつあるように思います。ミュンヘン総領事館の管轄地域では、ニュルンベルクは、まだ駐在員の子女が約半分いるようですが、ミュンヘン補習校は日本人学校もあるため、補習校は国際結婚の家庭の子女が殆どで、ある種の棲み分けができています。一方、シュトゥットガルトは日本人学校がないので,まだ、駐在員の子女が2割くらいはいるようですが、ハイデルベルクやカールスルーエは、圧倒的多数が国際結婚家庭のようです。つまり、ミュンヘン総領事館管内で見る限り、補習校は,日系人子女のための継承語教育の場という性格が強くなっているようです。ちなみに、ドイツ全体で日本語を学ぶドイツ人は、国際交流基金の2015年の調査では13,256人、大学6,690人、市民大学講座4,518人、中学・高校1,896人、初等教育152人です。これに対し、ドイツの日本語補習校で学ぶ生徒の数は、1,300人以上いて、これら補習校に通っている国際結婚家庭の子女の日本語レベルは総じて高いので、彼らがきちんと日本語をマスターしてくれれば、外国における日本語教育という観点から見ても、大きな意味があると思います。私の任期中にカールスルーエ日本語学校について、教員の給与を補助の対象に認めてもらい、今は借料について要望中ですが、これらの補習校を、海外における日本語教育という観点からも積極的に支援していくべきと考えます。ちなみに、平成28年10月現在で,全世界で79,251人の日本人小中学生が学んでおり、そのうち日本人学校が20,001名(うち中学生は4,313名)、補習授業校が20,682名(うち中学生が4,054名)、現地・インターが38,568人(うち中学生が12,657名)となっており、日本人学校と補習校を併せても海外に暮らす日本人子女のやっと51%強にしかならず、海外にいる日本人子弟の半分近くは日本語で学ぶ機会がないことになります(但し、私の娘が行っていた学校も含め、インターでも日本人が多いところは日本語授業を行っているところもあるので、実際にはもう少し多くの子女が日本語を学ぶ機会に接していると思います)。

 補習校の卒業式では,卒業生の数が限られることもあって、卒業生一人一人が答辞を述べる場合が多いので、彼らの言葉を直接聞くことができるのですが、皆、幼稚園もしくは小学校一年生から一緒に学んできた友達が,学年が上がるごとに,減っていくのが寂しい、そうした中で頑張ってきて卒業できて本当に嬉しい、両親に感謝したいと述べています。日本人学校の卒業式は、日本同様に、涙を流す生徒も少なくないのですが、補習校の卒業式は、どこも非常に明るくて、その点は大きく違います。ちなみに、補習校の卒業式は、式としては日本の学校に近い形でやろうと努力されていますが、どこも程度の差はあるものの日本に比べれば緩やかで荘厳さが少ないのは、ドイツの学校の影響かと思われます。なお、いずれの補習校も、週一回の授業という制約の中でも、学習発表会のみならず、運動会や餅つき大会などの日本の行事を行っています。

4.インターナショナル・スクールと現地校

 上述の通り、ミュンヘンの二つのインターは、日本人子女が多いため(一校は約40名、他校は約20名)、日本語授業も行っています。他方、ドイツにおける日本語教育のネックは日本語教師の確保という面もあるからか、日本人が約80名いるシュトゥットガルトのインターや、約30名のエアランゲン(注:ニュルンベルクの西隣)のインターでは日本語授業はないようです。最近、日本の大学では、インターナショナル・バカロレアを受け入れたり、文系学部を中心に9月入学を受け入れるところも出てきており、日本の大学に入るには、時期的にも以前より容易になってきているようです。

 ドイツでは言葉の問題もあり、現地校に入れる日本の親は英米ほど多くなくインターに入れることが多いと思いますが、現地校やインターに通う子供たちも補習校があれば日本語が学べます。特に、日本は二重国籍を認めていない上に、日本語のあまりできない人に暮らしやすい国とは思えないので、国際結婚家庭の子女が、成人後に日本国籍を選択するかどうかに際しては,日本語がかなりできることが、本人や家族の決断に際し大きな要素になると思われます。日本の人口が減少していく中で、日系の人にできるだけ多く日本国籍を取得してもらいたいので、その点からも補習校は重要と思います。

5.学校の安全対策

 2016年から,テロ対策の一環として、在外公館はこれまで以上に日本人学校・補習校の安全対策に努力してきています。これまでも警察にラマダン中の警戒強化などをお願いしてきましたが、今回は学校側に具体的な警備措置の強化をとってもらうため、当館管轄地域内にある日本人学校とすべての補習校を、警備対策官がセキュリティの専門家と一緒に訪問しています。日本人学校では一部施設の強化など、具体的な改善措置をとってもらい、それを政府が補助しています。補習校の場合,週一回の授業ということで、自前の校舎はなく現地校を借りているので、工事を伴う対策を講じることは難しいようです。それでもドイツでもテロ等の事件が発生しているので、学校側も、マニュアル作りなど、専門家が提案しているいくつかの改善事項について、真剣に対応してくれています。

6.結語

 ドイツ人を対象にした日本語教育の点では、大学でも中高(ギムナジウム)でも中国語に押され気味のところ、この問題についても在外公館では努力していますが、日系人の継承語教育についてもできるだけの努力をして、今後とも在外公館はて、多くの日本人、日系人子女の日本語を学ぶ機会を支援していくべきと思っています。

 (なお、以上は筆者個人の意見であることを申し添えます。)