バルセロナの巨大漫画イベント(サロン・デ・マンガ)


在バルセロナ総領事 渡邉 尚人

●私は、2016年10月22日にバルセロナに日本国総領事として赴任しました。30年前にマドリッドの日本国大使館に勤務していた時に訪問して以来30年ぶりのバルセロナは、経済的に大きく発展し、今や国際的な大都市に変貌していました。
 コロンブスの記念像の建つバルセロナ港は、昔は漁港の様でしたが92年のバルセロナオリンピックを契機に再開発され、アジアとつながる南欧の物流拠点としての巨大な貿易港となり大型ショッピングモールや6隻の地中海大型クルーズ船が停泊できる波止場もできています。花屋の並ぶ街ランブラ通りは、昔の物騒さや夜の花の淫靡な雰囲気はなく、明るく安全になり、観光客にあふれています。19世紀に整然と区画整理された街並みは、昔は汚れてくたびれた感じでしたが、今や輝きを取り戻し、壮麗な噴水のある大広場、堂々たる大通り、旧市街の荘厳なゴシック建築群や奇抜なアールヌーボー様式の建築が立ち並び、美しく輝いていました。活気ある街角は芸術文化の雰囲気に溢れ、市民が自由と芸術、文化を謳歌していて、葉巻やパイプも街角のカフェで堪能できます。

●バルセロナの一大観光スポットのサグラダ・ファミリア(聖教会)は、当時は、天井もなく、生誕の門といくつかの尖塔が立つのみの工事現場の様でしたが、今やとてつもなく高い樹木の形の石柱に支えられた棕櫚の葉文様の重なり合う天井ができ、自然光が入り込む森の中の様な不思議な荘厳さを醸し出しています。39年間サグラダ・ファミリアで石を刻んできた日本人彫刻家の外尾悦郎氏渾身の15体の天使像達が生誕の門を飾り、受難の門もできています。今後栄光の門と中央のイエスの鐘楼の完成が待たれるのですが、1882年の着工から既に134年がたち、完成は建築家ガウデイ没後百周年の2026年といわれています。気の遠くなるような時間と労力、匠と芸術と信仰の結晶で、まさに人類の遺産といえるものです。

●さて、バルセロナのすごさを実感したのが、赴任から1週間目に開催されたマンガ・イベントの「第22回サロン・デ・マンガ」で、東京ドームの4倍の広さのバルセロナ見本市会場で、4日間にわたり開催されました。
 このイベントは、22年前から漫画やアニメの紹介イベントから始まり、日本アニメブームに乗って年々大きくなってきたものですが、日本の総領事館も総合的な日本文化紹介の場とすべく、和太鼓ワークショップ・コンサート、茶道、書道、俳句、アニメ、日本文学等各種講演会、紙芝居、日本紹介ブース設置等を行いました。更に、国際交流基金が吉本ばなな氏や角田光代氏を招へいし、また、民間企業より招へいされた日野晃博氏(妖怪ウオッチ、ドラゴンクエスト等ゲームクリエーター・アニメーター)、佐藤雅将氏(ドラゴンボール等アニメーター)、ひろゆきみやもと(ワン・ピース等アニメーター)、日下秀憲氏、山本さとし(ポケモン等漫画家)、伊藤潤二氏(ホラー漫画家)、山本 智氏(少年漫画家)、前田俊夫氏(成人向け漫画家)、谷口拓也氏(和菓子職人)等の各分野の第一線で活躍する文化人の講演会やワークショップ、サイン会等が行われました。このほかにも実に多くの講演会、展示会、コンサート、日本食や酒イベント、コスプレ大会、アニソン大会等が数限りなく行われました。

●開催式の当日、会場前に到着した私は会場をとりまく長蛇の列に圧倒されました。スペイン広場からはるか遠くのモンジュクの大噴水まで続く巨大な大通りに沿って、人々が幾重にも列をなして待っているのです。6千人はいると思われました。しかも列に並ぶ人たちが、巨大な剣や武具を手に持ち、派手な衣装とどぎついメークで漫画やアニメの人気主人公になりきっているコスプレイヤーという異様な光景です。会場まで行き着くのに当日券では3時間待ちでしたが、イベント関係者ということで何とか長蛇の列の間から会場内に無理やり入れさせてもらい、ようやく開会式に臨みました。

●開会式に行く前に、日本酒のコーナーがあり、そこで、州政府、市要人と酒樽の鏡開きで景気付けを行い、開会式に臨みました。開会式では、バルセロナ副市長、カタルーニャ州政府創造文化企業局長、サンタマリア・サロン・デ・マンガ事務局長他と開会あいさつを行い、当方よりは、マンガという日本文化が国際化しているところ、本件イベントがカタルーニャ、スペインそして世界的なイベントとして歴史的なものになることを期待する旨の挨拶を行いました。

会場外の様子

和太鼓コンサート

茶道デモンストレーション

それから広大な会場を巡回しました。あるパベリョンには、数多くのマンガやビデオ、フィギュア等のアニメグッズの店、日本食料理店、日本人漫画家のブース、サイン会、漫画の原画展示会、日本人芸術アート展示、総領事館ブース、盆栽、日本茶、俳句等のイベントスペース、日本の車やバイクの展示等があり、別のパベリョンには、広大なコンサート会場でアニソン歌手やロック、和太鼓等のコンサート、ビデオゲーム会場、ビデオゲーム対戦大会等数多くのイベントが同時並行的におこなわれておりました。日本のポスターや広報資料を置く総領事館ブースでは、当方も墨で名前書きを行い、好評でした。また、俳句講座も満員で根強い俳句人気を感じました。同講座に参加した当方の句「春爛漫君に届けよ十七文字」も嬉しいことに入選し短冊に書いてもらいました。
 会場は、多くの人出でにぎわい、すれ違う人並の大半は、コスプレプレーヤーで、特に女性のコスプレは気合が入っていました。女子高生や女王、女性戦士等の定番コスプレはもちろん、肌を露わにした大胆な女性コスプレがひしめき合うのです。
 前方から背の高い美女がやってきて、私の横を通り過ぎました。私はその姿に思わず絶句し呆然と見送りました。何と彼女は頭からつま先まで皮膚が全てはぎとられ、筋肉と血管があらわとなった人体模型の超絶コスプレなのです。究極の美の凄みに鳥肌がたってしまいました。

角田光代さんと吉本バナナさんの講演会も大盛況でした。各々の作家活動や文学世界、日本の文學事情等につき話され、極めて活発な質疑応答がなされました。日本女性の立ち位置についての角田さんの話は胸にしみるもので、また、漫画家が作家と並ぶ社会的地位を占めているとの吉本さんのコメントは大変興味深いものでした。また、お二人を招待してスペイン語やカタルーニャ語への邦訳者のアルベルト・ノラ氏や日本文学翻訳界の重鎮フェレール氏等も一緒に夕食会を催し、活発な意見交換を致しました。
 日本文学、特に森鴎外や夏目漱石、川端康成、大江健三郎、村上春樹はもちろんのこと吉本さんや角田さんの作品のスペイン語やカタルーニャ語への翻訳本が大人気となっているのです。今後は、カタルーニャ文學(大御所バルダゲーやギマラや人気作家のカルロス・ルイス・サフォン氏やイデルフォンソ・ファルコンス氏等)の邦訳が期待されるところです。日本文学ブームの予感をひしひしと感じました。

開会式の1日だけで5万人の入場者があり、4日間で15万人の入場者は、パリのマンガイベントを凌ぐ規模であり、非常によくオーガナイズされているイベントでした。警備も万全で事故もなく無事終わりました。今後このイベントは、更に大きく発展してゆくと思います。今年のテーマはロボットですので、日本の強みの発揮できる分野と思います。

バルセロナは、かつて天正少年使節(1585年)や慶長遣欧使節(1615年)が訪問する等長い交流史があり、2018年は、日本とスペインの外交関係樹立150周年で多くの交流イベントが準備中です。
 また日本人観光客はいまや年間60万人に達し、10月成田・マドリッド間のイベリア航空の直行便も開設されました。今後、羽田・バルセロナ間の直行便が望まれるところです。また、日本企業の楽天が世界屈指のサッカーチームFCバルセロナ(バルサ)のスポンサーとなり、バルサのユニフォームにはRAKUTENのロゴが入り、バルサの有名なサッカー場カンプ・ノウは、日建設計により改修予定です。

外交関係樹立150周年、2020年の東京オリンピック、日本ブーム等で今や日本とバルセロナ、カタルーニャ、スペインとの関係緊密化の歴史的な好機が訪れています。

この魅力ある街バルセロナに是非お越し下さい。  (了)

村上春樹に関する講演会

日本の中のアニメに関する討論会

当館ブース