スコットランドはBrexitをどう受け止めたか

在エディンバラ総領事 松永 大介

対照的な投票結果

 6月23日に行われた英国における国民投票は、日本を含む全世界に大きな衝撃を与えた。大方の予想が僅差での残留勝利であったことも衝撃に輪をかけた。前代未聞の事態に直面して、為替や株価は大きく変動した。自分にとっては、5月10日に総領事としてエディンバラに赴任して1ヶ月半を経たタイミングであったが、スコットランドを含む英国社会に与えた衝撃は当然ながら大きく、多くの人が英国の行く末に不安を抱いたように自分は感じた。EU離脱派の勝利が分かった24日の早朝、タクシーで事務所に向かったが、運転手も「離脱という結果は残念だ」との感慨を洩らしていた。自分同様、徹夜で開票をフォローしていたのであろう。

 スコットランドには32の投票区があったが、それら全ての投票区で「残留」が「離脱」を上回った。これをイングランドと比較してみると、ロンドン、リヴァプール、ブリストルといった例外を除いて殆どの投票区で「離脱」が「残留」を上回っており、際立った対照を見せている。投票区ごとにどちらが過半数をとったかで色分けした英国の地図をみると、イングランドとスコットランドで明確に色が分かれており、1707年に両国が統合された以前の歴史地図を見るかのようである。

 こうした結果のもたらすインプリケーションは何であろうか。それは、スコットランド独立の機運が高まることであると思われる。スコットランドの票の割れ方を詳しくみると、「残留」が166万票で62%、「離脱」が100万票で38%という結果であった。したがって、スコットランド住民は民主的にEU残留の意思を表明したにもかかわらず、イングランド(及びウェールズ)に引きずられる形でEUを離脱せざるを得ない状況になってしまったのである。

スコットランドのEU支持の背景

 なぜスコットランドはEUに好感を持つのか。EUの資金供与によるインフラその他のプロジェクトが存在すること、農業補助金や大学の調査・研究などでEUの支援を受けているものが多いこと、移民問題がイングランドに比べて深刻に受け止められていないこと、歴史的にヨーロッパ大陸と深い関係にあったこと(14−5世紀の百年戦争でフランスと同盟してイングランドと闘ったことなど)がいまだに尾を引いていると説明する向きもある。

 与党スコットランド国民党(SNP)は、長年「欧州における独立(independence in Europe)」を党是に掲げてきている。もっとも、ロンドンの官僚制に服するのが嫌ならブリュッセルの官僚制に服するのはもっと嫌であってもおかしくないのではないかと皮肉る向きもある。しかし、ヨーロッパの小国として欧州諸国と一丸となって歩んでいくことに安定した将来像を見いだしているというのが大方のスコットランド人の感覚であろうと思われる。

国民投票を受けてのスコットランドの動き

 スコットランド政府を代表するのは、女性の首席大臣であるニコラ・スタージョンであるが、彼女は、「EUにおけるスコットランドの地位を守るため直接EU機関及びEU諸国と交渉する」と宣言し、そのための動議をスコットランド議会で可決させた。独立の住民投票については、EUとの交渉によって目的が達せられなかった場合の最後の手段として位置づけられた。

 ご記憶の方も多いと思うが、スコットランドは2014年9月に独立住民投票を行っている。そのときは、独立不支持が55%(200万票)、独立支持が45%(162万票)であった。もし、EU離脱を機に独立を目指そうとするなら、その際の独立不支持の結果をくつがえすために、再度の住民投票を行う必要がある。スタージョン首席大臣が前述のようにEU残留のための最後の手段と位置づけているのが、この再度の住民投票なのである。

 同首席大臣は、これを正当化するロジックとして、前回の投票の際は「独立不支持」即ち英国内にとどまることがEU残留を意味し、現にEUにとどまりたいのなら独立に反対すべしとのキャンペーンも行われたと言う。しかし、英国がEU離脱を決めてしまった現在、前提となる状況に「重大な事情の変更」が生じたのであり、再度の独立住民投票が正当化されると主張するのである。

独立住民再投票のため乗り越えるべき障害

 もっとも、再度の独立住民投票を行うためには乗り越えねばならない幾つかの障害がある。第1は、スコットランド住民の過半数が本当に独立を支持するかという根本問題がある。今回のEU離脱国民投票の結果、独立支持が過半数を越えたと言われるが、7月末の世論調査によれば独立支持の割合は、52%(Panelbase社)、54%(Survation社)、59%(Scot Pulse社)程度にとどまっている。安全マージンをみて首席大臣は6割に到達しなければ住民投票に踏み切らないと言われているが、それには達していないのが現状なのである。再度の住民投票でまた独立派が敗北を喫するならば、このさき少なくとも一世代はスコットランド独立の芽はなくなると言われており、事は慎重に運ぶ必要がある。

 第2は、住民投票を行う憲法上の権限である。前回は英国政府・議会が住民投票の実施を認めていた。(中央政府側は独立不支持が圧勝して結果独立論を封じ込められると踏んでいたのである。) ところが今回はこうした権限はまだ与えられていない。もっとも、この問題を回避すべく住民投票の質問を「スコットランド議会(政府)が独立へ向けた交渉を開始することを支持するか?」といった表現ぶりにすることを示唆する意見もある。

 第3は、仮にスコットランドが独立を達成したとして、EU側がすんなりとその加盟を受け入れるかどうかである。前述のEUとの直接交渉の動議がスコットランド議会で可決された翌 29日、スタージョン首席大臣はブリュッセルに飛びユンカーEU委員長を含む幾人かの要人と会談を行ったが、スペインやフランスの首脳は「EUが相手にすべきは主権国家たる連合王国であってスコットランドを相手にすべきでない」と一蹴した。スペインが国内にカタルニアの分離独立問題を抱えることを想起すれば予想された反応と言えなくはないが、新規加盟を含むEUの決定が加盟国のコンセンサスで行われることに思いを致すとき、仮に独立を果たしたとしても、スコットランドの加盟が円滑に進むかどうかは保証のかぎりではない。

誇りは即独立志向か

 エディンバラに赴任してスコットランド旗が至るところに掲揚されていることに気づいた。青地に斜めの白十字が交差した柄である。一方でユニオン・ジャックはあまり見かけない。6月24日、英国のEU離脱が決まった日の朝におけるスタージョン首席大臣の記者発表の会場にあったのは、スコットランド旗とEU旗であり、ユニオン・ジャックがなかったことは象徴的であった。英国が4つの構成地域から成り立っていることは頭では知っていたが、nationとしての意識がこれほどまでに高いとは思わなかった。冗談まじりの郷土意識・お国自慢程度のものかと思ったら大間違いと感じている。

 さはさりながら、スコットランド人としての誇りや郷土愛を持つ人が誰でも独立支持かと思いきや、必ずしもそうではなさそうだということにも気づいてきた。例えば、(イングランドを含むその他の英国地域を貿易相手として算入すれば)スコットランドの交易でEU諸国を相手とするものが15%であるのに対し、6割以上の交易がイングランドを中心とするその他の英国地域との間で行われている。歴史的にみれば、1707年の併合こそ苦渋の帰趨ではあったが、産業革命や海外進出については、スコットランドも大英帝国の一翼として大いに役割を果たし受益してきたのである。それどころか、産業革命の発端ともいうべき蒸気機関の発明はスコットランド人であるワットによるものであるし、製鉄や造船で栄えたのがグラスゴー市であることを想起すると、産業革命の中心的役割を果たしたとさえ言えよう。植民地への進出ということでは、たとえば自分がかつて勤務した香港において今日に至るまで有力なジャーディン・マセソン商会もスコットランド系の会社であった。

 他方、現代のスコットランドは政治的には社会民主主義の傾向が強い地域と言われ、伝統的には労働党の牙城であった。ところが、ブレア首相が右カーブを切って労働党を変質させ、さらには第2次湾岸戦争への参戦を決めたことが、スコットランド人の労働党離れを加速し、票の行き先として現在の与党であるスコットランド国民党(SNP)の力が強まったと言われている。裏をかえせば、SNPの党是こそ最終的なスコットランド独立ではあるが、SNP支持者がすべて独立支持とは限らないのである。スコットランド人としての誇りを持ちつつ、連合王国国民としての誇りも同時に持っている人々も多いのではないかと思われる。エリザベス女王陛下は毎夏を避暑のためスコットランドでお過ごしになるが、その際の歓迎ぶりをみても、大英帝国の一員としての誇りへの愛着は捨てがたいものがあると察せられる。

メイ新首相のアプローチ

 メイ首相は7月13日の就任スピーチにおいて、保守党の正式名称が「保守連合党」であることに注意を喚起し、連合王国を構成する4つの自治政府間の「大事な、大事な紐帯 (precious, precious bond)」の重要性を訴えた。明後15日、就任後48時間を経ずしてメイ首相はエディンバラを訪問し、スタージョン首席大臣と二者会談を行った。メイ首相の頭の中に占めるスコットランド問題の比重が大きいことを示した形になったが、Brexit によってスコットランドにおける独立支持が増えることを懸念し、SNP政権が今後反UK感情を煽らないよう先手を打ったとも解釈できよう。

メイ首相はスタージョン首席大臣との会談で、オール連合王国の立場(a UK-wide position)、言い換えれば各自治政府とUK政府との間でコンセンサスが出来ないうちはリスボン条約第50条を発動しない、即ちEUとの離脱交渉を始めない、と述べたとされる。その後、これをもってメイ首相がスコットランドにBrexitに対する事実上の拒否権を与えたと解釈する論説が現れたが、ここまで言うのは読み込みすぎであろう。

 とは言え、メイ首相は、スコットランドに対決姿勢で望むのでなく融和的な姿勢を示したことは確かである。スコットランドが連合王国にとどまりながらEU残留を目指すという立場を含め「あらゆる立場にオープンである」とも発言している。今後メイ首相がどのようなBrexit案をまとめようとしているのかはまだ分からないが、仮に英国への経済上の悪影響を最小化するために無限にEU残留に近い形(メディアはa soft Brexit なる造語を使っている )を目指そうとするなら、スコットランドの意見に耳を傾けるとの姿勢をそのための追い風として利用できる。離脱派が批判してくれば、連合を脅かすのかと開き直ることも出来よう。メイ首相が残留支持であったことを想起するとあながち牽強付会な見方とは言えないであろう。閣内の要職に離脱派を配したのもa soft Brexit への批判を事前に封じる布石とみるのは余りにマキャベリアンであろうか。

 スコットランドにも色々な考え方がある。独立、独立と騒ぐより、EUから返ってくると思われる諸権限とくに漁業・農業・高等教育などの分野における権限を、この際最大限英国政府からスコットランド政府に委譲させるよう動き始めるほうが余程実際的であり、スコットランドのためになると論じる向きもある。

 スタージョン首席大臣が好んで使う表現に「海図なき領域(unchartered territory)」がある。EUが発足したとき、離脱する国家が現れることなど誰も想定していなかった。それが実際起こってしまったのだから、そこはもう前例のない(海図なき)領域なのである。「海図なき領域の時代だからこそ、スコットランドも海図なき領域を進むのだ。スコットランドが独自にEUに残留しようと交渉するのも一概に無茶な試みとは言えない。」と主張するのである。(デンマーク本国がEUにとどまりつつ、デンマーク領であるグリーンランドが離脱した例を挙げ「逆グリーンランド方式」などという造語も使われ始めている。)  英国全体もスコットランドも、今後しばらくは海図なき航海を続けざるを得ない。それを間近に観察する機会を与えられたことを多として、引き続きこれらの航海を注意深く見守っていくことにしたい。

(なお、本稿に表明された見解は、筆者個人のものである。)
7月26日記