「岐路に立つ地球」IUCN世界自然保護会議の開催

黒田 瑞大

堀江 正彦
IUCN理事 外務省参与

 国際自然保護連合(IUCN)が4年に一度開催する世界自然保護会議(WCC)が9月1日から10日までの10日間、ハワイで開催された。

 今回会合の全体テーマは「Planet at the Crossroads(岐路に立つ地球)」で、経済成長による生態系の健全性への影響や地球温暖化による気候変動問題に直面する現状において、自然資源を保全しつつ人類の福利を向上させる政策や選択肢を追求し、この地球を救うために、すべてのステークホルダーが協力していく必要性を呼びかけることを目的とした会議であった。参加者は、200を超える国家メンバーおよび政府機関メンバーと、1,000を超える環境関連NGOから10,140人もの参加者があり、これまでで最大規模となった。

 会議は、この地球を救うためには、自然と共生する人間の知恵を重視し、若者が自然と触れる機会を増やして自然保全の必要性に関する理解を増進し、食糧供給、海洋保全、野生動物の違法売買禁止、企業や民間との連携の強化、自然の力を利用した地球温暖化への対処などを謳った「ハワイ・コミットメント」を採択して幕を閉じた。 

<オバマ米国大統領のレガシー>

 WCCが米国で開催されることは歴史上初めてのことであり、IUCN側はハワイでの開催が決まった時から、オバマ大統領によるオープニングを期待していた。

 オバマ大統領はホノルル生まれであり、毎年クリスマスには必ず故郷に戻って来るので、NGOが中心のIUCNの世界自然保護会議に出席するため、わざわざホノルル入りするかどうかは疑問視する向きが多かった。その上、今年は日本軍のパールハーバー攻撃75周年に当たり、12月7日に式典が予定されていて、クリスマス前にもホノルル入りしなければならない可能性があること、中国でのG20がWCCオープニング直後に開催予定であることなど、ホノルル入りを否定的に考える要因が多くあった。

 筆者は、それにも拘わらず、世界自然保護会議のホノルル開催が決まった時から、オバマ大統領は気候変動問題と自然保護を自分の政治的遺産(レガシー)とすることを目指しているので、時間的余裕さえあればホノルル入りの可能性は大いにあると見ていた。

 その判断は、WCCの誘致運動をホノルルとイスタンブールが競っていた際の重要な決定要素の一つが、それぞれの政府が財政的支援を保証するかどうかであり、オバマ大統領がこれを自署の書簡で保証したのに対し、トルコ政府はそれが外務大臣による保証であったことも背景にあった。

 WCCオープニングの数週間前になって、ハワイ実行委員会はオープニング会場をガラス張りの国際会議場から急遽コンクリートを打った会場に変更し、参加者には4時間前から2時間前までの間の特別仕立てのバスに限定された移動と、バッグの持ち込みを完全に禁止する極めて厳しい入場規制を行うことを連絡してきた。これは、オバマ大統領の到来を十分に裏づけるものであった。

 結果的には、オバマ大統領はWCC開催の前日にネバダ州の広大なタホー湖の自然保全のためのリーダーズ・サッミトで演説したのちハワイ入りし、その夜にホノルルで開催された太平洋諸島首脳会議の閉会式で演説することとなったが、これら両方の演説で、自然保護と気候変動問題が密接に繋がっていて焦眉の急を告げていること、歴代米国大統領のなかで自分ほど自然保護区を拡大した大統領はいないことを強調し、IUCNのWCC世界自然保護会議がホノルルで開催されることを誇りに思う旨を演説した。結局、翌朝は自らが世界で最大の面積にまで拡大したハワイ・パパハナモクアケア海洋保護区の先端に位置するミッドウェー島にてその成立を祝し、G20の開幕する中国に向かうことを選択した。

 つまり、オバマ大統領は、火急の課題である気候変動問題に対処するためにも、自然保護は必要不可欠であり、将来の子孫に対する責務でもあることを強調している。これは気候変動と自然保護の双方に関して成果を挙げ、自分の政治的レガシーとして後世に残したいという強い気持ちの表れといえる。

 オバマ大統領はWCCのオープニングには出席することなく、WCC実行委員会が大統領を迎えるべく準備した安全対策は完全に空振りに終わったが、G20に向けて、自己の気候変動と自然保護重視の姿勢を十二分に発信した。米国の国力の弱体化が云々されるものの、気候変動にも自然保護にも後ろ向きな懐疑論者が多数を占める共和党を相手にしつつ、オバマ大統領が両方の課題に真剣に取組もうとしている姿勢には、学ぶべきものが多い。

<地球が受けている挑戦>

 1972年、世界人口が40億人弱だったときに、ローマ・クラブが「成長の限界」という報告書を提出し、人口増加や環境汚染などの傾向が継続すれば、100年以内に地球上の経済成長は限界に達すると予測した。その後の人口増加は加速しており今日では74億人を超えている。更に2050年には97億人に達することが予測され、今後、これらの人々の経済成長を支える資源や食料の問題に取り組んでいく必要がある。

 地球上の資源は有限であり、人口増加が食料不足を惹き起こせば自然破壊、森林減少が進行する。民間の研究機関のエコロジカル・フットプリントでの計算によると、現在の人類は地球1.5個分を必要とする生産活動をしている。またこうした人類の活動は、自然破壊から生物種の急激な減少を引き起こしている。仮に74億人が日本人と同じように暮らすと、地球資源の3倍は必要となり、アメリカ人と同じように暮らすと5倍以上も必要になると言われている。

 生物多様性事務局によると、2000年以降、毎年600万haの原生林が消滅し、1970〜2000年の間に内水面の生息種の個体数は50%減少、海洋及び陸域の生息種の個体数は30%減少している。

 IUCNは絶滅のおそれのある野生生物リストをレッドリストと称して作成しているが、現在76,199種が調査対象となっているなかで、22,413種を絶滅危惧種に指定している。トキやパンダと同じく、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定されたのはつい最近のことである。

 国連のミレニアム生態系評価によると、人類の活動により引き起こされる絶滅の速度は、自然のままにしておく場合よりも100倍から1000倍速いと推測されていて、来世紀までには、鳥類の12%、哺乳類の25%、両生類の32%が絶滅する見込みである。

 こうした危機的状況に、地球温暖化が拍車をかけている。昨年国連で採択された「2030年に向けた持続的開発目標」SDGsにある通り、人類は自然に大きな負荷を与えることなく、自然の生態系を持続可能な形で利用することが求められており、自然生態系の再生による生物多様性の保全が焦眉の急。まさに「岐路に立つ地球」と言わざるを得ない。

 IUCNとしても、正念場に立たされているわけで、ハワイWCCにおいても1万人を超えるメンバーとともに今後の対策や方針を真剣に議論するに及んだ。

<IUCN会員総会での審議及び選挙>

 今回のハワイWCCでは、生物多様性保全などに関する約100件の動議と2020年までのIUCN4カ年活動計画が採択されたほか、役員選挙が実施され、会長は現職の中国人Zhang Xinsheng氏が再選され、筆者は南・東アジア地域枠からの理事として再選された。

 事前に電子投票で承認されたものと合わせ採択された約100件の動議の内、注目に値するものを紹介すると以下の通りである。

・前回のWCCにおいて設置された作業部会が策定した「生物多様性オフセットに関する政策」を採択するとともに、事務局長に対して今後4年間の実施をレビューしてその有効性に関する報告を求める。

・政府・企業・金融機関・社会が意思決定する際に、自然の持つ価値を勘案し、生物多様性、環境、人間の福利に対して良い結果をもたらす「自然資本アプローチ」を念頭に、「自然資本政策」を策定する作業部会を設ける。

・企業が生物多様性に関する報告作成に取り組むことを求めるとともに、政府に対しては、その促進のための仕組みを構築することを求める。

・気候変動により生態系や海洋生物への負の影響が発生している一方で、海洋・沿岸生態系は炭素吸収源として気候変動に大きな役割を果たすことを認識すべきであり、これをIUCNの国家会員、政府機関会員、NGO会員に求める。

・「国家管轄権区域外の海洋生物多様性」の保全及び持続可能な利用に関する法的拘束力のある文書案文の要素について勧告する準備委員会の作業に、各国が貢献するとともに、国連総会に対する勧告に諸措置を盛り込むよう求める。

・海域の最低 30%を海洋保護区等の区域型保全措置のネットワークの中で設計計することを IUCN の国家会員及び政府機関会員に求める。

・象牙の国内取引について合法的なものも含めて禁止するよう、IUCN 事務局長にその支援を、各国政府にはその制度の整備をすることを求める。

 承認された2017-2020のIUCN活動計画は、これまでの4カ年計画2013-2016の計画を引き継いだ3つのプログラム分野として、①自然の尊重・保全、②効果的で平等な自然資源の管理の促進と支援、③気候、食糧、開発の問題に対する自然の力を利用した解決策の普及を掲げるとともに、新たに採択されたSDGsとの関連性やその達成に向けた取組みの実施に貢献することを重視し、多様なステークホルダーに働きかけることができるIUCNの強みを活かすことを強調している。

<ジャパン・プロジェクト>

 今次WCCにおいて日本がリードして開催された主なイベントは次の通り。

・環境省が2013年に仙台で開催した第一回アジア国立公園会議において提唱した「アジア保護地区パートナーシップ」(APAP)は、翌年シドニーで開催された世界国立公園会議において発足した。今次WCCでは、13番目の参加メンバーとなったスリランカのマハウエリ川開発・環境省の歓迎式と新たに決まったAPAPのロゴマークの発表会が、IUCNの開催するサイドイベント「保護地区パートナーシップのもたらす恩恵」において行われた。

・「温泉いろいろ! 愉しみいろいろ!」
と題したイベントで、野中ともよ氏がモデレーターとなり、温泉にまつわる自然と人間の共生に関して、興味深い異文化談義が展開された。

・IUCN親善大使を務めるシンガー・ソングライターのイルカさんが、自然保護に貢献した人々に贈るIUCN勲章の授賞式において「まあるいいのち」やIUCNの歌「We Love You Planet!~ひびけ!惑星に。」の披露をして、各国の参加者から喝采を受けた。なお蛇足ではあるが、今回のIUCN理事選挙の当日、立候補者が所信表明をする段取りとなっていたが、筆者はその所信表明の中で、イルカさんのIUCNの歌のさわりを披露したところ、満場から好評を博した。お陰で、アジア枠でトップ当選を果たすことができた。 

平成28年10月10日記

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