「沖縄県民の歴史認識を考える会」へのご案内

橋本 宏
元沖縄担当大使 元駐シンガポール大使 橋本 宏

去る10月20日、一橋大学OB会の一つである「新三木会」が開催している月例講演会(外部にオープン)において、私は「沖縄の米軍基地と歴史認識」と題する講演を行いました。

政府にとって沖縄県民の基地負担軽減は大きな課題となっています。日本国民全体にとって個々の米軍基地問題への適切な対処と並んで重要な意味を持つ課題は、沖縄県民の「歴史認識」問題です。これは、古くは明治時代の所謂琉球処分に始まり、第2次世界大戦時の沖縄戦、サンフランシスコ平和条約の締結とその後の米国政府による沖縄統治、沖縄の日本復帰とその後も続く大規模の米軍基地の存在という長期間にわたる厳しい状況の下で、県民の心に深く植え付けられたものです。

この認識は、普天間飛行場の辺野古移設問題を巡る翁長雄志沖縄県知事の「県民の魂の飢餓感を理解できなければ課題の解決は容易でない」という最近の発言の中にも端的に表されています。こうした発言に対し、政府は言わば腫物に触るような感じで接し、正面から向かい合うことは避けてきています。先に菅義偉官房長官が辺野古移設問題を「粛々」と進めるという政府の基本的立場を述べた際に、それ以上県知事の意識に踏み込もうとはしなかったのは、その典型的な例です。つまり「すれ違い」が浮彫という構図です。

私が2001年2月から2003年1月まで沖縄担当大使として外務省沖縄事務所で勤務していた時と現在とを比べてみても、米軍関係者による事件事故が生じるたびに県民側から「歴史問題」が提起され、政府はこれに直接答えずに事件・事故の事務的処理に専念するという「すれ違い」が延々と繰り返されてきています。この間当然のことながら政府及び県庁双方の間にも苛立ちの気持ちが蓄積されてきているでしょう。しかしそれ以上に重要なことは、沖縄県民の間に「歴史問題」に関わる鬱屈した「マグマ」が着実に高まっていることです。これを放置すれば、将来何か大きな事件・事故の発生を契機として「マグマ」が外に流れ出すことになるかもしれません。これは政府にとっても県にとっても不幸なことです。

「歴史認識」問題については、県民にも本土の人々にもいろいろ意見があると思います。先の大戦において我が国の多くの一般市民は国の内外で不条理な辛酸をなめた過去の経験を共有しています。他方、本土の人たちは多かれ少なかれこれを乗り越え、現在の富める日本国家の建設に邁進してきましたが、沖縄では米軍基地の集中とそこから生じる様々な問題の継続故に、いまだに過去を引きずっている人たちが多くいます。そこには県民の物理的な基地負担軽減問題のみならず、「歴史認識」状の負担軽減問題が続いていると考えます。

他方、民間レベルにおける話し合いの場もないまま、「歴史認識」について政府と県が直接的に話し合ってみても、余り生産的ではないように思います。むしろ問題なのは、「歴史認識」問題について県民側がこれを論じる適切な機会を与えられていないことにあると考えます。県民側は言わば暖簾に腕押しのような状況に放置され、政府や本土の人たちから見捨てられているとさえ感じていることです。

10月20日の講演で私は、那覇在勤時に得た経験を踏まえ、また、自戒の気持ちも込めて、いろいろな角度から在沖縄米軍基地問題に光を当てました。そして政府と県に対し、「歴史問題」の克服をテーマとし、本土と沖縄県から様々な分野の意見を代表し得る有識者に参加して貰う「賢人会議」のような場を設置することを提案しました。これによって個々の米軍基地問題の解決が促進されるという直接的な因果関係がある訳ではありません。しかし本土と沖縄県の民間有識者による率直かつ真剣な議論を通じて、政府と県の間に「適切な距離感」が醸成され、将来に向けて共に諸課題に取り組む環境が整っていくものと確信しております。狭い日本国の中で日本人同士が話し合うことによってこれが出来ない筈はないとの強い思いから、私は講演の最後に、「沖縄県民の歴史認識を考える会」を立ち上げ、政府及び県の双方に対し「賢人会議」設立提案を真剣に取り上げて貰うよう一緒に働きかけることを聴衆に訴えた次第です。

米国におけるトランプ政権の発足が沖縄米軍基地問題に与えるべき影響について、現時点で私たちが判断を加えることは極めて困難です。他方、こうした時にこそ、沖縄県境を越え日本ワイドの枠組みで、様々な角度から「歴史認識」という長年続く沖縄の課題について議論していくことが重要と考えます。

皆様にも以下の「考える会」への参加を広くご案内させていただきたいと思います。一緒に政府と沖縄県に働きかけませんか?

ご賛同者からの積極的なご連絡をお待ちしております。

「沖縄県民の歴史認識を考える会」〈仮称〉の立ち上げについて

                   橋本 宏 (Email:hiroshi-ha@wind.ocn.ne.jp)

私は賛同者の協力を得て、上記の会(以下「考える会」と略称)を立ち上げ、政府や沖縄県に対して「賢人会議」の設置を働きかけていきたいと考えています。

「考える会」立ち上げの趣旨、目的、活動方針等についての取り敢えずの私見を以下に列記します。「考える会」発足の際の第1回会合における資料の一つとの位置づけです。その詳細は総意で決定されることになります。ご関心のある方は上記私のメールアドレス宛に「考える会」への参加のご意志をお寄せ下さい。

1.「考える会」立ち上げの趣旨

米国海兵隊普天間飛行場の辺野古移設問題を巡って、翁長勇志沖縄県知事は「県民の魂の飢餓感」への理解を訴える一方、菅義偉内閣官房長官は「粛々と」事を進める政府の方針を明らかにするなど、在沖縄米軍基地問題に対する県と政府の間のやり取りは全くかみ合っていない。こうしたすれ違いは、最近始まったものではなく、遠くは1872年(明治5年)と1879年(明治12年)のいわゆる琉球処分に端を発し、沖縄戦、敗戦、1952年4月28日のサン・フランシスコ平和条約の発効とその後の米国政府による沖縄統治、1972年6月17日の沖縄返還協定調印、その後も続く大規模の米軍基地の存続といった厳しい状況下で、沖縄県民の心に植え付けられた「歴史認識」問題がいまだに克服されていないことを反映している結果と考える。同じ日本国民の間でこのような「歴史認識」問題を巡る状況を長く放置しておくべきではない。

歴史認識問題を取り上げることが、個々の在沖縄米軍基地問題の解決を容易にするという直接的な因果関係が存在する訳ではない。他方、歴史認識問題の克服の努力を通じて「沖縄県民の魂の飢餓感」が減少し、ウチナーンチュ(沖縄県民)とヤマトウンチュ(本土の日本人)の間で“合理的な距離感”が生まれて来ることが期待され、これを背景に結果として県と政府との間で「是々非々」の立場から基地問題への取り組みが行われるようになることが期待される。

2.「考える会」の性格

「考える会」は、「沖縄県民の歴史認識」問題克服のための一助として、政府と沖縄県に対し「賢人会議(仮称)」の設置を呼びかける時限的な私的会合とする(手弁当で運営)。インターネットを最大限活用することによって、物理的会合の回数はできる限り抑制する(インターネットの活用等知恵と労力を提供する用意のある中立的な組織、団体等からの支援を歓迎する)。

「考える会」は、沖縄の専門家に限らず、政治、外交、経済、歴史、文化、一般教養といった幅広い分野で沖縄県民の歴史認識問題に関心を有する人々に門戸を開放する。

「考える会」は、「賢人会議」において取り上げられると予想される論点を予め整理し、その参考に供することにあり、「歴史認識」問題そのものを議論するものではない。

「考える会」は、下記のような「賢人会議」設立要望の主意書を作成し、広く賛同者を募り、賛同者の署名(電子署名)を付けた上で、適切な時期に政府と沖縄県委に対して同要望書を提出し、その役割を終える(「賢人会議」の構成や運営等については、政府と沖縄県の決定に委ねる)。

「考える会」の存続期間は半年から1年間程度を念頭に置く。

3.「賢人会議」設立要望主意書に盛られるべき歴史認識問題の論点(例示)

ア) 先ず沖縄県民の歴史認識上代表的事例(例えば、沖縄戦以降今日に至るまでの期間を幾つかの時期に分け、住民の集団自決、未成年者の動員、南部戦線での住民の取り扱い、米軍基地周辺の騒擾事件、米軍関係者による悪質な事件・事故、米軍基地・沖縄振興予算の依存度等々)を列挙し、これまでに公表されている県内有識者の説明振りを整理する。

イ) 上記ア)に関し、沖縄県民に固有と考えられる歴史認識と県外の日本人にも共通する認識について論点を整理するとともに、戦後の我が国における民主主義の発展と定着がそれぞれの歴史認識に与えた影響について、論点を整理する。

ウ) 上記ア)に関し、政府として対応すべき課題と民間の努力に委ねるべき課題について論点を整理する。

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