アメリカの離脱と日本外交

松井 啓
初代駐カザフスタン大使 松井 啓

 英国のEU離脱(Brexit)は国民投票により予想に反して可決され、それはEUの崩壊につながるとの懸念も表明されたが、「大山鳴動して鼠一匹」、いまだに離脱の条件闘争が続いている。両者間にはもともと距離感があったが、相互に必要としていることも認識しているからである。

 米国の大統領選挙では、クリントン候補の方に期待し、トランプ候補の勝利後も、マスコミや学者は彼の品位のない言動に幻惑されその結果分析を行っている。選挙に立候補した以上は勝つことが至上命令であり、キャンペーン中の発言がそのまま実行された例は少ない。米国がアメリカ第一主義(America First)のみを唱えて大国としての責務を放棄するのでは(Amexit:パリ協定やTPPの否定等)、孤立に陥り経済と軍事が複雑に絡み合った国際関係の中で、自国の国益すら維持できない事態となることは容易に理解できよう。不動産王として成り上り「金目」でしか利益を判断できず、安全保障、移民政策、人種差別的発言等で物議をかもしたトランプ氏も、学習と経験の過程で米国大統領としての品格と知識を身に着けていくであろうし、他方、米国議会の上院、下院共に共和党であるので、彼らは大統領の独断専行にブレーキをかけ軌道修正させることは可能であろう。

 第二次世界大戦以来の「アメリカによる平和-Pax Americana」は終わり、冷戦構造崩壊後のアメリカ一極状態も21世紀に入り終焉し、オバマ大統領は米国の「世界の警察官」の役割放棄を宣言した。外国からの移民でも能力と機会さえあればトップになれるという「アメリカンドリーム」を実現することはますますむつかしくなっている。

 しかしながら米国はいまだに世界第一の経済・軍事大国であることは否定できない。GDPで日本に代わり世界第2位となった中国は米国との大国関係構築(G2)を提案する一方、ロシアとの連携を深めている。また、ロシアはプーチン大統領の下で、ソ連崩壊による屈辱感を払拭し失地回復すべく着々とチェスゲームの駒を進めており、米国との対決姿勢を強めている。ウクライナや中東での折り合いが注目される。

 好むと好まないとにかかわらず、トランプ氏が今後4年間は米国の新大統領として君臨していくことを見据えて、米国の新政権がどのような陣容を組み、どのような国作りと総合的な国際関係を志向していくのかを予測しその対策を立てることが現在の重要課題である。安倍首相が率先して就任前に非公式にトランプ氏と会い、直接皮膚感覚を感じたのは非常に重要である。これを朝貢外交だと批判するのは何世紀も前の政治感覚である。日本はこのような三大強国(G3)に囲まれており、二国間のシーソーゲームではなく3極間の複雑なシーソーゲームを操れる枢要な地政学的位置にある。日本にとっては経済及び軍事「新興国」中国との安定的関係構築し、ロシアとの領土問題を解決して平和条約を締結することが喫緊の課題である。

 第二次世界大戦後71年、日ソ共同宣言から60年経過している現在、両国間の長期的国益から将来の協力関係構築の具体的第一歩を踏み出す時期にきているのは明白である。12月15日の16回目の首脳会談でのシンゾーとヴラディミールの英断に期待している。

(2016年11月20日記)