パラオの現状と日本・パラオ関係


駐パラオ大使 田尻 和宏

パラオと聞いて日本人は何を思い浮かべるだろうか。若い年代であれば、太平洋に浮かぶ常夏の楽園、美しい珊瑚礁、ダイビングのメッカ等、また、年配の方であれば、日本の委任統治領、南洋庁、ペリリュー島の玉砕等であろうか。しかしながら、多くの人は、パラオの正確な位置、現状、最近の日本とパラオの関係等について、ほとんど知らなかったのではないだろうか。「知らなかった」と書いたのは、2015年4月の天皇皇后両陛下のパラオ御訪問以降、日本におけるパラオの理解が非常に高まったと思われるからである。

 両陛下は、戦後70周年の節目の年である2015年の4月8、9日、戦没者の慰霊と日本とパラオとの友好親善関係の増進を目的とされて、パラオを御訪問になった。24時間あまりの短い御滞在であったが、ミクロネシア3国(パラオ共和国、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国)の大統領夫妻と面会になり、ペリリュー島を訪れて日本と米国の慰霊碑に献花され、また、多くのパラオ人及び在留邦人とも御挨拶を交わされた。御訪問の様子は、テレビや新聞を通じて日本でも大きく報道され、それを通じて、多くの日本人がパラオの現状、日本とパラオの関係、ペリリューやアンガウルでの日米間の戦闘、現在も行われている遺骨収容や不発弾処理について知るところとなった。

遺骨収容・慰霊分野における功績により, 旭日双光章を受章したシゲオ・ペリリュー州酋長

パラオを訪問する日本人観光客は最近数年間、減少傾向にあるが、両陛下の御訪問後、忘れ去られた島と言われたペリリュー島を訪れる日本人が増え、研修のためパラオを訪問する小中学生、高校生、大学生も増加している。高齢の両陛下の慰霊の様子をテレビで見て、中断を決めていた慰霊団の派遣を再開した団体もある。また、環境保護等の面でパラオに協力しようとする日本の大学やNGO関係者の来訪も増えている。本年8月には、日本の海上自衛隊の輸送艦「しもきた」がパラオに入港し、米国、豪州及び英国の軍関係者と共に、約10日間にわたって、医療(白内障の手術、歯の治療等)、補修(小学校・高校の屋根のペンキ塗り等)、スポーツ交流活動を行い、パラオの人々に日本の存在を強く印象づけた。

日本の南方約3000キロメートルに位置し、歴史的な経緯もあって大変親日的なパラオは、現在、大きな変化の途上にあるのではないかと感じている。パラオの持続的な発展、日本・パラオ関係の強化・発展のためには、日本はパラオに対して、今後どのような協力をしていけばよいのであろうか。そのことを考える上でも、昨年の両陛下のパラオ御訪問により、日本及びパラオでそれぞれ相手国に対する関心が高まり、相互理解が進んだことは重要であると考える。

パラオは、1994年に米国の信託統治領から独立したが、米国・パラオ自由連合盟約(通称「コンパクト」、有効期限は50年間)によりパラオの安全保障については米国が責任を持ち、米国はパラオに対して当初、15年間、経済援助を行うこととなった。経済援助は2009年までの15年間で5億6千万ドルが支給され、2010年に修正コンパクトが結ばれて財政支援は2024年まで15年間延長された(但し、修正コンパクトは米国議会で未承認のため、臨時措置として、毎年1314万ドル余りの直接財政支援のみが支給されており、信託基金等への支払いは行われていない)。コンパクトによる財政支援はパラオ財政収入の20%強を占めているが、2024年以降の財政支援継続の有無等については、未だ具体的に検討されていない。

パラオの最大の産業は観光業であり、観光収入のGDPに占める割合は50%以上となっている。2014年から中国人観光客が激増し、2015年には外国人観光客全体の54%、約8万7000人を占めるまでになった。これは2013年の約9倍である。他方、日本人観光客は2013年までは第1位であったが、2014年には中国に抜かれ、更に、2015年は対前年比で約7000人減の3万1000人となっている。 パラオは、観光業の持続的発展のため、環境・資源保護に力を入れており、その一環として2015年10月、「国家海洋保護区設置法」を成立させた。同法により、2020年よりパラオEEZの80%で商業漁業が全面禁止されることとなった。残り20%のEEZでも外国船の商業漁業は認められなくなる。また、同法において、2016年10月1日より、米国、ミクロネシア、マーシャル等を除いて外国人訪問者に対して査証手数料50ドルを課すこと及び外国人訪問者から100ドルの環境影響税を徴収することが規定された。

パラオは、外国人観光客、特に中国人観光客の急激な増加を踏まえて、査証手数料や環境影響税を徴収し財政基盤を強化しようとしているが、将来の受け入れ可能な観光客数や観光客数の安定性については、様々な意見が出されている。また、中国人観光客のみに頼る観光業は危険で、日本、台湾等とバランスを保つ必要があるとも指摘されている。上記、査証手数料の徴収については、観光客の減少につながるとして、日系を含めた旅行代理店やホテル・レストラン関係者からの反対が強く、パラオ政府は本年7月、その適用を見送った。また、環境影響税についても、諸準備を整えるための時間が必要として、その実施を明年4月1日からに延期した。

諸費用の高騰が観光客に及ぼす影響は無視できない。有名な世界遺産であるロックアイランドに行くツアーは、旅行代金約150ドル以外にロックアイランド許可証の取得に50ドル、人気スポットであるジェリーフィッシュレイクに行く場合には更に100ドルの支払いが必要で、1人当たりの合計額は約300ドルとなる。来年4月からはパラオ出国時に環境影響税100ドルが徴収されることになり、パラオ旅行は高いと感じる人が更に増えるのではないだろうか。

パラオ指導者は、観光客1人当たりの収入が多い日本人観光客の増加を期待しているが、旅行代金の高さ、主要ホテルの予約難等により減少傾向が続いている。日本人観光客の減少は、そのほとんどが観光関連ビジネスに従事するパラオ在留邦人(約380人)の生活に直接、影響する。

パラオ側としては、コスト高に配慮するとともに、観光客の満足度を高める努力が必要となる。筆者の3年間の在勤中、海や陸地に捨てられているペットボトルやプラスチックバッグが目立って増えた。ゴミの不法投棄の取り締まり強化が必要で、また、観光客が立ち寄る離島のトイレの整備や、新しいツアーの開発・導入等も必要と思われる。

パラオとしては、環境への負荷、受け入れ可能な外国人労働者数、インフラの整備状況、ホテル数の増加等を勘案しながら、適正な観光客数の上限を考える必要があろう。素晴らしい環境を維持しながら観光業を発展させていくことは容易ではないが、この分野で日本が果たすべき役割は多い。日本は、これまでもODAによりパラオのインフラ整備に協力してきており(橋、道路、空港、発電所、ゴミ処理等)、今年8月からは無償資金協力によるコロール等の上水道改善計画の工事が開始された。民間主導の空港ターミナルビルの改善計画も検討が進められている。また、ADBのローンによる下水道整備とインターネット環境の向上を目指す海底ケーブル敷設工事も始まろうとしている。これらは、いずれもパラオ市民の生活水準の向上のみならず、外国人観光客の快適な滞在にも資するプロジェクトであり、観光客の増加につながることが期待される。最近は、笹川平和財団によるエコツアーの開発等の分野での協力も進みつつある。バランスのとれた観光業の発展における日本の役割は大きく、パラオ側の期待も大きい。

アンガウル州への消防車供与 (草の根・人間の安全保障無償資金協力)

日本は、1979年以来、パラオ海域でマグロ、カツオを漁獲しており、2012年には29隻の我が国漁船が1841トンを漁獲している。日本政府としては、国家海洋保護区法により2020年以降、外国漁船による商業漁業が禁止される予定であることに対して、2020年以降も我が国漁船の操業が可能となるようにパラオ側に要望している。パラオの対日輸出の大宗をマグロ類が占めているが、2020年以降の両国貿易関係はどのようになるのであろうか。パラオの広大な水域には周辺国から違法操業漁船が多数入り込んでいるが、パラオの取り締まり能力には限界がある。日本政府は、違法漁業関連情報のパラオ政府への提供等の協力を行っており、また、日本財団・笹川平和財団は、パラオの取り締まり能力強化のため、パトロールボートを供与したり、関係者の研修を実施したりしている。パラオは、EEZの80%における商業漁業全面禁止導入の際、同措置はパラオの伝統的な休漁措置である「ブル」に基づくものであると説明を行っていたが、適正な資源管理と有効な違法操業取り締まりによりマグロ資源が回復すれば、2020年以降も外国漁船による商業漁業が認められる可能性はあるとの示唆であると理解している。

2024年以降のコンパクトによる財政支援の継続が不明瞭な中で、パラオは観光収入以外の分野での収入の確保等、バランスのとれた経済発展を図ることが求められている。そうした中で、2016年11月1日、パラオで総選挙(大統領、副大統領、上院議員、下院議員)が行われる。明年1月19日(予定)には新大統領の就任式が行われ、パラオの新しい体制がスタートする。日本としては、率直な対話を通じてパラオとの間でウィンウィンの関係構築を目指して引き続き協力していく必要があろう。

セブンティ・アイランド

ロングビーチ

(平成28年9月記)

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