第32回 記憶の頼りなさ

元駐タイ大使 恩田 宗

 福島原発事故について、官房長官は東電社長から現場からの「全員撤退」との趣旨の電話を受けたと言い、社長は「職員退避を検討する要あり」と政府に報告したが全面撤退を考えていた訳ではなく又それを官房長官に電話した記憶はないと言い、経産相は「退避」するとの電話を社長より受けたが全員撤退だと認識したと言っている。藪の中のような話である。

 体験したことの全てを記憶できないことは誰でも承知しているが、普通、記憶にあることは体験したことそのままだと思っている。しかし人間はあったことを必ずしもそのままに記憶している訳ではない。記憶の食い違いはそこから起こる。「錯覚の科学」(C・チャブリス)によると、脳は記憶を定着する時本当にあった事に自分の解釈を入れたり話しの筋が通るように細工したりそうあって欲しいことや間違ったことを混ぜたりすることがあるという。はっきり想い出せるからといってそれが正確だということにはならない。印象的な話を聞くと他人の体験を自分の体験だと誤って記憶することもあるらしい。強い思い込みをしているとそうした錯覚を犯しやすくなるという。

 クリントン夫人は選挙演説で、1996年のボスニア訪問の際は航空機を降りると狙撃兵の危険をさけるため「頭を低くして車まで走った」と述べ事実と違うと批判された。空港では歓迎式典があり出迎えの子供達にキスをしているところを報道写真に撮られていたからである。彼女のボスニア訪問の記憶は何か別の記憶と混ざっていたのである。クリントン氏は60過ぎれば誰でも忘れっぽくなると言って夫人を弁護したが年とったら確かだと思う記憶も一応疑ってみる必要がある。

 万里の長城は月から見える地球上唯一の人造建築物だと言われてきた。アームストロング・アポロ船長は地球帰還の直後に「一筋の銀色の鮮やかな鎖のよう」に見えたと言ったらしい。しかし長城の幅は平均10mで高度60kmを超えると肉眼では見えなくなる。月との距離は38万kmで2,700mの高さから地上の髪の毛を見るのと同じだという。アームストロング船長は後に「月からは見えない」と明確に否定したが見えるとの思い込みで見えたと錯覚したのである。

 二クソン訪中の際、大統領がフランス革命の及ぼした影響如何と質問したのに対し周恩来は「評価するにはまだ早すぎる」と答えたと報じられた。さすが中国人は歴史を長い時間で考えるものだと評判になった。しかし最近になり通訳をしたC・フリーマン元サウジ・アラビア大使が「ハッキリ記憶しているがあの時周恩来は1968年パリで学生が起こした五月革命のことを聞かれたと錯覚してああ答えたのである。大統領がそのまま受け止め感嘆しておりそれはそれで味のある応答になったのでその時あえて訂正しなかった。」と種明している。他方、中国外務省の記録を見たという学者はあれはキッシンジャーとの会談のときのことだったと言っており、キッシンジャーは代理人を通じそんな記憶はないと返事しているらしい。真実の究明も大切だがこうした話は元のままにしておく方がいい。