マーシャル諸島共和国と日本

光岡 英行
駐マーシャル大使 光岡 英行

1 はじめに

 マーシャル諸島共和国は、冒険小説「宝島」の作者スティーブンソンをして「太平洋に浮かぶ真珠の首飾り」と言わしめた大変美しい島嶼国で、29の環礁と5つの島から構成されている。環礁というのは中央部に島がなくドーナツ状に形成された珊瑚礁のことで、米国の核実験で知られるビキニ環礁や世界最大の環礁であるクワジェリン環礁もこのマーシャル諸島共和国にある。環礁の生い立ちは、先ず熱帯の火山島の周囲に珊瑚礁が形成され、その後、火山島が沈降することにより珊瑚礁のみが上方に成長、中央の火山島が完全に海面下に没すると、環状の珊瑚礁のみが海面に残り、環礁が形成されるというものである。環礁は平坦な地形をしており、その幅は広いところで500メートル程度、狭いところではわずか数十メートルしかなく、場所によっては右を見ても海、左を見ても海というちょっと不思議な光景が広がる。

 日本から首都マジュロに行くには、直行便はなく一旦グアムかホノルルで飛行機を乗り換えて向かうことになるが、グアム経由の場合であると、グアム・マジュロ間は、途中四つの島を離着陸を繰り返しながら移動していく通称「アイランドホッパー便」と呼ばれるフライトを利用することになる。マジュロも環礁であるので、飛行機が着陸に近づくと、幅の狭い陸地は視界から消え、目に映るのは右も左も海だけとなり、このまま海に突っ込んでしまうのではないかと錯覚してしまうほどである。

 また、マーシャル諸島は世界のダイバー達に知られるダイビングやスノーケリングの好スポットで、日本や欧米から多くのダイバーが訪れ、リピーターの数も多いと聞く。筆者はマジュロで初めてスノーケリングを体験したが、海中の美しい珊瑚礁、色とりどりの熱帯魚、そして紺碧の海に心を奪われる思いであった。  

2 親日的な国マーシャル諸島共和国

 マーシャル諸島共和国は大変親日的な国で、日本とは1988年に外交関係を樹立したが、その歴史的繋がりは100年以上も前に遡る。日本は1914年から約30年間(1920年からは国際連盟の委任統治)マーシャルを統治していたが、その間、日本語による教育を行っていたので、高齢者の中には日本語が堪能な人もおり、「ヤキュウ」「ゾウリ」「デンキ」「サンポ」「アメダマ」など現地語化した日本語が現在でも多数使われている。例えば、「アメダマ」はその語源が日本語に由来することを知らず、マーシャル語と思い込んでいるマーシャル人もかなりおり、日本語が自然な形でマーシャル社会に溶け込んでいる実例の一つと言える。食生活では日本人移住者によってもたらされた米食が定着し、今では白いご飯はマーシャル人にとってなくてはならない食べ物となっている。そのほか、マグロのサシミなども日常食となっており(サシミもマーシャル語化している。)、マーシャルではどこのレストランに行っても醤油とワサビは常に食卓の上に置かれている。マグロと言えば、日本のマグロ・カツオ消費量の約8割が太平洋島嶼国海域で漁獲されており、この海域は日本にとって非常に重要な漁場となっている。

 マーシャル諸島にはその歴史的経緯により日系人も多く、人口の20%程度が日系人と言われており、現内閣閣僚10名のうち5名が日系人であるなど、多くの日系人が各界で活躍している。また、マーシャル諸島共和国は日本との二国間関係のみならず、国連やその他国際機関等国際社会においても、日本の活動、取り組み、立場を支持する友好国である。

 なお、当館は1989年に開設(在米大使館兼轄)、1997年に在フィジー大使館の兼勤駐在官事務所としてマジュロに事務所を構え、その後在ミクロネシア大使館の兼勤駐在官事務所を経て、2015年1月、独立公館に格上げされ、筆者は初代特命全権大使として、2015年8月にマジュロに着任した。

3 マーシャル諸島共和国の経済状況

 国内人口5万3千人、国内面積180k㎡(東京都八王子市とほぼ同じ)、GDP200億円、予算規模200億円というマーシャル諸島は、国土が広大な海域に散らばり(拡散性)、国内市場が小さく(狭隘性)、国際市場から遠い(遠隔性)など、経済活動を行う上で地理的なハンディキャップを抱えている。主要産業としては第一に漁業が挙げられるが、その実態は外国漁船からの入漁料収入が主であり、近年同収入は大幅な伸びを示しているものの、産業としての漁業は十分には育っていない。次に、農業であるが、陸地面積が狭くかつ土壌が珊瑚質であることから、作物栽培には適しておらず、換金作物はほぼコプラ(乾燥ココヤシ)のみである。パンの実、タコの実、バナナ、タロイモ、一部の果物及び野菜といった作物も栽培されてはいるが、これらはいずれも国内消費向けの産品となっている。そのほか、観光業が潜在的に有望な産業と期待されているが、観光客は近年減少傾向にあり、インフラの未発達やアクセスの不便さなど、観光開発には種々課題を抱えている。一方、特筆すべきは、マーシャル船籍への船舶登録数(便宜置籍船)が2014年4月で3,000隻、総トン数1億トンを超え、その後も拡大を続け、2015年2月の時点で、登録数3,400隻、総トン数1億1,800万トンを超えて、パナマ、リベリアに次いで世界第3位(総トン数換算)となったことである。最新の統計(2016年9月現在)では、登録数4,000隻、総トン数1億3,800万トンに近づいており、船舶登録による収入は近年大きな伸びをみせ、漁業と共に政府歳入増への寄与が期待されている。 

 マーシャル諸島共和国は戦後約40年間、米国の国連信託統治下にあったが、1986年に米国との間で自由連合協定(通称「コンパクト」)を締結して独立した。コンパクトにより、マーシャルの国防及び安全保障は米国が権限と責任を持つ一方、米国はマーシャルに対して大規模な財政支援を行うこととなった。当初、この財政支援の期限は2001年までの15年間とされていたが、その後交渉を通じ2023年まで延長された。現在、マーシャルの政府歳入は米国からの財政支援(「コンパクトに基づく支援」と「通常の途上国支援」の二項目から成り、それらを合わせると政府歳入の約5割)に大きく依存した形となっており、この支援がこれまで多額の公共事業を可能にしてきた経緯があるが、コンパクトに基づく米国の財政支援(政府歳入の約4割)のうちの相当部分が2023年をもって終了することになっており、その後の財政運営をどのようにしていくのかが大きく問われている。なお、パラオ、ミクロネシアも米国の国連信託統治から独立する際に米国との間で同趣旨の「コンパクト」を締結しており、これにより米国はミクロネシア3か国に軍事施設を設置しうる権利を保持したが、実際に軍事施設を保持しているのはマーシャルのみである。マーシャルでは、世界最大の環礁であるクワジェリン環礁に米軍基地が設置されており、同基地はカリフォルニア等の米軍基地から発射される弾道ミサイルの迎撃実験場となっている。また、同基地では人工衛星等の監視、NASAと協力した宇宙開発支援も行われている。

4 日本の開発協力とマーシャル諸島共和国の国家開発   

 日本はマーシャルの国造りを支援するため1980年代から開発協力を開始して現在に至るが、日本の対マーシャル支援の歴史はすでに30年以上に及んでいる。この間、日本の協力が長期間に亘って実施され、マーシャルの国造りに貢献してきたことは中央政府はもちろん、地方政府や一般市民にも広く認知されており、様々な機会に日本の協力に対する感謝の言葉が聞かれる。マーシャルで実施されている二国間協力は無償資金協力(プロジェクトタイプ、ノンプロジェクトタイプ、草の根プロジェクトの3種類)と技術協力で、円借款は実施されていない。

 近年の実施案件について例を挙げると、プロジェクトタイプでは、船舶の供与、マジュロ病院屋根上への太陽光パネル設置、水産市場建設及び集魚船の供与、ノンプロジェクトタイプでは、重機(ダンプトラック、コンパクター、エクスカベーター、セーフティローダートラック等)、水質検査機材の供与、廃金属圧縮機及びペットボトル圧縮機の廃棄物公社への設置などがあり、近く海水淡水化装置のマジュロ病院への設置が予定されている。草の根プロジェクトは1995年にマーシャルに導入されて以来130件以上実施されており、近年は小学校校舎建設、スクールバス供与、貯水槽建設などのプロジェクトが挙げられる。無償資金協力プロジェクトの完成、ノンプロジェクトによる物資の調達・供与に当たっては、日本からマーシャル側への引き渡し式が挙行されるが、これには通常大統領を始め、関係閣僚、国会議長、国会議員等多くの要人が出席する習わしとなっており、マーシャル側の対日重視姿勢が窺われる。実際、11月末に行われた廃金属圧縮機及びペットボトル圧縮機の廃棄物公社への引き渡し式には、大統領、公共事業大臣、教育大臣、伝統的指導者、各省次官等多くの関係者が出席して盛会であった。また、技術協力関連では、JICAボランティア事業(青年海外協力隊員及びシニアボランティア)が1990年代から実施されており、現在18名のボランティアが派遣されている。その分野は、小学校教師、高校理数科教師、日本語教師、看護師、栄養士、コンピューター技術、廃棄物処理、環境教育、環境行政、上水道、観光、水産経営管理、青少年活動と非常に多岐に亘っており、マーシャルではJICAボランティアは日本の「顔の見える」協力として認知度は非常に高く、知らない者は誰もいないと言っても過言ではない。

 マーシャル政府は国家開発に関し、2003年に15年間の長期開発計画フレームワークである「ビジョン2018」を策定し、社会的・経済的自立の強化、人材開発、環境保全等10分野を国の重点目標とした。また、2014年には、3か年中期的開発目標計画「国家戦略計画」が策定され、開発の進捗に係るロードマップとして使用されている。そして現在、この「国家戦略計画」を基礎に2020年までに政府が対処すべき課題と制度改革を提示する「アジェンダ2020」の策定が進行中であるが、その草案においては、課題として、経済成長・雇用増大・民間セクター育成、ポスト2023コンパクト移行への準備、基礎衛生サービスの改善、教育・青年・弱者への支援、気候変動・防災、水・エネルギー・食糧安全保障の強化等10項目が掲げられている。今年1月に発足したヒルダ・ハイネ大統領政権は任期が2020年までであり、それまでの間に「アジェンダ2020」をいかに実施に移し、いかなる成果を上げることができるのか注目されている。なお、ヒルダ・ハイネ大統領はマーシャル諸島共和国初の女性大統領であるのみならず、太平洋島嶼国においても初の女性トップリーダーである。

 一方、日本は2015年5月に福島県いわき市で開催された第7回「太平洋・島サミット」において、日本の対太平洋島嶼国支援パッケージとして、①防災、②気候変動、③環境、④人的交流、⑤持続可能な開発、⑥海洋・漁業、⑦貿易・投資・観光の7分野に焦点を当てた協力の推進を表明したが、今後対マーシャル二国間協力においてもこれらの分野に焦点を当てた支援が実施されることになる。マーシャル諸島共和国では、この中でも特に防災、気候変動、漁業分野における協力への関心が高い。なお、「太平洋・島サミット」は首脳レベルの会合であり、1997年から3年に一回の頻度で開催されており、次回は第8回目で2018年開催の予定となっている。  

5 結び

 独立後30年を経たマーシャル諸島共和国は現在様々な課題を抱えているが、その中でも「ポスト2023コンパクト」問題への対応は、残された時間も多くなくまさに焦眉の急と言えよう。自国財政が米国の財政支援に大きく依存する状況の中、将来に亘って財政をいかにして健全に運営していくのかはマーシャル諸島共和国政府にとって非常に大きな挑戦であろう。「アジェンダ2020」(草案)では、コンパクト信託基金(2023年以降の歳入源とするために設立されたファンドで、元本はそのままにして運用益のみ政府歳入に計上)の強化を図ることが大きな柱とされており、そのためには歳出の合理化、船舶登録料及び入漁料の増加、他の歳入を通じてマーシャル諸島共和国政府のコンパクト信託基金への拠出を強化する等の方策が掲げられているが、この問題への取り組みが順調に進んでいくよう期待したい。

 日本はマーシャル諸島共和国の開発を支援するため引き続き開発協力を実施していくとともに、日・マーシャル両国はこれまでの友好協力関係の基礎の上に、あらゆる分野で双方にとって有益な関係を構築、推進していくことが重要であり、今後そのための協力を一層進めていく必要があろう。

(本寄稿文に表明された見解は、筆者個人のものである。)