グアナファトの自動車フィーバー


在レオン総領事 鈴木 康久

 今年の1月13日にメキシコのグアナファト州で某自動車メーカーの生産50万台記念式典があった。出席者は本社社長と幹部、グアナファト州のマルケス州知事と州政府関係者、及び小官及び数名の招待客で、残り大勢は工場で働く大勢の従業員代表であった。式典ではメキシコ人従業員のメッセージビデオが流れた。車両据え付け班長、ドア取り付け班長、塗装班長、品質検査班長等々各生産ラインの班長とおぼしき人物10名ほどが(女性班長もいた)、その班全員のメンバーをバックに次々とビデオでメッセージを流した。「私たちは自分たちの生産ラインの中で、ドアがしっかりと据え付けられるか確認し、安全な製品が消費者に届くよう日々努力している。(班全員がウォーと歓声)」「私たちは、検査部で不良品がないか、品質の管理を日々チェックし、安全な自動車作りに貢献している(班全員が拍手)」等々。そして会場に置かれた50万台目の車にメキシコ人の工員が並んだ。そのビデオとメキシコ人工員を見たマルケス州知事は涙を流さんばかりに感激していた。彼は式典で「今日見た姿は数年前見たメキシコ人工員の姿と明らかに違っていた。彼ら若者が工員として大きく成長していることをこの目で見ることができてうれしい」と語った。同席した出席者全員が同じ思いをした。

  今世界中の自動車産業が注目しているグアナファト州はメキシコ中央高原にある人口500万人を超える州で、元々は、銀の生産で1520年代にスペイン人によって最初に植民地化された地域の一つであった。その地にGM社が目をつけて90年代に5000人余りが働く大きな工場を稼働させたが、GMに呼ばれる形で幾つかの日本のサプライヤーもその地に進出し、また、グアナファト州の左隣のアグアスカリエンテス州で日産も自動車工場をスタートさせ、更にサプライヤーの進出が進んだ。そして数年前にマツダとホンダ(第2工場)が進出し、今またトヨタが新規の工場建設を開始した(バハカリフォリニア州に次いで2つめ)。右上隣のサンルイスポトシ州ではGMとBMWも工場を建設中で、アグアスカリエンテス州では日産とダイムラーベンツの合弁工場(COMPAS)を建設中である。メキシコ国内に輪を広げると、3つのフォードの工場、3つのFCA(クライスラーとフィアットの合弁)の工場、2つのフォルクスワーゲンの工場(いずれもエンジン工場を含む)、それにアウディ、KIAも工場を有し、トラックやバスの工場まで加えるとリストが更に増える。

 気がつけば、メキシコは自動車産業のメッカに成長した。そこまでに至ったのには幾つか理由がある。一つはNAFTA。既に20年の歴史があるが、NAFTAはそれまで保護主義的な貿易政策に揺れることもあったメキシコを自由貿易国に留め置く効果があった。当時それに加えてメキシコ政府が採用した国境地帯に適用したマキラドーラ(一種のフリーゾーン)の制度があり、それを利用して多くの日系家電メーカーが進出した。その後、マキラドーラの制度が国境地帯のみならず、どの地であれ輸出企業に対して適用される免税制度となった。二つ目は、メキシコの若い人口構成である。ジェトロ資料によれば、メキシコは人口ボーナス期ではインド、ブラジルに続く三番目の国とされている。特に米国への出稼ぎのトップクラスだったグアナファト州などでは、進出した日系企業は若者たちの貴重な就労チャンスとなっている。そのお陰で、メキシコ側の配慮は相当なものがある。自動車運転免許取得マニュアルが日本語で作成・配布され、事故に合ったときの緊急電話対応のために日本語対応の窓口ができ、空港にはトラブル注意の日本語の掲示板がある。主要な幹線道路には「ようこそレオン市へ」という日本語の標語まで掲げられている。

 中央高原は物流にとってメリットではないが、従って、物流がこの地の最大のネックの一つとなっているが、多くのサプライヤーを必要とする自動車産業にとって、何もない広大な土地は魅力となっている。そのお陰で州内には、42もの工業団地があり、まだいくつかの工業団地を新たに建設中である。日本にちなんで「センダイ」という名の工業団地まである。最大の工業団地は「プエルト・インテリオール工業団地」で、100社あまりの企業群の中で、日系企業も50社を超えている。団地内には、大学、ホテル、病院、銀行、レストラン、それに保育所などが整備され(幾つかは建設中)、さながら砂漠の中の人工産業都市である。昨年末に実施した調査では、グアナファト州の日系企業数は234社、自動車産業のサプライヤーが集まっている周辺の5州を合わせると571社となっている。更に、内陸のデメリットを修正するのが、メキシコの中央高原からカナダにまで通じているカンサス鉄道とフェロメックス鉄道である。レール幅が同じであり、貨物に乗せた車両は、ここから米国、カナダまで届けられる。国境を越えても、車輌はそのままで、運転手だけが交代して列車ごと北上する。この鉄道のライン上に主要な自動車メーカーの工場が設置されている。この二つの鉄道は、米墨間の大動脈で、メキシコから米国に輸出する野菜や果物も運ぶし、米国からは自動車パーツや、穀物がメキシコに運ばれてくる。トウモロコシでさえ、特に家畜用のものは米国から輸入している。おまけにメキシコに石油化学コンビナートがないため、自動車産業に不可欠なプラスティックや塗料の原料と言った重要な石油化学製品も米国から輸入している。

 米墨間には昔から多くの係争があったが、今や経済を中心に両国は強く結ばれ、スクランブルエッグ状態?で、白身と黄身を分けることはできないというのが、筆者の正直な感想である。本年発足した米国のトランプ政権の意向を受けてNAFTAの見直し協議も始まろうとしている。日系の大手ゼネコンによれば、進出を予定していた日系企業の中には、しばらく様子眺めで新規投資の時期を延期している企業もあると聞いているが、既に進出した企業の多くは、従前通りの企業活動を進めており、マスコミの報道に踊らされないよう努力しているように見受けられる。 


メキシコの独立運動のきっかけとなった「独立の叫び」のイベントで、市民による独立 宣言が行われている。


グアナファト州知事と経済大臣が「独立の叫び」を知らせる教会の鐘をならしている。