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ソロモンと遺骨収集事業

木宮 憲市
駐ソロモン特命全権大使 木宮 憲市

 ソロモン諸島は、日本から南へ約5,000キロの彼方、パプアニューギニアの東側、豪州ブリスベンから北東に飛行機で3時間 程のところに位置する。エリザベス女王を国家元首とする立憲君主国で、大小約1000の島々からなる島嶼国である。その面積は四国の約1.5倍の大きさで人口は約60万人。1978年7月7日に英国から独立した若い国家である。 1978年、ソロモン諸島が英連邦の一員として独立した時に、日本はソロモンとの外交関係を樹立した。それ以来、両国は様々な分野で友好的な協力関係を発展させて来た。 日本は、これまでソロモンに対し、無償資金協力や技術協力を中心に400億円余りの開発援助をしてきた。JICAボランティアの派遣数は約400名に上り、ソロモンからの研修員受け入れは1000名以上になる。現在、ククムハイウェイ拡充計画が進行中であるが、2018年の完成の暁には首都ソロモンの交通インフラの向上に大きく貢献するであろう。更に、現在約30名の日本人がJICAボランティアとしてソロモン各地で活躍している。そうした長年に亘る努力の積み重ねの結果、ソロモンの対日感情は極めて良好なものとなっている。

 さて、首都ホニアラがあるガダルカナル島といえば、太平洋戦争の激戦地として有名である。 1942年8月、旧日本軍が海岸付近に建設していた飛行場を米軍が上陸して奪還し、以来翌43年2月までの半年間激しい攻防戦が繰り広げられた。旧日本軍は補給と密林の厳しさを無視した作戦により、上陸した日本軍将兵は次々に飢え、ガダルカナル島は「餓島」と呼ばれた。ガダルカナル戦には3万1千人余りが投入され、2万2千がこの地で戦死したが、実際の戦闘による死者は5千人余りで、大部分は餓死か病死であったという。 戦後、政府や日本遺族会、全国ソロモン会等の民間団体による遺骨帰還事業で1万5千人余りの御遺骨を収容することができた。しかし、戦後70年以上を経た今日でも、なお熱帯の密林奥深くに取り残された7000柱を超す御遺骨が、祖国日本への帰還を待っている。 毎年、日本から多くの慰霊団の方々がソロモン各地における慰霊碑やアウステン山の平和公苑等にお参りに来られるが、それら施設の維持管理は、すべて地元の民間人や在留邦人の善意と地道な努力によって推進されてきた。 戦後長い年月を経て、遺族世代も高齢化が進み、実際に現地を訪問することも難しくなって来た。このため、遺骨収集事業を加速化して、少しでも早く戦没者に関する情報収集を行い、可能な限り遺骨収容に努めつつ、慰霊と平和祈念の活動を積極的に推進することが強く求められていた。そうした中でようやく本年4月、議員立法による「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」が施行され、一般社団法人「日本戦没者遺骨収集推進協会」が立ち上がった。今後9年間を集中実施期間と位置づけ、戦没者の遺骨収集活動に積極的に取り組むことになった。今後は、国の支援を得ながら推進協会の主体的な事業として、ガダルカナル島等の密林の奥地にて散華された戦没者の遺骨収集と慰霊の事業が一層積極的に推進されることを期待したい。 本件事業が将来に亘り持続性を維持するには、地元政府および民間の協力が不可欠であることは言うまでもないが、特にその活動が若い世代によって受け継がれていくことが極めて重要である。その点、NOP邦人「JYMA日本青年遺骨収集団」の若い青年男女が遺骨収集活動の担い手として参加していることは、心強い限りである。

 2014年9月、海上自衛隊練習艦隊が戦後初めてホニアラに寄港し、収集された御遺骨を艦隊に乗せて日本に帰還させることが出来た。そして2016年12月には、海上自衛隊護衛艦「高波」がホニアラを訪問し、当地にて焼骨した御遺骨(150柱)の日本への帰還が実現した。 現地において長年に亘り、本件事業の推進にご尽力いただいた関係者の努力には本当に頭の下がる思いがする。私達は、これを契機に更に今後とも遺骨の捜索・収容・慰霊に万全の体制をもって臨んで参りたい。そして遺骨収集及び英霊顕彰の事業が、今後とも一層円滑に推進されると共に、日本とソロモンの友好親善関係が一層堅固なものとなるよう祈って止まない。 明年2017年は、ガダルカナルの戦いから75周年に当たる。先の大戦の歴史を改めて振り返る機会であると共に、かつては敵国として戦った者同士が、戦後の価値観を共有するに至った和解の歴史を再認識し、将来に亘って二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないという不戦の誓いを新たにする重要な機会でもあると思う。 今後ともアジア・太平洋地域、更には国際社会の平和と繁栄に一層積極的に貢献して行くことを力強く発信するという観点から,日本及び関係諸国が、2017年の然るべき時期にソロモン諸島の首都ホニアラに一堂に会し、ガダルカナル戦で亡くなった将兵等の慰霊と平和祈念の催しを共同で開催することはできないであろうか。