第25回「幸福度――ブータン人と日本人」

元駐タイ大使 恩田 宗

ブータンは国民の97%がとても幸福或いは幸福だと答える幸福国だという。先代国王が1976年に「国内総生産GDP」だけでなく豊かさの持続性と公平さ、自然環境、伝統文化、統治の質などをも考慮した「国民総幸福量GNH」を重視すべきだと主張し以来幸福増大がブータンの国是になっている。この考え方は環境破壊や貧富の格差を憂えていた世界の識者の共感を得た。UNDPの「人間開発指数HDI」はそれに触発されて作られた指標である。ブータンは新たな開発理念創出に向け世界をリードしている。

 しかし現実は厳しい。観光と水力発電の他お金になる産業はなく政府予算の3割を外国援助に頼っている。医療と教育は無料にしているがその水準はまだまだで乳幼児死亡率が高く成人識字率は低い。人口の4分の1近くが貧困層(1日1.25ドル以下)で2011年のHDIは世界141位である。

 それでどうしてあんな笑顔をしているのだろうか。「ブータン、これでいいのだ」の著者御手洗瑞子は彼等は幸福を感じる力が強いのだという。幸福を身近な人の分を含め広く捉え自分にとり苦しいことは心の中で巧く処理するらしい。不運にあっても失敗をしても、約束を破られても破っても、他人を責めず自分も責めず、相手を許し自から謝ることもしない。諸事多くを望まず何があっても仕方がないとあっさり諦めるらしい。先のことは分らないので欲求は我慢せず満たすことができればその場で満たす。見方によればずぼらな快楽主義だとも言える。考えるに、ブータン人の幸福の秘密はコロンブスの卵と同じである。あっけない程簡単で「幸福への道は幸福だと思うこと」ということのようである。

 日本は所得・教育・安全・健康等の幸福指標が高くHDIは187ヵ国中12位である。しかし2010年の世界価値観調査では日本人で幸せだと答えた人の割合は86.5%でパキスタン人の少し上インド人の少し下であって60ヵ国の中頃に留まっている。

 日本にはストレートに幸せだと答えるのをためらう人が多いのかもしれない。日本国憲法第13条には「幸福追求に対する国民の権利」は「最大の尊重を必要とする」とあるが幸福追求の権利などという観念は占領軍が持ち込んだものである。伝統的には「幸い」や「幸せ」は獲物のように狩るものではなく願うものであり神の嘉(よみ)し給う人が授かり恵まれるものだった。自分と自分で決めた生き方に責任と自信をより強く持つようになり、よそ様への遠慮とか聞こえなど周囲への気遣などをしなくなれば、自分は幸せだとはっきり答える人が増えると思う。 

 幸福の定義やその測定方法にこれだというものはない(「幸福は何故哲学の問題となるか」青山拓央)それに言語が違えば幸福を指す言葉とその含む意味が微妙に違う。ブータンの国語のゾンカ語には我々の言う幸福にぴったりするような言葉はないという。幸福度を国際比較する現存の統計ではおおよそのことしか分らない。ブータン人と日本人でどちらがより幸福かは何とも言えない。

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