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天皇皇后両陛下の初のベトナムご訪問


梅田 邦夫
駐ベトナム大使

(はじめに)

2017年第一四半期、ベトナムでは安倍総理ご夫妻の4年ぶりの公式訪問(24社幹部同行)、三村日商会頭をヘッドとする大型経済ミッション来訪、天皇皇后両陛下の初の御訪問といった「歴史的重要行事」が続いた。両陛下のベトナム御訪問(2月28日―3月5日)を中心に日越関係の現状について述べたい。

1.両陛下のべトナム御訪問の背景・意義等

(1)両陛下のベトナム御訪問中、長年日越関係に関わってきた一部の方は、次のような思いを吐露された。「自分の目の黒いうちに両陛下がベトナムを御訪問される日が来るとは思いもしていなかっただけに、両陛下を迎えて晩餐会が開催され、自分も出席していることは夢のようであり、感無量である」。この思いは、おそらく長年ベトナムと関わってこられた方々の共通のものであろう。

30年前1987年のベトナムは、長年の戦乱と計画経済で疲弊し、前年にドイモイ(刷新)政策を開始したものの、カンボジア侵攻は続き、国際的に孤立していた。一人当たりGDP86ドルの最貧国、当時、世界の大使館の中で、ベトナムは勤務環境最悪国の一つであった。活気に満ち、各国要人が次々と来越する現在と比較し、「隔世の感」がある。これまで、ベトナムの発展と日越関係強化のために働かれた方々のご尽力に感謝を申し上げたい。

(2)ご訪問の背景

両陛下御訪問の背景は、第一義的には、国賓として訪日したチエット国家主席(2007年)、サン国家主席(2014年)などベトナム首脳からの長年の御招待に応えたものである。同時に、90年代初めまで冷たい関係であったベトナムが、今や世界有数の親日国となり、日本と戦略的利益を共有し、2千5百社の日本企業(アセアンではタイ、シンガポールに次ぎ第三位)が進出する重要国になったことがある。また、09年から3年毎に日メコン首脳会議が日本で開催される等、要人の往来も年々頻繁となっている。

その一方、日越関係は年々成熟しつつあるとはいえ、関係改善が始まったのは、カンボジア和平成立(1991年)、ODA再開(1992年)以降の20数年のことであり、村山総理ベトナム訪問(1994年)が、日本総理の初の訪越である。本年2月末、ハノイ初の工業団地設立20周年記念レセプションに出席したが、97年当時の最大課題は進出企業が本当に確保できるか否かであったと聞いた。経済関係緊密化の加速は21世紀になってから、特に2007年、越のWTO加入前後からと言っても過言ではない。従って、未だお互い知らないことも多く、相互理解を深め、関係の基礎固めの余地は依然として大きい。

(3)ご訪問の意義

今回の両陛下の御訪問にあわせ、ベトナムでは皇室制度や両陛下の活動等が沢山報道された。両陛下は、国家主席、党書記長、首相、国会議長の「トップ4」に加え、元日本兵残留家族、ドク氏夫妻(ベトちゃんは数年前に死亡)、盲学校・孤児院関係者(杉良太郎氏が30年間支援)、元日本留学生等を御接見された。また、自然科学大学博物館(天皇陛下が41年前、新種のハゼ標本寄贈)、フエ王宮、ファン・ボイ・チャウ記念館を御訪問された。このような接見、訪問を通じ、これまで少数の人にしか知られていなかった日ベトナム間の歴史的繋がり、人的・文化的絆について、多くの人が知る事となった意味は非常に大きい。

私自身、終戦後、約6百名の日本兵がベトナムに残留し、抗仏独立戦争(半数以上が戦病死)に貢献したこと。その多くが結婚し、1954年以降家族を残して帰国を余儀なくされたこと。そのご家族が現在も日本への強い思いを有し、ベトナムに在住されていることを着任して初めて知った。また、1904年日露戦争直後、大隈重信、犬養毅の示唆を受け、ベトナムで日本留学運動(ドンズー運動)が起こり、その運動の中心人物であったファン・ボイ・チャウ氏と浅羽佐喜太郎氏の強い信頼関係・友情が現在も大切に引き継がれていることも初めて知った。

(4)ベトナムの歓迎ぶり

詳細は省略するが、ベトナムでは正に国をあげての大歓迎であった。指導者レベルでは、越の集団指導体制を象徴する「トップ4」(国家主席、党書記長、首相、国会議長)が夫々工夫をし、前例のない形で、両陛下をお迎えした。また、国家副主席夫妻がハノイでの空港送迎をおこなった。更に、フエでは空港からホテルまで約16キロの沿道では、ほとんど切れ目なくフエ市民が手や日本国旗を振って送迎し、圧巻であった。

大歓迎の背景には、両陛下に対する敬意の気持ちがある。右に加え、昨年8月、天皇陛下が退位の意向を示唆され、日本では退位のあり方が連日国会で議論されている中、また、今回が最後の外国訪問の可能性があると報道されている中、御高齢の両陛下の御訪問は「両陛下のベトナム重視の証」として、ベトナム側が深い感謝を有していたことがあげられる。

(5)天皇陛下のメッセージ

天皇陛下は、チョン書記長との御引見等の機会に、二つの重要なメッセージをベトナムに届けられた。一つ目は、ベトナムが長年にわたる幾多の戦火を乗り越えて、平和を達成し、ここまで国を発展させてきたことに対する「敬意」である。二つ目は、将来に向けて、両国国民が「平和の大切さ」を心に刻んで進んでいくことの重要性である。

ハノイでの行事終了後、越外務省高官から、「ベトナム指導者及び国民は、陛下のメッセージを理解し、感謝している」とのコメントが寄せられた。現在のベトナムの指導者は、10代、20代でベトナム戦争を経験しており、間違いなく、世界の指導者の中で「平和の価値」を最も肌で理解している人々である。

6日間、両陛下のお供をさせて頂いて強く感じたことは、「無私で慈愛」に満ちた両陛下のお言葉や振る舞いは、国籍を問わず、両陛下にお会いできた人々、その様子をテレビなど見ていた人々を魅了したという事である。皇后陛下は、残留日本兵の妻であるスアンさん(93歳)の前で膝を折り、涙ぐみながらお礼を繰り返す彼女の小さな体を何度も抱き寄せられた。そのお姿は、報道陣を含め、その場にいた全ての人の「魂」を揺すぶった。

ご訪問終了後、「両陛下は日本のモラル・パワー」である、「日本の良心を具現化されている」との声が、ベトナム人有識者から寄せられた。両陛下のベトナムご訪問は、正に日本・ベトナム両国間の相互理解の幅を広げ、親近感を増幅する歴史的機会であった。このような歴史的機会に大使として立ち会えたことは幸いであった。

(6)多くの方の協力

今回、両陛下のベトナムご訪問に際し、日越関係に長年かかわってこられた多数の方々(杉良太郎氏、小松みゆき氏、夏目医師、古田日越大学学長、服部医師、坪井早大教授、白石早大教授、中川早大名誉教授等)から、様々な示唆やご協力を頂いた。心から感謝したい。

 

2.日越関係の現状と課題

(1)日越関係の現状

日本とベトナム間には、良好な国民感情が存在している。また、指導者レベルの信頼は厚く、戦略的利益を共有、経済的にも補完関係にあり、現在その関係は最良の状況にあると言える。フック首相は、1月の首脳会談の場で、日本を長期的な最優先パートナーと考えていると発言。ベトナムにとって、安倍政権下、政治が安定している日本は安全保障、投資、対外援助、文化交流で一番信頼できる国との考えであろう。

日越関係の緊密化・拡がりを象徴する出来事として、3月、JASSO(日本学生支援機構)とJTNO(日本政府観光局)の二つの政府関係機関のハノイ事務所が新設されたことを明記したい。

今年の第二四半期以降、多数のベトナム要人が日本を訪問する。6月に予定されているフック首相訪日が大きな節目となるが、準備のため、情報通信大臣、投資計画大臣、副首相兼外務大臣が訪日予定。国家副主席も女性企業家数十名とともに訪日する。夏以降は、議員間交流、APEC首脳会議(11月)への総理出席と続く。

(2)二国間関係上の課題

(イ)これらの機会を活用して、具体的プロジェクトの進捗・実現を図りたいが、ベトナムでは、政策決定手続きが遅い、決定プロセスの不透明、汚職蔓延などの問題があり、官民が協力して、一つ一つ取り組んでいく忍耐が必要である。企業支援における大使館、総領事館の役割は非常に大きい。

(ロ)もう一つの懸念材料は、日本の少子高齢化・労働者不足に起因する日本在住ベトナム人急増、ベトナム人犯罪と不法滞在の増加である。過去5年間で技能実習生数は、5倍増で約7万人(2016年末)が日本に在住。留学生は、10倍以上の急増で約6万人である。ベトナム人の犯罪件数は、2年前中国人を超えた。

技能実習生については、改定法律が今年秋に施工予定であり、改善が期待できるが、問題は留学生。大半は、日本語学校に通い、犯罪率も高い。誤った情報の流布、書類偽造も指摘されている。

大使館は、ビザ申請の繁忙期である3月から、申請窓口増、ビザ審査の厳格化に取り組んでいる。JASSOと協力し、正確な情報伝達も強化する考えである。また、今年2月、東京では関係各省代表からなる「技能実習生と留学生に関する、外国人犯罪対策検討会」が設置され、政府全体として問題への取り組みが開始された。大使館としては、ベトナム人留学生が、人生の一時期を日本で過ごすことでき、有意義であったと思えるような、環境整備に努める考えである。 (了)