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アイスランドに住むとわかること(Living iN-Iceland)


前駐アイスランド大使 在ジュネーブ代表部次席大使
志野 光子

アイスランドはナイス・ランド。何が素晴らしいかと問われて、すぐに思いつくのは、地球上とは思えない希有な風景でしょうが、それ以上に素晴らしいものがあります。

○夏と冬、それぞれの大自然の魅力

 最初に印象に刻み込まれるのは、大自然。空港で出迎えてくれた儀典長と一緒にレイキャビクに向かう車の中、会話に困るほどの、何も無さ。後にアテンドしてくれたガイドさんも「Welcome to absolute Nothing!」と案内してくれたレベル。街が無いとか、建物が無い、という次元では無く、地平線と水平線に囲まれているような何も無さなのです。大地にも草木はなく・・・かと思うと、黒い大地が緑の物体で覆われて見えます。溶岩大地(それも枕状溶岩というゴロゴロした溶岩)を分厚いコケが覆い尽くしていて、大地に宇治金時をぶちまけたようです。

 アイスランドには、日本同様、火山や地震といった活発な自然の活動がありますが、プレートがぶつかり沈んでいく日本とは反対に、ユーラシアプレートと北米プレートが発散する境界上にアイスランドは存在するため、日本の火山帯の風景とも異なる奇妙な景色をみることができます。例えば、急に温水が噴出する間欠泉(ゲイシール)。930年に民衆を代表するチーフタン会議が始められたシングヴェトリルの谷間。高さがあったり水量があったり、地下水が急に湧き出てきたりと、多種多様な形状で魅了する滝。特に六月を中心とする白夜の季節は、ほぼ一日中、大自然を堪能することができます。そして今のところ入場料無料です。

 反対に極夜に近い冬はオーロラの季節。私が着任した2014年の冬は、噴火する火山の赤色とオーロラの緑色を堪能するヘリコプターツアーが流行っていました。大晦日になると、海上レスキューチームとボランティアグループへの感謝の気持ちも込めた花火が、各家庭から(そう、市でも団体でもなく、個々人の家庭から)何万発も揚げられ、真っ暗な夜空を埋め尽くします。日本には「冬の花火」という季節外れの代名詞みたいな言葉があると伝えると、アイスランド人は笑いながら、白夜の夏の花火は、それこそ季節外れだよと答えます。

溶岩とコケの大地
地下水からわき出る滝

○余談:金融破綻から救ったのも観光

 アイスランドの大自然の素晴らしさだけではなく、中には苦い経験をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。2010年、エイヤフィヤトルヨークトル火山の噴火により、細かな火山灰が成層圏にまで達し、数週間にわたり欧州の空域が封鎖されたことがありました。私も、ジュネーブに出張に行った同僚が戻れず、困ったことを思い出します。

 この火山噴火に先立つ2008年10月、アイスランドはバブル経済がはじけ、金融不安に陥ります。高金利を背景に、英国を中心とする欧州諸国の預金を積極的に集めていたのですが、国際的な金融危機の余波を受け、破綻の危機に直面します。しかも、国際金融にも外交にも不慣れな小さな島国は、早急に適切な救済策を近隣諸国、特に英国に訴えることができず、あっという間に国家金融破綻にまで至ってしまいます。為替レートは一気に半分にまでデヴァリュエイトされ、当時国外に出張中であったアイスランド外務省員は、数日の間にカードがブロックされ、ホテルの宿泊代が自国通貨では倍額になるのを、途方に暮れる思いで見ていたといいます。その後、自国民の預金保護を目的とする英国は、アイスランドを反テロ法の対象国とし、その資産を凍結してしまいます。アイスランド人にとっては、北朝鮮とならぶテロ国家指定を受けるという屈辱まで味わうことになるのです。(この背景を知っていると、2016年欧州サッカー選手権で、アイスランド・チームがイングランドに勝利したとき、なぜアイスランド国民があれほどまでにモノ凄い歓喜にわいたのかが、おわかりいただけるかと思います。)

 金融破綻で意気消沈し、テロ国家指定で孤立化するアイスランドを救ったのが、意外にも火山の大噴火。噴火のニュースの中継により、欧米各地にアイスランドの自然の美しさが知らされることとなります。さらに当時のアイスランドは、為替レートを半分に切り下げているので、観光にかかる費用も、ほぼ半額。安くて、美しい観光地として、一気に観光ブームを迎えることになるのです。ちなみに、米国の放送局では、火山名を読み上げることのできないキャスターが続出したため、「E15(Eの後にスペルが15個)」という略称で呼ばれていたとか。知人のアイスランド人は、「I forgot my yogurt.」を早口で10回言うと火山名に近くなると、コツを教えてくれました。

 私が勤務していた2016年当時のアイスランドは、人口約34万人のところに、年間観光客約150万人という規模。当然、アイスランド経済への寄与度も高く、外貨獲得産業としては、伝統的な水産業、火山を利用した地熱発電によるエネルギー産業を抜き、観光業が第一位の産業となっていました。ちなみに、今日のアイスランドは経済の活気を取り戻し、外貨規制も撤廃し、以前のようなバブルに近い景気を享受しており、残念ながら、安い観光地ではなくなってしまいました。

氷河
神の滝

○大自然以上に素晴らしいもの・・・信頼社会

 短期間、観光目的で訪問しても、その素晴らしさを十分堪能できる国ではありますが、住んでみて痛感するのは、アイスランド社会の居心地の良さです。

 アイスランドは人口約34万人の島国で、日本のちょっとした市町村が独立したようなものです。昔の日本で○○地区の太郎と呼称したように、アイスランドは○○の息子(娘)の△△というのが正式な氏名となっています。例えば、祖父のファーストネームがペーター、父がグンナル、息子がステファン、娘がアンナだとすると、父親のフルネームはグンナル・ペーターソン、息子はステファン・グンナルソン、娘はアンナ・グンナルスドッティルとなります。つまり氏名を見れば、生物学的な父親(または母親)がわかる仕組みになっているのです。ちなみに、大統領であれ首相であれ、アイスランド名であればこの名前のシステムは同じですから、大統領もヨハンの息子のグズニ(グズニ・ヨハネソン)、バイキング・チャントの手拍子で有名になったサッカー主将はグンナーの息子のアーロン(アーロン・グンナルソン)。名前を呼ぶ毎に、なんだか家族ぐるみで知り合いになったような、そんな親近感を覚えていきます。

 人口30万人強で親が誰かわかる状態となれば、なかなか悪事はしにくい状態。結果として、皆が皆を知っているような、信頼することから始まる社会ができあがっています。例えば、大統領府も首相府も、フェンスに囲まれていません。気がつかないうちに敷地内に入ってしまいかねません。事実、岬の端に位置する大統領官邸は野鳥の宝庫でもあるため、週末には観光客が紛れ込み、庭を散歩中の大統領と談笑する(そして大統領は自己紹介をするものの、観光客は相手が本物の大統領だとは信じない)ことが多々あるそうです。私が着任したときには存在しなかった監視カメラは、2015年になってようやく取り付けられたようですが、それでも柵も警備員も見当たりません。グリムソン前大統領に警備を強化しないのか聞いたことがありますが、「交通事故が起きても人は車に乗る。そしてできる限り交通事故の被害を小さくする方に努力する。なぜなら車を使用する利便性に、より価値を見いだしているからだ。私たちアイスランド人は、信頼を基盤に置いた社会に、より高い価値を置き、その上で治安を考えることにしている。」とのこと。テロが喫緊の脅威となっている21世紀の世界で、強い信頼から人間関係が始まる社会が未だに存在できるなんて、絶滅危惧種くらい希有な存在です。

 旅行者として短期間旅をしただけでも、注意深く観察すれば、きっと信頼社会の存在に気がつかれると思います。買い物をする時も、観光地を訪れた時も、見張られている感じがありません。誰も悪いことはしないであろう、イタズラすらしないであろうという雰囲気が流れています。そんな信頼が漂う空気の中では、なおさら不正を働く気にはなりません。そして、その信頼が、人と人との間に、ちょうど居心地の良い距離感を生み出しているように感じられます。

住んでいる内に、私たちもアイスランド化してゆき、レストランでも観光地でも、困っている人が居ればお節介に声を掛け、親しく会話するようになります。不用意なことに家や車の鍵をかけ忘れたり、買った品物を置いたまま車を取りに行ったり・・・そこまで来ると完全アイスランド人です。

 こんな居心地の良い信頼社会で、唯一居心地の悪い思いをしていたとすると米国大使館でしょう。1940年代に入居した建物が老朽化し手狭になったため、米国大使館も日本大使館の近くに引っ越すこととして、敷地や建物の建築を始めたのですが、米国政府が法律上求めているセキュリティー対策を充足しようとすると、二重ゲートやら防弾ガラスやら鉄格子やら、かなり重装な警備を設置しなくてはなりません。しかし、大統領府・首相府にフェンスすら無い国で、高さ2メートルほどの鉄柵を張り巡らせるとすると、それはアイスランドの刑務所以上の重々しさです。なんとか例外的に緩和してもらおうと努力していましたが、私が勤務している間は、ついに実現することはありませんでした。

○是非、ナイスランドを経験ください

 そんな、アメリカですら居心地悪く感じてしまうような信頼社会のアイスランド。拙稿をお読みいただいた皆様、是非、アイスランドを御訪問いただき、大自然に目を奪われるだけでは無く、ほっこり包み込むような人間関係をご経験ください。自然も人も、21世紀の地球とは思えない、そんな不思議な魅力の虜になること間違いなしです。

渡り鳥 パフィン
首相府