第28回 想像力

元駐タイ大使 恩田 宗

想像力には羽がありどこへも自由に飛んで行くというが想像を超えるという言葉のある通り行ける所に限りがある。

地球から観測可能な範囲に3,000億兆の星があり最大の星は直径20億キロ(地球の直径は13,000キロ)だと本にある。又、銀河集団を網目模様に浮かべて暗く冷たく広がる宇宙は出来て137億年だともある。しかしそうだと知っても日常経験している数量からあまりに隔絶していてその程度を感覚的に想像できない。              

中東・北アフリカではここ数十年宗派や民族・部族の対立と欧米に対する反発・憎悪が絡み破壊流血の事態が続いている。日本ではそれがどうしてそうなるのかニュースを聞くだけでは実感として理解できず他人事のように関心が薄い。地球は中型の星に従う小さな小石のような天体である。一流文明国であってもその想像力は小石のすぐ裏側の同じ人間の嘆き苦しみに思いを寄せられぬほど貧弱なものなのだろうか。想像力が飛ぶ時の足がかりは経験と知識である。関心が薄いのは経験と知識が不足しているからである。自分達が経験したことのない問題や知らない事に対しては直ぐには感情移入できないのである。

経験のあるなしはものの理解に決定的に影響する。蜷川幸雄が中東で「トロイアの女」を演出した時、炎に焼ける祖国を背に奴隷として船に乗せられる終幕で現地人役者は何度も振り返り立ち止まって動かなかったらしい。亡国ということについて日本人の役者とは「経験しているものが違う」と感じたという。翻訳家の宮脇孝雄は翻訳も年が近く同性で経験の似た著者の作品を選ぶ方が無難だと説く。初老の男性作家の小説を訳した若い女性の例はこうである。年配の主人公が医者に自分の妻は娘か孫娘のように歳が違うと言うとWon’ t hurt to keep it in mind と答える。彼女はそれを「そのことは心の中にしまっておけ」と訳している。「歳の差を意識していて損はない、ことはほどほどに」との趣旨を理解できていない。齢と病は実際に経験してみないと分からない。

経験不足はことにもよるが知識で補える。新井白石は広く和漢の典籍に親しみ洋学は蘭学の祖と言われる程の大知識人で鎖国の時代にあっても世界事情に驚くほど精通していた。彼が尋問した宣教師シドッチも法王庁が厳選して送り込んできた学識者だった。人生経験や立場の全く違う二人が通じ合えるものを感じることが出来たのは両者が身につけていた教養のおかげである。

中東イスラム圏に吹く嵐は当分おさまる気配はない。グローバリゼーションも止まらぬ歴史の流れである。イスラム教徒の数は増大の一途をたどっていて今や16億人を優に超えるという。日本一国の利益を考えても学校でイスラム文化の基本をしっかり教えておく必要があると思う。本来国を開くということがそういう事を含んでいた筈である。

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